【太陽の女王】3
海に身を投じた一行は、そのまま大洋を越え、向かい側の大陸へと上陸した。
地球の地形に当てはめれば、ユーラシア大陸から北アメリカ大陸へ渡ったのが近いだろうか。
エススが燈火を、タラニスがフランを背負い、一行は樹海の下を潜った。
クムミの腕はこのとき、肘まで再生している。
垂直に空いた大きな洞窟を下った先。
そこには、壮麗な都市の残滓があった。
「こんなところにも……隠れ家があるんですね」
「ああ。ここは神々の遺跡だよ。昔は神々が住んでいたんだ。災厄―――超新星爆発に伴って放棄された」
クムミの言によれば、超新星爆発による被害はそれはそれは凄まじかったのだ、という。
多くの都市が滅び、強化された肉体と生態系をもってしてさえも多数の死者が出た。
記録は失われ技術は散逸した。
旧来の生命の遺伝子に関連するデータが失われたのもその頃のことだ。
必死で文明を再建した彼らの労苦は想像する事しかできない。
彼らはまさにこの世の終わり、という絶望の中、それを乗り切ったのだろう。
それは偉業と言ってよいかもしれない。
「だが、そのツケを地球人に支払わせようとする神々を許すわけにはいかない」
彼女はそう締めくくった。
日当りのいい、奥まったところにある小さな家が、隠れ家だった。
中にはふかふかのマットレス、清潔なトイレ、しっかりと機能する井戸、替えの衣類、そしてバスタブがあり、片隅には大量の缶詰をはじめとする食糧が置かれていた。
缶詰はなんと遺伝子戦争期のものだ。
エススと共に荷物の整理をしていたヘルはふと不思議に思った。
「そんな古いものが食べられるんですか?」
日付を見るとどう見ても賞味期限を切らしているようだが。
「あ、へいきへいき。両側見て膨らんでなきゃね。昔は食品の衛生管理がものすごく厳しかったの。だから滅茶苦茶余裕見積もった日数で書いてたの」
「へぇ……」
エススの言葉に感心するヘル。
地球ではきっと、新鮮で安全な食材があふれていたのだろう。
「ま、どこにでも悪党ってのはいてさ。私たちが子供の頃、廃棄食品横流しする違法業者が検挙された、ってニュースになってたなー」
「にゅ、ニュース……ですか?」
「あー、公共でデータを配信してたの。昔は」
「凄いですねえ」
一通り荷物が片付くと、周囲を見回すエスス。
「とりあえずタラニス、お湯が沸いたら燈火の体拭いてあげて。クムミ、皿並べて缶詰置いておいて。適当でいいわ。私はスープ作ってるから。
あれ、フランどこいったの?」
「あ、私探してきます」
「お願い。まさか自殺したりはしないと思うけど心配だし」
「あ、フランさん。見つけましたよ。ごはんですよ」
フランがいたのは、小さな廃屋の中であった。
体を小さく丸めて、濁った瞳をしている。
「フランさん……食べないと体に毒ですよ」
「……どうせ死にはしませんわ。
死にたくても、何も食べなくたって仮死状態になるだけで死にません。首を吊ろうが心の臓を貫こうが死ねない。私はもう化け物なのです」
「……それを言うなら、私たちだって化け物ですよ」
「でも! 私は殺した!! みんな、街のみんな、顔を知ってる人を殺して爆弾にしたんです!!」
叫び散らすフランの手に大鎌が現れる。それは巨神の流体が形を変えて顕現したもの。
刃の先端は彼女自身の喉元に突きつけられていた。
「駄目ですよ」
ヘルは、その刃を無造作に鷲掴み。
血がにじむのも気にせず奪い取ると、ぽい。と投げ捨てる。
「あ……」
そのまま、ヘルは少女を抱きしめた。
「離して、くださいませ……」
「だーめ。離したら、フランさん、何するか分からないじゃないですか」
「子供じゃありませんわ……」
「まだ九歳なんでしょ? 子供ですよ……」
背中をゆっくりと、なでる。何度も、何度も。
「フランさんが落ち着くまで、離しません……」
フランの瞳に、涙が溢れた。
「フランさんはもう、十二分に耐えたんです。もう耐えなくていいの。ね?だから……」
「うっ…」
「フランさんは、私たちを助けてくれたじゃないですか」
