【蛇の女王】4

 【西暦二〇五二年 地球 オーストラリア】


 終戦後三十五年を記念した多国籍連合軍の大規模演習に先だつ式典。

「まさしく英雄のバーゲンセールですな」

「バーゲンセールされている当人にそれを言うか?」

 副官の発言に苦笑した指揮官は、その階級に似合わぬ若々しい姿を持っていた。

 神格"天照"

 黒髪が艶めかしい、美貌の女神である。

 本名よりも神格名の方が有名な英雄神だ。

 戦後、防衛大学校に特別待遇で入った彼女は、史上初の人類製神格部隊の指揮官を経て昇進を重ね、今回の演習における最高指揮官だった。

 神格支援艦の甲板上に設けられた台では、義足に杖をついた初老の女性が語っていた。

 彼女は人類史上二名しかいない、巨神を航空機単独で撃破した記録を持つ英雄。

 演説が終わり、その上空を人類製巨神が飛翔していく様は勇壮だった。

 ちなみにもう一人であるところのハンス・ウルリッヒ・ルーデルは老衰で戦争中に亡くなっており、今のところ最高齢での神格撃破記録も防衛中である。定命の人間としてはこれからも更新される事はあるまいが。

 他にも、この式典にはあの戦争で活躍した世界中の英雄が出席していた。大半が高齢で引退した身での参加だが、若々しい者たちもいる。

 十八人が生き残った人類側神格のうち七人。

 正確にはここにいるのは八人だが、一人は改造当時既に七〇歳だった。

 伝説的なアクション俳優であり、改造人間の変身ヒーローを演じたことでも有名だった彼の神格名を"大日如来"という。

 銀の巨体と光線投射で戦うその姿は、全人類に希望を与えた。

 その眷属撃破数、九十六。

"彼を改造したのは神々最大の失敗""なぜよりにもよってその組み合わせで改造した""神は実は特撮マニアだったのでは"などと笑い話になっているほどだ。確かに人類の敵を抹殺する超人としては出来過ぎと言えよう。

「あの時にこの部隊があればな、と、少し思う」

「当時私は小学生でした。自衛官になったのもあの世界間戦争あってのことです」

「遺伝子戦争以後、人類は恐怖に駆られて生きて来た。それを少しでも払拭できるよう努めよう」

「はい」

 式典は無事終わると、輝かしい英雄たちに見送られて、演習艦隊が港を出港した。

 演習地は南太平洋。門破壊後、取り残された神々最後の抵抗勢力が立てこもったのが南極だったため、そこが選ばれた。

 運命だったのだろう。

 人類最強の戦力は、三十五年ぶりの悪夢が蘇るその場所に居合わせる事となったのだから。



  ◆



 

「エスス、いいかい?」

「おっけー、燈火。やって!」

 長い―――本当に長い歳月をかけて、門の開閉施設の修復は完了した。

 後は実行に移すだけ。

 女神たちの脳内に残されていた神々の技術情報。世界各地の遺跡で発掘した機械部品。施設自体に残された研究データ。双子と燈火が出会ってからの三十年。そのどれが欠けても、修復は完了しなかったはずだ。

 髭熊から受け取ったあの冷蔵庫型ユニット―――別の門跡から発掘されてきた門の増幅器―――は試運転では無事に作動し、この門が軍勢を通せるだけのサイズにまで開くことは確認できていた。

「長かった……本当に、長かった。行くよ。3,2,1。作動」

 ポチリ、と、思っていたよりずいぶんと軽く、動作キーは押し込まれた。

 その入力と同時。

 設備の動力が入り、島の北側―――海上に、小さな碧色の輝きが灯る。

 門だ。今はまだ小さい。原子一つ分ほどにも満たないサイズしかない。

 だが、臨界まで後半日も経てば―――こんな目立つものを半日も神々が見逃してくれるのであればだが―――この門は垂直に、直径千二百mの円形へ広がり、安定する。

 そう。軍勢が通れるほどのサイズとなるのだ。

 時間を稼ぐ手段も幾つか用意してあった。

 その一つが。

「どうだい、エスス?」

「うーん、たぶん大丈夫……のはず」

 門の真上には小さな雲が出ている。

 それは門の発する光を吸収し、衛星より観測されることを防いでいる。

 門が臨界に近づけば発光が強くなり隠し切れなくなるはずだが、それで時間は十分稼げるはずだ。

「よし。

 最後の正念場だ。頼むよ」

「おぉ!」「お任せを」「旦那様。任せろ」「は、はい!」「もちろんですわ」

 

 

  ◆

 

 

こことは違う世界の同じ場所で、小さな小さな碧の灯が点った。

その星を覆い尽くす監視網は、それをすぐさま感知すると、即座に主たる種族へと報告する。

僅か二十分後には、この地に住まう言葉あるすべての種族に、その情報は伝わっていた。

その蒼い星の名を、地球と言った。

 

「はい、演習は中止、ですか?―――はっ、了解しました!!」

 人類製第一世代型神格"九尾"級。自らの五体に匹敵するほどの巨大な尾と、獣の頭部が特徴の巨神である。

 その神格である"はるな"一佐は、周囲で編隊を組む三十二柱の配下神格群へと命令を下した。

「総員聞け! 近辺で門が開きつつある。―――これは演習ではない。繰り返す。これは演習ではない、現在進行形の事実だ!

