第18話きららとアリシア

「・・・どう思う?」

 私は、傍で誰かが話している声でゆっくりと意識を取り戻していた。

 私たちは、昨日馬車で屋敷に戻った後にエルドロールにことの顛末を報告した。

 ローラにした内容と同じものを。

 ローラは屋敷に戻るなり、王都アレクサンドリアに戻ってフランに報告すると言って足早に帰っていった。私たち3人が満足にお礼を言う間もなく。

 エルドロールは私たちに対し、特に深く話を聞いてこなかった。

 アリシアのことは、当面はこの屋敷で保護する。

 そららは、魔力が消耗しているから自然に目が覚めるまで安静にしておくように。

 私は肉体的な怪我が多かったのでエルドロールにヒールをかけてもらって傷は治った。

 討伐隊として活動した翌日、今日はメイド業は少しお休みしてゆっくりと休むように。

 と、言われている。

 私は主の言葉に甘えて自分の部屋のベッドの上でゴロゴロと二度寝を楽しんでいる最中だった。

「そうだねぇ。どう思う?、と言われても。この子は君のお姉ちゃんに間違いないんだけどなぁ。」

 夢の世界からまだ意識が完全に戻っていないが、私のそばで話す2人の声。

 一人は・・・聞いたことない。子供みたいな声がする。

「アリスもそう思う。でも、アリスのこと覚えていないって言うし」

 あぁ、もう一人はアリシアのようだ。

(覚えていない?何を?)

「こっちの世界に来た時に記憶が混ざって、いくつかがこんがらがっちゃってるんだと思う。アリシアの場合は僕がいたから、記憶も混ざらないで人格が入れ替わったんだと思うけど・・・。この子は普通の女の子だから難しかったんじゃないかな」

 ベッドの横でアリシアが誰かと話している。私の知らない誰かと。

「うっぅぅぅぅん・・・。アリシアぁ?」

 まだ寝たりない私は目、というよりも顔全体を手で洗うようにもんで起き上がる。眠い。

「一人でさみしい?どうしたの?眠れなくなっちゃった?」

 目が開かない。瞼の隙間からアリシアを探す。ベッドの上で座りながらフラフラと体を揺らす私。

(ふぁあぁぁあ・・・)

 大きく手をあげて背伸びをする私。せっかくのお休みなんだから、もう少し寝ていたかった。

 魔法では傷は治っても疲労は取れないらしい。

「いい加減起きなよー。人間は寝坊助だなぁ」

 目の前にはピンクの羊。・・・ひつじ?

 丸っこくて、毛がモフモフの可愛いぬいぐるみ?みたいなのが浮いている。

「なに?これ?かぁいいぃー。ひつじのぬいぐるみぃー・・・」

 私は寝ぼけたまま羊を抱きしめゴロン、っと転がってしまう。

「っあ。・・・」

「やわらかぁーい!!」

「苦しい!!くるしいよ!助けて!!」

 アリシアが手を伸ばすよりも先に、私がピンクの羊を抱きしめると短い手足をバタバタとして暴れていた。

「一応、アリスのお姉ちゃんだからちょっと我慢してて。・・・きらら。はやく、早く起きて」

 私は小さな両手で体を揺さぶられているうちに目が覚めてきた。

「なに?・・・これ」

 そして次第に抱いている奇妙な羊に気が付いた。

「これって言うな!失礼だぞ!!人間のくせに!」

 羊は私の力が緩くなった瞬間に腕の中から出て行った。

(こっちの羊は、飛んだりしゃべるのね)

 ピンクの羊はフヨフヨと空中を浮きながらこちらを見ていた。

「おはよう、きらら」

 ピンクの羊を見ていた私に、横からアリシアが声をかけた。

「あ、おはよう。アリシア。これ、アリシアのペット?」

「っペッ!?うぅっぅっぅっぅっぅぅう!!」

 羊が何か言いそうだったけどアリシアは羊の口をふさいで首を横に振った。

「っぷは!!アリシア、僕、この人間嫌い」

 赤い羊は嫌そうに私を見ている。

「きららに話があるの。聞いてくれる?」

 銀の髪に青い瞳。アリシアも私たちと同じメイド服をエルドロールからもらったようで、今日は昨日の赤い服ではなく、私たちと同じメイド服、薄紫色のものを着ていた。銀色の髪、色白の肌にとても似合っていた。

「なぁに?こんな朝から。二人でする話?」

 あくびしながらまだ寝ぼけている頭のわたし。

 黙ってアリシアは、うん。と頷く。

「アリスは、・・・きららの妹です。覚えていませんか?」

「アリシアが、妹?私の?」

「うん、思い出してみて。アリスのこと、わからない?」

 ・・・

 うーん。覚えているか?と言われても、覚えていないし、覚えていないから私にはどうしようも・・・。

「アリシア。ありしあ・・・。イタッ!!」

 瞬間、頭に激痛が走った。

「あぁあぁぁああ!!!」

「危ない!!アリシア、下がって!!」

 羊が、そんなに早く動けるの!?ってくらいの速さでアリシアをかばうように浮く。そして見えない何かでアリシアを後ろに突き飛ばす。

 急に私の体が白く輝きだした。私を中心に金色に光る文字が次々に床へ現れる。

『光を束ねる我が女神ルミナス。我は火の精霊フレイアなり。フレイアの名において命じる!封印を守護する力よ!女神ルミナスの加護のもと・・・散れ!!』

 羊の体が赤く輝くと瞬間部屋の中に強い風が吹き荒れる。私の周りに現れた光は勢いを失ってそのまま消えていく。

 頭の激痛も収まっている。が、まだ少し動かすと痛い。

「フレイア!どうしちゃったの?」

「時空魔法だね。この世界の魔法じゃないよ。神か魔か。時空魔法が関係するならどっちかが関与しているはず。・・・でも、これ以上の詮索はこの人間の命にかかわるから、あまり無理しないほうがいいよ」