幼い少女の奥から、滝のように涙が溢れ出した。
そのまま止まらない。
「……」
少女が泣き止んだのは、それから随分経ってからのこと。
「街の人を殺したのは神々です。フランさんじゃないんです。フランさんに無理やり殺させたんです。彼らは」
「……」
「感謝してます。私も。皆も」
「……」
「だから、それだけは忘れないで。あなたがいなくなったら、私は悲しいです」
「……ごはん、くださいな」
「はいっ。じゃあ、戻りましょう」
ヘルは、フランの手を引くと歩き出した。
その光景は、まるで母娘のようであった。
「……うっ」
まぶしい。
瞳孔が萎み、目が光になれ―――
都築燈火が目を覚ました時、その視界には心配そうな顔をした女性たちが映りこんでいた。
「やぁ。おはよう」
女性陣は目に見えて安心していた。
「よかったぁ……」
「心配したんですよ、燈火さん」
「旦那様はいつも無茶をし過ぎだ」
彼は視線を振ると、後ろにいたフランを見つけた。
「……フラン、君だけでも助かって、本当によかった。そして、ごめん。
あんなことになったのは僕の……」
「言わないでくださいまし。
さっきヘルさんに言われましたわ。ああなったのは神々のせいだ、と。私もそう思います。
ですから、おじさま。謝らないでくださいな」
「……分かった。
君がそう言ってくれるなら」
「あ、でも。
行くところもないですし、今後面倒は見ていただけるのでしょ?」
「もちろん」
次いで、燈火はヘルに顔を向けた。
「ヘル……君も随分頑張ってくれたみたいだね」
「いえ。やるべきことを、やっただけです」
「それでいい。ありがとう」
と、キリのいいところまで来たと判断したタラニスがいったん会話を止めた。
「皆さん。そろそろ、ごはんにしましょう。ちょうど出来たところです」
「そうだね」
スープは干し肉と干しシイタケを用いた簡素なもの、缶詰はほうれん草、スパム、赤飯に桃缶が開けられた。
広げられた敷物の上に車座となって、各々が好きな姿勢をとっていた。
初めて食べる地球の缶詰に、ヘルとフランは舌鼓を打つ。
「ほうれん草の缶詰食べたら筋肉ムキムキに膨れ上がって服が破けるってほんとですの?」
「なんですかそれ?」
フランが発した疑問にヘルが怪訝な顔となる。答えたのはエススだった。
「元々ほうれん草って子供に人気なかったんだって。子供がほうれん草食べるように、なんかそういうキャンペーンのためのキャラクターがいたらしいよ」
「へぇ」
感心した顔のヘル。
一方、フランが今度はクムミを見て。
「クムミおばさま、もふもふですのね」
「そうじっと見つめられると恥ずかしいな」
「そのお姿は……失礼ながら、おばさまは神、ですの?」
「いや。これでも人間さ。奴らにこんな顔にされたんだ。ほら、怖いだろう?」
「いえ、クムミおばさまだと思えば全然平気ですわ!もっと鬼みたいな恐ろしい顔を想像しておりましたし」
「おいおい、それはそれでひどいな」
散々脅していた当人がこんな感じである。
その横では、タラニスが感慨深げに言った。
「お赤飯は久しぶりです」
「凄いカラフル」
「赤飯は、魔を払う力があるんですよ。なので縁起がいいんです」
「へぇ~」
「昔。お母さん……もう、顔も名前も覚えてないけど。母から聞いたんです。
だから、苦難を乗り越えるときこそ食べるべきものです」
「苦難、か……」
タラニスも、ヘルほどではないが人間としての記憶を失っていた。心を失う寸前まで調整を受けていたがゆえに。それはエススも同様だったが彼女の方がその点はまだマシだ。
二人が神格名を名乗っているのもそれが理由だった。本名を思い出せないのだ。
食事も進み、会話のネタも尽きてくると、フランが居住まいをただした。少女の目は真剣であった。
「あの……皆さま。お願いがあります」
「言ってごらん」
「私に、戦い方を教えてくださいませ」
「うん。分かった」
燈火は力強くうなずいた。
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