【蛇の女王】2

 うっそうと茂った樹海に、深々と雪が降り積もる光景は幻想的ですらあった。

 そこは小さな島。樹海の惑星の南極にもほど近い、恐ろしく寒冷な土地である。

 このような場所に、門があるとは。

「門は全部で百以上開いた。けれど、いきなり全部が開いたわけじゃない。まず世界間移動それ自体を実証するため。

次には、神々の欲する遺伝子資源があるかどうかを調査するため。

幾つかの門が実験的に開かれた。

これは百年以上前に開かれた最初の門だよ。

実験用だったし、旧式化していたから、先の戦争では使われなかった。

―――僕らの目的。それは、門を開き、地球の軍勢をこちらに呼び込む事。そして、その力で、この星の人類を救う事」


 木々の間に設置された、古代の神殿を思わせる建物。

 その威容に圧倒されていたヘルとフランであったが。

「燈火さん。質問、いいですか?」

「なんだい、ヘル」

「門を閉じたのは、地球側なんですよね?」

「うん。戦争開始から二年が経過しよう、というその時、世界中の門が一斉に破壊された。地球の攻撃でね。

僅かに残った門も、神々が自主的に閉じた。

これ以上こっちに核を撃ち込まれたらたまらない、って思ったんだろう」

「じゃあ。じゃあ……助けてくれるかどうか、分からないじゃないですか」

「うん。僕もそう思う。けどね。あれから三十五年経った。あちらでも同じだけ時間が経ってるはずさ。

当時の人類は力がなかった。けど、今は違うはず。三十五年もあれば、むこうに大量に残された神々の遺産。それに多くの捕虜から、神々の力を解析してるはずなんだ。

僕は地球の人たちを信じている。前の戦争で門を閉じたのはやむを得ない事だった。けど、彼らは、僕たちを救うために力を蓄えている、ってね」

「燈火さん……」

「無茶だ、って思うなら降りて貰ってもいいよ。土台、無理な話には違いないから。恨んだりはしない。

君の力なら、この世界のどこでだって生きていける。」

「駄目です。燈火さん、ほっといたらまた、こないだみたいにボロボロになっちゃうじゃないですか……」

「あー。あれは、ほんとごめん」

「……えー、こほん。私がいるのを忘れてはおられませんか?」

 見下ろせば、やたらおませな九歳児がそこに。

「私も、混ぜていただきますわよ。

私だっておじさまの、お嫁さんですし」

「えっ、既成事実なの」

「年齢差五倍の夫婦も悪くないと思いますの。それに……これからどんどん差は縮まっていきますわ。私たちには無限の時間があるんですもの」

「そうか。そうだね。逃げたって、この惑星上で未来永劫、逃げ回り続けるだけだものね……

君たちが生きる未来を、僕は作るよ」

「ええ。私も立派に育って、おじさまをメロメロにして差し上げますわ」

「あー。フラン。残念なお知らせが」

「何ですの?」

「君はもう育たない」

「……マジですの?」

「マヂ」

「あ、あれ? えーと、でもおじさま、三十五年前こちらにいらして、今四十五歳ですわよね?」

「うん」

「ということは十歳くらいで遺伝子操作されたんですわよね?」

「うん」

「今二〇代に見えるのですが……」

「僕の体は神々の肉体用で、最盛期までは育つんだ。でも、神格は改造された時点で肉体の時間が止まるから……」

「のおおおおおおおおお!?」

 下手すると、街が壊滅した時以来の絶望的な表情を浮かべるフラン。

「なんということですの!? それじゃあ千年後くらいでもこのままということですの!?

 ロリババアとか言われてしまうんですの!?」

「うん。あ、いやロリババアと言われるかどうかは分からないけど」

 などと言っていると、なんだなんだ、と様子を見に、双子やクムミがやってきた。先のフランの叫びが聞こえたらしい。

 燈火が手で大丈夫、と制すると、元の作業に戻っていく。

「でも、フラン。今の君も魅力的だと思う」

「しくしくしく……お世辞でも嬉しいですわぁ……」

 なんとも声をかけづらいヘルであった。

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