【青年と穴倉】5
「よっこいしょ、っと」
お婆ちゃんみたい、と思いながら、ヘルは腰を伸ばした。
だが自分はもう老いる事も病気になることもないのだ。実感はないが。
トイレ掃除―――ちなみにおが屑と微生物を利用したバイオトイレ―――のやり方を教わった後のこと。
「ごくろうさま」
お白湯を入れた湯呑を持って、クムミがやってきた。
彼女も適当な岩に腰を下ろす。
「クムミさんは、どういう経緯で燈火さんと?」
「私か……長くなるぞ」
「構いません」
そもそも私は、昔はこれでもちょっとした美少女だったんだ。
あ、信じていないな?
元々私はタダの人間だった。
神々に支配された小さな街のそこそこ大きな家に住んでいて、近所では評判だった。美少女としてね。
だが、ある時―――十二歳くらいかな。
神々がやってきて、私を連れ去った。
家族は半狂乱になったがどうにもならない。
私ももう駄目か、と思ったのだが、研究施設らしき場所で色々と検査を受け、注射をされたりしながら何日か過ごした。
眠ってる間に手術らしきこともされたようだがよくわからない。
だが、それが過ぎると、私は家に戻された。
勿論みんなびっくりしていたよ。
彼らの要望に合わなかったから戻れたんだ、ってみんな思ってた。
違ってた。
それからしばらく普通に暮らしていたんだが、ふと気づいた。
手の形が変わってる。
顔も胸も腰も足も全部。
成長期? そうじゃない。いや、成長期を狙ってたのは事実か。
私の体は日々異形のものになっていた。―――神々の姿そのものに。
彼らに研究所でやられたのは、私の体を作り変えるものだったんだ。
きっと彼らの姿に似せるためだろう。
どうも近隣一帯で同じような事をやったらしい。
家族も、仲の良かった近所の人々も、私の姿を恐れて近づかなくなった。
孤独だった。こんな、今同様の化け物の姿の私は、家の中に閉じこもった。
そんな暮らしを十七歳まで続けたある日、奴らが再び迎えに来た。
連れていかれた先は天空の壮麗な都市で、そこで私は、同じような姿に変えられた娘たちと共に、やつらの親玉らしい神のところまで連れていかれた。
奴は私の隣の娘を指さして言った。
『これがいい。これをうちの娘の新しい体にしよう』ってね。
私たちは、新しい服を選ぶみたいに並べられたんだ。
他の者の運命?
余り物の私たちは、他の者はみんな、神の肉体とされた。おさがりを部下に与えたみたいだったよ。
最後まで残った私―――きっとやつらの美的感覚でも不細工なのだと今でも確信しているのだが―――は、幸か不幸か、神格を組み込まれて殺人マシーンに改造されたのさ。
眷属となってから助けられるまでは、双子と大体同じだよ。
まあひと悶着あって、あの二人にボコボコにされた上で取り押さえられた、というところだけ違うけどね。
「……ありません」
「うん?」
ヘルの呟きに、クムミは怪訝な顔―――見慣れてくると、彼女の顔は実に表情豊かだ―――をした。
「不細工じゃあありません! クムミさんはとっても綺麗だと思います!!」
「……ありがとう。そう言ってくれたヒトは君がふたりめだ」
「あ……」
「それにね。この体、今はそんなに嫌いじゃないんだ。この姿のおかげで奴らの目をごまかせたことだってあったしね」
ウルリクムミは、優しくヘルを抱きしめた。
「君はやさしいね」
「……あ、あの」
「なんだい?」
「私のこと……私の神格について教えてください」
「……うーん」
「駄目……ですか?」
「駄目じゃあない。けど、これは燈火から聞いた話だ。又聞きになる。彼に聞き給え。その方がいい」
「……はい。分かりましたっ」
「いい子だ」
◆
どんな平和も終わりはやってくる。
「荷物は持った?」
「はい」
旅立ちの日。
名残惜しくて、銀の女神は周囲を振り返った。
火を落とした発電機。綺麗に片づけられた食器。洗濯ものをきちんとしまった洗濯部屋。
おおよそ二か月を過ごした穴倉。
この後ヘルは、何度もここでの生活を思い出す事になる。
最後に彼女が乗り込むと、暗灰色の神像は水面下へ潜って行った。
銀の女神がここに足を踏み入れる機会は、その後二度となかった。
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