【最終章】

【門】

 三十五年の時をかけ、少年と女神は門をくぐった。

 

 夜明け前。門、地球側。

 神格支援艦"かが"

 今その甲板上には選ばれた報道陣が集まり、眼前へと降下してきた巨神へレンズを向けていた。

 跪き、掌を上に向けて甲板へ降ろしたは巨体は"九尾"

 そこからせり出て来た自衛官でもある獣人は、後から出て来た麗しい長髪の少女。ついで、短髪でマフラーの少女へと手を貸した。

 暖かそうなコートと手袋を身に着けたその姿は、まるで雪の妖精が降臨したかのよう。

 カメラマンたちはその美しさに感嘆のため息をついたほどだった。

 その次に出て来たのが、金髪をリボンでまとめた、可愛らしい十歳ほどの少女だったことに彼らはざわめいた。

 だがそれですらも序の口と思える驚きが、彼らを襲った。

 異相であった。

 羽毛に包まれた顔。後頭部からは鬣のように髪が伸びている。嘴を持ち、鋭い眼光の頭部は全体的に、鷲に似ていた。

 服装は動きやすそうなシャツにジーンズ。その上から上着を羽織っている。

 彼女はカメラのフラッシュに目を細めると、無言で甲板に降り立った。

 だが―――ある意味人類にとって、それも見慣れた姿ではあった。本当の驚愕は、その次だった。

 プラチナブロンドに鋭い目つきをしたパンツ・スーツの麗人。彼女に手を引かれて出てきたのは―――空洞の眼窩。瞼の裏に歯を持ち、やや緩やかなカーブを描いた下腹部を持つ少女。

 俯き、やや恥ずかしそうな彼女は、やがて意を決して甲板へと降りる。

 ゆったりとしたドレスがふわりと舞った。

 その魂が秘めた気高さ。強さ。異形であろうとも美しい、その所作。

 この場にいる者たちすべてが感じ取れた。

 そして、最後。

 二十歳代の肉体を持つ、不老不死の青年が、せり上がってきた。

 一行唯一の男性。人類に宛てられた手紙にあった代表の名は、日本人の男性名だった。

 人類史上初めて、門を開いた男がそこにいた。

 カメラのフラッシュが集中する中、彼を呼びかける者がいた。

「―――燈火。本当に、燈火なのか」

 青年が目をやった先。

 年の頃は四十代半ばといったところか。実直そうな顔。引き締まった体躯。銀縁の眼鏡。鼠色のスーツを身に着けた男。平凡な教師か公務員、といった風情。

 彼の姿に、呼びかけられた青年は不思議な懐かしさを思い出していた。

 門が開いた時、父は三十六歳だったはずだ。

 それより年を取った彼は。彼は―――

「やあ。久しぶり。刀祢兄さん」

 刀祢、と呼ばれた男は、右掌を自分の側頭部に当てていた。何度も。呆然とした顔で。

「驚いた時の癖、変わってないな」

「―――お前、若作りにもほどがあるだろう」

「あっちにはいいアンチエイジングがあるんだよ」

「―――馬鹿野郎」

 二人の男ははじめゆっくりと、やがて駆け寄り、そして抱擁し合った。

 その光景は、世界中で朝刊の一面を飾った。


 日が昇る。

 それは、"かが"の甲板上に集った人間たちと、そして女神たちを優しく照らし出した。

 あまりにも美しいその光景に、青年は感嘆の吐息を漏らした。

「ああ……太陽だ……」

 三十五年ぶりの、それは地球の太陽だった。

 

 太陽が照らし出す夜明けの世界。

 そこは、人類のものだ。

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