【エピローグ 芸術の都にて幕はおりる】



 開けた場所にいるというのに、海も樹海も見えないのは落ち着かないものだ。

 都築燈火は、己がいかにあの惑星の自然に守られていたのかを思い知った。

 身に着けているスーツも落ち着かない。

 ましてや、こじゃれたカフェで談笑しながら、となるともう初体験ばかりである。

 まるで、異世界にいるみたいだ。

 実際は今までいた場所こそが異世界だったのだが。

 国際連合欧州本部すなわちスイスのジュネーブ事務局に招かれて講演をしたあと、フランスを見学したい、という要望が受け入れられ、彼は今ここ―――パリにいる。

「願いがかなったな。旦那様」

 鳥相の女神は、顔を隠すことなくこの地にいる。

 女性らしいドレス。そして彼女が人類であることを示す紋章の入ったケープが肩にかかっていた。

「ああ。クムミ。エスス。タラニス。フラン。……そしてヘル。君たちのおかげだよ」

「にゃはっ! どういたしまして」

 鮮やかな和服のエスス。

「もう、姉さんったら」

 パンツ・スーツのタラニス。

「お互いさまですわよ。夢にまで見た、芸術の都に来られたんですもの」

 エプロンドレスのフラン。

 そして―――

「……落ち着きません」

 両の瞳を閉じ、ゴシックロリータ風の服装をした少女神を引き連れて、深紅のスーツを纏ったヘルがそこにいた。

「だいじょうぶ。アスタロト。あなたはとても可愛らしいわ」

 プラチナブロンドに非常にマッチしていて美しい。

 異形の少女神は、この数か月治療を受け、洗脳を解かれていた。

 現在の地球の科学力であっても、その姿を戻すことはできないが―――

 この世界の人々は、いかなる異形であっても暖かく受け入れてくれる。

 近日中には、彼女が故郷へ帰る算段もつくそうだ。

 天を見ればオービタルリングが巡り、地に目をやれば直立二足歩行する知性強化動物たち。

 久方ぶりの故郷の世界は、燈火や双子の知るそれとは大きく変わっていた。

 変わってはいたが、やはり故郷だという事が実感できる。

 何故か。

 人が、人であるというだけで脅かされていたあの世界特有の陰。

 それがまったくなかった。

 人は人として生き、人として尊重され、人として死んで行ける。

 そんな当たり前の営みを保証された素晴らしい世界が、ここにはあった。

 半生をかけてたどり着いた故郷。

 門を開き、あちらの世界の人々を救うために戦い続けた英雄。そう、彼ら彼女らは喧伝されている。

 だが、実際に救うのはこの世界の人類だ。

 自分たちはその手伝いでいい。

 この世界のすばらしさと比べれば、僕の力なんてどれほどちっぽけなのだろう。

「さあ。せっかく来たんです。たくさん、巡りましょうね」

 ヘルの笑顔にはドキッとする。

 やはり、彼女は美しい。

「そうだね。僕らには、無限の時間があるんだから―――」

 天に輝く太陽は、女神たちを祝福しているかのようだった―――



fin.

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