「そんな。やっとお姉ちゃんいあえたのに・・・」

 元気なくその場に座り込んでしまうアリシア。

「いたた・・・。なに、今の?」

「神魔の魔法だね。僕ら精霊よりも高等な存在。神の魔法。君、何者だい?」

「なにものって、気が付いたら私はここにいただけで。・・・わからないよ」

「ふーん。・・・」

 羊は私の周りをフヨフヨと浮きながらぐるっと一周しながら

「まぁいいけど。僕はフレイア。火の精霊やってるよ。この姿は仮のモノ。この世界で本来の姿になるのは難しいんだ。」

「フレイア?」

「そう。そして、このアリシアは君の妹。もちろん。この世界のではく、君のいた世界の・・・ね。」

「私のいた世界の?・・・妹。」

「そう、たぶん、記憶がごちゃごちゃになっているんだよ。昨日の紫の髪の女の子。あの子だって君の妹なんだろ?」

「うん。そうだけど」

「記憶はあるのかい?」

 私は無言で首を横に振る。

「だろ?それとおなじさ。つまり、体は、君と紫の髪の子は姉妹。心。つまり記憶はアリシアと姉妹。きららを中心に3姉妹なんだよ」

「アリシアが、私の妹?」

「うん。それは精霊の僕が保証する。もし嘘だったらこの世界焼き払ってもいいよ?」

 ケラケラ笑いながら羊、もといフレイアはクルクル回っている

 いやいや、嘘ついたら世界焼き払うって。それ誰も得しないし。

「アリシアは私のこと覚えてるの?」

 頷くアリシア。

「私は、フレイアがいたから。お姉ちゃんみたいに記憶喪失にならなかったよ。・・・でも、覚えてないって、・・・忘れられちゃうって・・・けっこうつらいね?」

 無理に笑う彼女の瞳からは涙がこぼれる。

「だめだよ、アリシア。この子の記憶を無理に触るとまた時空魔法が発動するかもしれない。次は、暴走するかもしれない。・・・これは精霊の気まぐれだけど、きららに忠告がある」

 フレイアはアリシアの周りを漂っていたが、急に私の前にやってくる。

「これは、君に死の宣告だ。記憶は、無理に思い出すといけない。君には何か魔法がかかっている。それは精霊の僕でもわからない。でも、今わかってるのはあまり強く思い出すと魔法が暴走して君は死ぬ。もしかしたらこの世界が滅ぶかもしれない。この世界だけではない。4界のバランスが崩れてすべての世界で戦が始まるかもしれない。君だけの問題じゃない。記憶はきっと、いつか戻る。だから、思い出さないこと。約束できる?」

 私は寝起きに、そんな死ぬとか、思い出すなとか、物騒なことばかり言われても、何も言い返せないし、何かを言ったら焼き払われてもたまったもんじゃない。逆らう理由もないし、ただ、首を縦に振ることしかできなかった。

「よし、約束!破ったら、暴走する前に焼き殺しちゃうからね?」

 再びキャッキャと笑いながら赤い悪魔・・・いや、精霊フレイアはアリシアのところへ戻っていった。

「アリシアもいい子だから、これ以上はだめだよ?いつか思い出すから。大丈夫。本当のお姉ちゃんなんだから安心して!いじめられたら僕が助けるよ!」

 うん、うん。と頷きながら涙を流すアリシア。

 私はベッドを降りてアリシアに近づいて頭を撫でながら

「アリシアはすぐ泣くんだから。前に買い物へ行く約束忘れた時もずっと怒ってた・・・」

 私は無意識にアリシアの頭をなでながら言葉を発していた。

「に、人間。記憶あるの??」

「おねえちゃん、覚えてるの?」

 アリシアが鼻水出してこっちを見ている。

 フレイアもアリシアの頭に乗っかりながらこっちを見ている。

 ぼーっと空くうを眺めながら無意識に発した言葉。視線はアリシアにあっても、意識はそこにはない。

「へ?何言ってるんだろ。わたし。たまに、急に思い出すんだよねー。あはは」

 そららの時もそうだったけど、気持ちや考えとは無意識に言葉が出てくる。

 まぁ、そのおかげでそららとは会えて、ここにいられるんだけどね。

「うわぅっ!っと」

 急に足にアリシアがしがみつき、顔をうずめて左右に振ってうずめている。フラフラとその場でバランスをとる私。

「おねえちゃん・・・」

「~。よしよし」

 ため息しながら、私は新しい妹の頭をなでていた。それにしても、膝から上のあたりが冷たい。

(パジャマ。洗濯しないと鼻水だらけだろうなぁ。)

 散らかった部屋を見ながら、朝から片付けることにめんどくささを感じてしまう私だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る