 神々がやってくる。我らの真価を問われる時が来た!!

 速やかに現場へと急行するぞ!」

 

 

  ◆

 

 

 蜃気楼という自然現象がある。

 異なる気温の空気塊が複雑に分布する中を通り抜けてくる光が、屈折を繰り返すことで生じる光学的現象のことだ。

 放射冷却。地形。干満。大気温度。様々な要因が組み合わさることで、遠方まで光が届く。

 この日、神々の監視衛星が奇妙な光を発見した。

 管理するAIは速やかに神々へとこれを通知。

 神々がデータベースに当たったところ、問題の場所は古い放棄された施設があるところで、何らかの機材が誤作動しているのでは?という可能性が濃厚になり、しかし念の為に確認は必要、ということで、神格による偵察部隊が編制された。

 

 

  ◆

 

 

蒼き大洋の星―――地球。

点った碧の光は、弱まるどころか強くなる一方であった。

近辺で演習中だった国連軍の艦隊百二十隻余りは演習をすでに中止。

発光点―――すなわち開通寸前の門へ対処するべく航行を開始していた。

 

 

  ◆


 

 酷寒の地でも朝日は美しい。

 うーん、と伸びをしながら、フランは遥か彼方を見ていた。

 何かが揺らめいた。

「あら?」

 ひとつ。ふたつ。

 翼を持つ何か。鳥だろうか?

 目を細めてそれを確認し、やがて近づいてきたものを見て、彼女は、

「敵襲ですわ!」

 大騒ぎになった。


 

 かつてエントランスだったスペースで、緊急の作戦会議が開かれた。

「どうする?やりすごす?」

「いや。無理じゃないかな。門が開き始めているのは一目で分かる。仮に誤作動と判断したところで、奴らが門を止めるのを試みないと思う?」

「ないな」

「迎え撃つしかありませんね……」

「設備を攻撃されたら一発でアウトだからね……」

「やむを得ない。迎撃だ。フランの報告では敵神は二柱。消耗を最小限に抑えるためにも、確実に撃滅しよう」


 

 この日、偵察に投入されたのは全身鎧を纏った巨神二柱であった。

 彼らは問題の島に接近し、周辺を周回し、門の発光現象を確認。

 データリンクされた本部へ指示を仰ごうとしたその瞬間。

 海水で出来た刃と、水中から撃ちこまれた雷撃が二柱を即死させた。

 勿論、それは即座に本部へ伝わった。

 

 

  ◆

 

 

 

「さて。皆様を招集したのは、これを見て頂きたいからです」

 大神の一柱によって開かれた通信会議の席上。

 示されたデータに、出席した神々は額にしわを寄せた。

「これは?」

「雲ですな。小さな」

「何か不審な点でも?」

「はい。実はこの地点より奇妙な発光現象がある、と報告が入ったため、偵察部隊が先ほど送り込まれました。

結果は二柱ともデータリンク途絶」

「おお……これは」

「古い資料を当たったところ、この場所には放棄された施設がありました。遺伝子戦争直前までは稼働していたものです」

「遺伝子戦争直前、というと、まさか」

「はい。門です」

「なんと。奴ら、自力で門を復元したというのですか?」

「ええ。とはいえ、実験用の小さなものですが。人間サイズなら通行は問題ありませんが、大型兵器などは通れません。

神格を送り込むだけなら問題ないでしょうが」

「ふむ。つまりやつらの目的は、門をくぐって地球へ逃げ帰ることか?」

「十分ありえますな。

これは、下手につつくより放置した方がいいのでは?」

「確かに。危険分子が勝手に去ってくれるのであればこちらとしてもありがたい」

「方々。確かに彼らの目的が地球への帰還である可能性は高いですが、まだそうと確定したわけではありません。我らは全ての可能性に備えなければならないのです」

「その通りですな。それに、奴らの犠牲者も納得しないでしょう。いい見せしめにもなります」

「よろしい。では早急に戦力を用意しましょう。うちの虎の子も出すとしましょう」

「ほぉ……久しぶりに姫君の活躍が見られるというわけですな。なら、うちからも選りすぐりを出しますぞ」

 最終的に、神格四十五柱、全領域艦四隻が投入され、更に軌道上では気圏戦闘機三十六機、航宙母艦一隻が支援にあたる連合部隊が編制される運びとなった。

 

 

  ◆

 

 

開きつつある門から入ってくる、微細な情報を、地球の人類は注視し続けていた。

それはまさしく、二つの世界の命運を決める情報であった。

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