【蛇の女王】7

 門が開通してから数日後。

 門の調査に送り込まれた特殊部隊は興味深い発見をしていた。

 

 旗艦の司令官室。

 そこで、艦隊の最高指揮官である女神の前に、あるものが広げられていた。

「それで見ていただきたいのはこちらです」

「……これは」

「手紙です。日本語の」



―――地球の皆さま方へ。

僕たちが全滅した時のためにこの手紙を残します。

そんな事がないようにと祈ってはいますが。もちろん、地球の神仏にです。届くといいんですけど。こちらの神々はどう控えめに見積もっても悪魔です。

(ちなみに僕は仏教徒です)

字が汚いのは勘弁してくださいね。僕は小学校を卒業できませんでした。今、四十五歳です。と、言っても二十代の若作りですけど。理由はお分かりですよね?

僕と仲間たちは、三十五年の歳月をかけてこの門を復活させました(この手紙をあなたが読んでいるということは成功しているはずです。失敗して神々が読んでいる可能性は考えない事にします)

理由は、あなた方を呼ぶためです。

僕たちが知る限りの、この世界の状況についての情報とこれまでの経緯について記録を残していきます。

お願いです。

この星には、今あなた方の助けを待っている人々が、数千万人残っています。

僕らが頼れるのはあなた方しかいません。

どうか、どうか彼らを見捨てないで。



代表 都築 燈火

   エスス

   タラニス

   ウルリクムミ

   ヘル

   フランソワーズ・ベルッチ



追伸

この手紙は公開していただいて構いませんが、その場合は文章のうまい人に修正をお願いします。できれば、僕より学歴のある方の。恥ずかしいので。





……


「以下、膨大な紙の資料があります。情報部を総動員しても時間がかかりそうですな。署名はそれぞれ異なる筆跡です。それに血判とは古風な……」

「貴重な戦略情報だ。分析はすぐとりかかりなさい」

「はい」

「この名前。どう見る?」

「ケルトのマイナーな神に、"ウルリクムミの歌"、それに北欧神話、ですな。神々の命名規則が変わっていなければ、おそらく神格でしょう」

「血液の分析もしておけ。神格かどうかはすぐわかるはずだ」

「はっ」

 そこで副官は、感極まったように、言葉を口にした。

「しかし―――なんという。この手紙が本当なら、たった六人で、三十五年も敵地で……」

「ええ。彼らの犠牲は無駄にできないわ」

 太陽の女王は、目を閉じ、過去に思いを馳せた。彼女も神々の世界より脱出し、地球へと生還した数少ない人間だったから。

 ほんの少し運命が違っていれば、この手紙に名を連ねていた神格は彼女だったかもしれない。

 そのときだった。会話に割って入るように、オペレーターから報告が入る。

「なんだ?」

「はい。仮死状態の、神格らしき女性を引き上げたと哨戒中のG8号から連絡が」

 この海域で神格が発見されたのはこれで四体目だった。

 彼ら彼女らは、先の戦闘直前、門の近辺で不審なアクセスを受け、そのおかげで肉体を取り戻したのだ、と異口同音に告げた。

 皆が人の魂を取り戻していた。思考制御措置が破綻を来していたのだ。不完全な思考制御は多重人格的症状を発症する場合があるが、それによって過度のストレスが脳にかかり、そして神格の回復力で治癒する際に思考制御が施される以前の状態へと回帰するのである。人類側神格を調査することで判明した事実だった。

 精神鑑定の結果も問題がなく、経過を見てから地球で精神面のケアにあたる事となっている。

「何だと?救護処置を行いなさい。息を吹き返したとたん暴れたりしないように、監視には神格を三名、いえ五名つけて。人選は任せます」

「はっ」

「それと―――血液検査を。この手紙の血判の中に、該当者がいないか」

「了解しました」



  ◆



 アスタロトの秘密―――

 それは下腹部に移植された、もう一個の脳髄。

 1つの肉体に2つの神格を宿していたことであった。

 神格にとって最も安全な場所は自らの巨神の中である。

 この原則はどんな神格にとっても変わらない。

 だが、彼女は巨神が2つ。片方の巨神を遠隔操作する事で、リスクを負わずに戦う事ができた。幾ら破壊されても致命傷にならないのだから。

 下腹部を撫でながら彼女は語る。

「ごめんね……辛かったね。苦しかったよね」

―――ううん。いいの。お姉ちゃんのせいじゃないもの。

 三十五年来の付き合いであるこの脳髄は、アスタロトが唯一信頼する友であった。

 自分の内に、より幼い少女の脳が移植されている、という残酷な事実は、改造された当時の彼女を打ちのめした。

 これでは討ち死にする事さえできない。彼女を巻き添えにしてしまう。

 苦楽を共にしてきた彼女のためなら、アスタロトはなんだってできる。

 イシュタル、と名付けられ、この姿にされる以前の記憶を奪われた脳髄はただ、無邪気に女神を慕っていた。

 記憶を奪われていたことが幸いしていた。

 さもなくばイシュタルは狂っていたかもしれない。

 三十五年の歳月は、苦痛に満ちてはいたが平和だった。

 結局のところ、何一つ自由にならない彼女にとっては唯一の救い。それが平和だったのだろう。いかに討ち死にする事を願っていたとしても。

 だが、この平和は破られた。よりにもよって、姉とあの男によって。

 あの男を殺そう。

 アスタロトはそう誓った。

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