第17話エルサーナからの脱出

 街の入り口で現れたのは以外にもローラだった。ここに来るまで、どこに行ってたのよ?

 まぁ、実は私もすっかり忘れていた。

「ちょっと二人とも、どこに行ってたのよ!?こっちは心配したんだから。それに、その子は誰?気配を消した私に気が付くなんて・・・。敵なの?」

 そこにはいつもの変わらない彼女がいた。ただ、多少アリシアを警戒しているように見える。

 だが、それはアリシアも一緒。ローラを敵かと意識しているようだ。

「ローラ、大丈夫。この子は敵じゃないわ。アリシアちゃん。この街にいた例の女の子よ。怪我をしていたところを助けてここまで戻ってきたの!そしたら、いきなりアンデットとかが出てきゃって!そららは倒れちゃうし、急いで戻ってきたのよ。」

「エルドロール伯爵が言っていたこの街で目撃された女の子ね。二人ともすごいじゃない!大手柄だわ!」

 ローラがこちらに近づいてくる。

 アリシアはローラを警戒しているように、私の背中のそららのさらに後ろにくっつく。

「あの人、だれ?」

「ローラよ。フランの親衛隊の一人で、いつも私たちを守ってくれてるわ。大丈夫。悪い人じゃないから。」

「ふぅん。きららの知ってる人なんだ」

「私はローラ。王宮騎士フラン親衛隊の一人よ。この街では、ゴブリンを街から排除し、解放すること。そしてあなたの救出を命じられて討伐隊を編成してきたわ。私はゴブリンや、先ほどからこのあたりに現れたアンデットの排除であなたを助けに行く役目を全うできなかったけど、結果的に会えてよかったわ。とにかく、エルドロール伯爵のお屋敷まで下がりましょう。」

 ローラはアリシアと軽く握手をすると、私の背負ってきたアリシアを代わりに引き受けてくれた。

 あぁ。背中が軽い!


 ザシュ・・ザシュ・ザシュ・・


 ゴブリンゾンビから放たれた矢が地面に刺さる。

 いや、違う。

「ローラ・・・。あれって、王国のひと・・?」

 矢を放ったのはゴブリンではない。

「えぇ。勇敢にも、この戦で死んだ我が王国兵よ。戦う相手がわからなるような歩く屍になっても、なお、目の前の対象を排除しようと戦士としての本能で動いていんだと思う。本来であれば楽にさせたいところだけど、3人の民間人を保護しながらでは分が悪いから、この場は退却を優先しましょ!」

 遠くに見えるのはゴブリンではなかった。さっきから太陽の光を反射するのは鎧だ。砕けた鎧、溶けた鎧が光を乱反射している。

 手がない。

 足がない。

 ありえない方向に四肢が向いている。

 皮膚が溶けている。

 そういった戦死者たちの群れだった。

「行くぞ!」

 ローラは走り出した。そららを背負っているのに、けっこう早い。

 私たちはそれに続く。

 最初は低く、唸るような声が背後には聞こえていたが、街を出てしばらくすると聞こえなくなった。

 街道の中を無我夢中で走り抜ける。

 馬車が停まっていたところまではすぐなのに、ずいぶんと長く感じた。

「ローラ様!きらら様、そらら様も!」

 馬車で待っていた私たちの警護役であった2人の騎士は人間のようだ。

「3人とも無事でよかった!!私どもは、どうしたらいいのかわからなく、本当に情けない。ご無事で」

「二人とも!そんなことは後でいいから、先に出発の準備を!!」

「ローラ様、いったい何があったんですか?先ほどの爆発も・・・」

「いいからはやく!!」

 ―ローラの声が苛立つのを察した二人は出発の準備を始めて早々に私たちはそこから離れた。

 全速力でなりふり構っていられなかった私たちは、荷馬車の裏に飛び乗って追ってくるモノがいないか確認していた。

 街道は静かなもので、街を出てからアンデットが追ってくるような気配はなかった。

 馬車はガタガタと揺れながら街道を走っていく。

 今回用意してもらったのは荷馬車だからかなり広いけど、乗り心地はあまりよくない。

 そららは床に寝かせてあるけど、揺れるたびに体が動いたり、一瞬宙に浮いたりで痛そう・・・。

 しばらく走ったところで、木々がなく、街道は少し開けたところにでた。馬車の進む速度が少し遅くなり、操縦する騎士のほうからも『馬がダメになるからここからは走らないで進む』と言われた。

 ローラも最後部でずっと後ろを気にしていたけど、追ってこないことを確認してこちらに戻ってきた。

「二人は、どうしてあそこにいたの?」

 開口一番、一番触れてほしくないところを突っ込まれた。

「やっぱ、そこ聞くよね・・・。」

「そうね。馬車で待っていないさい。と言ったつもりだけど、まぁ、今回はアリシアちゃんの救出も二人の活躍だし、そこについては聞かないわ。・・・でも、私が出て行った後のことを簡単に教えてくれないかしら?」

 ローラが戦場に出て行ったあと。

 つまりは、ローラのいない時に何をしていたのか?ということを私は簡単に説明をした。

 報告兵が女の子を発見したと情報を持ってきたこと。

 女の子の救出が困難だと聞いて、とにかく行ってみよう。と二人で決めて馬車から飛び出したこと。

 街を歩いて街の状況を見ていたこと。

 ゴブリンと戦闘したこと。

 そららが魔法を使って気を失ったこと。

 アリシアが怪我をして倒れていたこと。

 アリシアと合流後にアンデットが現れたこと。

 そららを背負って走っていたところにローラがいたこと。

 ただ、アリシアの希望で魔法を使っていたことはゴブリンゾンビを倒した1回しか使っていないこと。となって話している。なので、あの凄まじい魔法のことはアリシアは関係ない。あくまでも、1回しか魔法は使っていない。ということになっている。実際に、あの現場を見ていたのは私たちで、ローラもいなかったであろうから、私たちも突然の大爆発、ってことにして直接的には何も知らない。ということで報告している。

