【太陽の女王】2
樹海の星。
その海底に沿って航行する女神像の姿があった。
ウルリクムミの巨神だ。
彼女が海中航行能力・ステルス性は最も優れている。
仲間たちは、回収したチェルノボーグ―――フランと共に神像へ搭乗。
逃避行を行っていた。
ヘルは、神像を操る女神を気遣い声をかけた。
「クムミさん……その腕、大丈夫ですか。なんなら替わりましょうか?」
ウルリクムミの左腕は千切れ飛んでいた。先の戦いで、巨神の損傷に巻き込まれたのだ。
既に出血は止まり、肉芽が盛り上がりつつあるとはいえ。
「ああ。この程度すぐ生えてくるからね。平気さ。それに水の中はいい。気がまぎれる」
「そうですか……でも無理はなさらないでくださいね」
「ああ」
ヘルは素直に引き下がった。
クムミだけではない。皆が消耗しきっていた。
負傷した燈火は、意識こそ戻らないものの助かりそうだった。
凄まじい治癒力が、その傷をいやしつつある。眷属にも匹敵するレベルだ。峠を越したことで、皆安心していた。
より深刻なのは、死の女神とされてしまったフランの方だ。
肉体には傷はないものの、その瞳には何も映し出していない。
心を閉ざしている―――無理もない。
現実はあまりにも、彼女にとって残酷過ぎた。
「お疲れ様。ヘル。あなたのおかげで、みんな助かりました」
「いえ、そんな……」
「みんな感謝してます。ありがとう」
タラニスはヘルを労った。実際ヘルがいなければ、一行は全滅していたはずだ。
「……あの。これからどこへ?」
「敵を撒く。そうしたら、隠れ家へ向かう。前とは別のところ」
エススが答えた。
「そう……ですか」
暗い海底が、まるで未来を暗示しているかのようにも思われた。
◆
背後に雲海が広がる執務室。
そこで、神王は会議に臨んでいた。眼前に広がるのは十一枚の映像。通信会議だった。
議題は先の、眷属失踪から始まる一連の事件。
十五体もの神格を投入したにも関わらず全滅―――
その報告は神々の上層部に即座に伝わり、そして大きな衝撃を与えた。
故に緊急の会議が開かれたのだ。
「まずは、勇敢に戦い戦死した同胞への黙祷を」
会議の議長を務める大神―――世界に四十八ある天空都市のひとつを支配する鳥相の神王であり、この件に当初から関わっていた男の言葉に反対する者はいなかった。
出席者は十二柱。いずれもが世界の命運を左右する大神であり、軍事を始め複数の分野にまたがるスペシャリストたちでもあった。
彼らの遠大な生涯は、それだけの研鑽を可能としている。
黙祷が終わると、すぐさま話し合いが始まった。
「やつらの足取りはつかめないのですか?」
「おそらく海を移動しているのでしょうな。確認されている敵機にはステルス能力を持つ個体はおりません」
「衛星からの映像は、戦闘の後半から雷雲で遮られている。通信回線も途中から途絶した。情報が足りん。部隊が全滅しているのが悔やまれる」
「由々しき事態です……確認できている限り、戦死したケセト下級管理官の采配は妥当なものです。多少の損害が出ても、取り逃がす―――どころか殲滅されることは通常あり得ません。生き残りがいないとは。これは異常です」
「それだけではない。奴らはいずれも一世代は前のモデルだ。いかに世代間で戦闘力の格差はさほどないとはいえ、これでは現行モデルの信頼性にも関わる」
「何より―――問題はやつらが何をするつもりなのか、です。まさか我ら全体を敵に回して勝てると思っているわけではないでしょう」
「確かにな。自由になった神格が逃げ隠れする―――これなら理解はできる。だがそうではないらしい。
奴ら、どうやら目的があって旅をしているようだ。
あの街の顔役の脳内から取り出された生情報はまだ解析中か?」
「ええ。欠損が少々多いですが早晩、判明するでしょう。ですが、どうも詳しい事は聞かされていないようです」
「当然ですな。どこから情報が洩れるか分からない。奴らは馬鹿ではない」
「判明した名称については何か?」
「データが散逸して現状では不明です。本当の神格名かどうかすら分かりませんし、戦後の混乱期に行方不明になった個体だとすれば発見は期待薄かと」
「それにしても"ヘル"……二十四体目と同じ名か」
「肉体の外観や巨神の細部が異なります。ギュルヴィ・モデル自体は戦中、戦後を含め多数生産されておりますし、確定的ではありません」
「問題は、当日連中が何を受け取っていたか、です。これさえわかれば何とかなるのですが」
「例の―――髭熊だったか。海賊は見つけたのか?」
「いえ。足取りはつかめていません。あの海岸沿いの洞窟を調べましたがもぬけの空でした」
「都市の防御も重要な課題です。奴らの中には気象制御型がいる―――奴らは、我々の都市を破壊できるのです」
「こちらで早急に防衛計画を練ろう」
「とりあえず私の権限で、防御レベルを3つ引き上げました。大気圏外の都市からも神格をかき集めましょう」
―――
やがて意見は出尽くし、神王は議長として閉幕の言葉を告げる。
「方々。これは我々の世界においての脅威です。
三十五年前、遺伝子戦争で我らは希望を得た。
せっかく、滅びの道を歩むだけだったこの世界に光明が差したのです。
蘇りつつある世界の秩序を脅かすものは、断固として滅ぼさなければならない」
「まったくですな」「その通りだ」「うむ」
「新しい議題があれば、その都度召集を」
会議は解散となった。
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