「ありがとう。大体のことはわかったわ。」

 ローラは馬車の反対側に座って私たちと対面する形になっていた。

 そして、重い溜息を一つ。

「討伐隊は壊滅状態。街にはアンデットの群れ・・。私が行く前よりも状況が悪いじゃない」

 たしかに。

 ゴブリンは倒したけど、今度は、アンデットの巣窟となっていてゴブリンの時よりも悲惨になったと思う。

 あの街。呪われてるんじゃ・・・。

「・・・」

 アリシアは無言で馬車の進行方向側の隅に座っていた。無口な子なのかな。

「フランになんて報告すればいいのかしら・・・。頭が痛い」

「ゴブリンの次はアンデットが攻めてきました!。とか?」

「そんなんで通用するわけないでしょ?そもそも、討伐隊も私が合流する前にあなたの言う、わけのわからない大爆発。で壊滅なんだから・・・。」

 討伐隊は、アリシアが・・・。一瞬チラッと彼女を見て見るけど、無表情でジーッとこっちを見ている。

 別に、言ったりはしないけど、もう少し仲良くしたらいいのに。

「あ、そー言えば、なんでアリシアはあの街でゴブリンの中にいたの?」

 ふと気になった。どうしてこの子は人間なのに、あの街でゴブリンに襲われずにいたのだろう。

「私は、ゴブリンに救われたのよ。」

「救われた?」

「そう、助けられたの。私はこの街よりももっと南の小さな村に住んでいたわ。ほとんど人もいない、小さな村。」

「聞いたことがあるわ。エルサーナよりも南に行くと、魔道に長けた人が暮らす村があるって。」

「そうよ。私は、その村で生まれた。・・・生き残りよ。」

 トゲのある言い方をするアリシア。

「生き残り?」

 私は意味が分からないのでローラの顔を見ながら聞いてみた。

 生き残りってことは、みんな死んじゃったってこと?

「その村。名前は思い出せないけど、数年前に悪魔召喚の疑いで王国に滅ぼされたってフランから聞いたわ」

 悪魔召喚・・・。村が滅ぼされたとか、穏やかじゃないなぁ。特に悪魔とか、この流れで一番言っちゃいけないでしょ。すでにゾンビいるんだから。

「そんなことしてない!!」

 アリシアは力強く叫ぶ。

「私たちは、6年に1度の精霊祭の準備をしていただけ」 

 この世界にきて、ちょいちょい聞くなぁ。精霊。しかも6年に1回しかやらないんだ。

 ちょっと興味のある私はローラが言いかけた言葉をさえぎって質問してみた。

「精霊祭って、なにするの?お祭りなの?」

「精霊祭は・・・。私たち魔導士は、精霊の力を、精霊の恩恵を受けているから、この世界を守護する6大精霊に6年に一度供物をささげるの」

「その供物って・・・まさか。」

「きららまで疑るの!?」

「い、いや、供物って聞くと、悪魔召喚とか言われたらなんだか生贄を想像してしまって・・・」

「そんな、邪教と一緒にしないで。精霊祭の供物は世界に散らばる輝石を見つけ出して、1つを捧げること。6色の特別な輝石。」

 そういうと、両耳にあるイヤリングを見せてくれた。赤い、小さな石がついている。

「これが、輝石?」

 赤く、自分で発光しているかのように見える赤く輝く石。

「そう、これが火の精霊フレイアの石。契約していなくても、村では10歳の誕生日の日に6属性の中で選ばなければいけない。私は、大好きだったおじいちゃんと同じフレイアの石にしたの。」

「輝石かぁー。すごくきれい。」

 私はしばらく、アリシアの耳で揺れるその石から目が離せなかった。

「私たちは、何も悪くないのに・・・」

 アリシアはイヤリングを髪の中にしまうと、また力なく俯うつむいてしまう。

「ねぇ、ローラ。アリシアの村で何があったの?」

「ごめんなさい。これは王国でもデリケートな話で、私の一存では詳しいことは言えないの。でも、王国はアリシアちゃんの村を、悪魔召喚の疑いがあるとして一晩で滅ぼした。とだけは聞いているわ。フランにも聞かないほうがいい。どうしても知りたいなら、エルドロール伯爵に聞いたほうがいいわ。あまり外でこの話をするとよくないから」

 馬車にはこれ以上何も話せないような、気まずい空気が流れた。

 戦争。

 村を滅ぼした王国側の人間。ローラ。

 村の生き残り。村を滅ぼされたアリシア。

 アリシアがローラを警戒するのはわかる気がする。

「アリシアの村のことは、私には難しくて、よくわからないけど、あの街でゴブリンがアリシアを襲ってこなかったのはなんで?」

「・・・わからない。もういいでしょ。疲れた」

 アリシアは少し考えたあと、めんどくさそうに、疲れた。と言って膝を立てて座って顔を臥ふせってしまった。

 私も疲れてしまったので車体にもたれながら外の景色を見ていた。ローラは前に乗る騎士二人に今後の方針と、屋敷に戻った後のことを話しているようだった。

(あのアンデットは、どうなるんだろう・・・)

 遠くに見える、エルサーナの地で立ち昇る薄くなった煙を見つめながら考えていた。

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