第11話だから、それは死亡フラグだから嫌って言ってるのに

「やぁ、おかえり」

 屋敷の中から現れたのはエルドロールではなく意外にもフランだった。

 夕方会った時と同じ服装で、なに食わぬ顔で私たちを出迎えてくれた。

 屋敷の前に停めた馬車は誰かさんが扉を壊したので入口とは反対側に扉が来るように計算されて停められている。

 馬車の操縦席は思ったよりも揺れて居心地はあまり良くはなかったが、景色を見たりするのは楽しかった。

 降りるときに足場がなくて飛び降りるときが怖かったけど。

「フラン様!?」

 ローラが一番驚いた様子だった。

「どーしてフランがここに?」

 そららが不思議そうな表情で問いただす。

「あ、もう時間外なので。フランはフランですからね?」

 ローラがいるので付け足すように言った。

「時間外?そらら、なにを言っているの?・・・」

「いや、いいんだローラ。この二人とはそーゆー付き合いなんだ」

 ローラは自分の主の言ってる意味がイマイチ理解できない。といった顔だった。

「フラン様、このような場に公務でございますか?」

「別に、そんなのじゃないよ。」

「では、なぜこのような場所に?」

「いや、街道にゴブリンがいたからね。二人のことが気になって急いで来てみたんだ。」

「ゴブリン・・・ですか。」

 ローラが言葉に詰まりながら返事をしていた。

「さっすがフラン!情報が早いわね~。知ってるならもっと早く来てくれればいいのに!こっちは大変だったんだから」

 私が横から話に加わる。

 知ってるなら早く助けに来てくれたらいいのに。こっちは王都までダッシュして、帰りも帰りで馬車に乗れたけど怖かったんだから。

「これでも急いだんだけど、どこかで行き違いになっちゃったみたいだね。3人とも無事で何よりだよ」

「はい。・・・お気遣いありがとうございます。フラン様」

 ローラはあまり嬉しそうに答えなかった。フランがいることが引っかかるらしい。

「もう、そんなことより、うち、着替えたいんだけど・・・」

「あ、私も」

 泥だらけ、ところどころ破けてしまったメイド服。袖やスカートが切れて太ももや腕が見え隠れしている。

 お屋敷の明かりがあると、薄暗い街道よりもはっきりと見える。

「・・・」

 見れば見るほど今日は汚い。ちょいちょい怪我もしてるし、服は縫うのか処分かわからないけど、このままでは着れない。そららに至ってはまだ髪の毛がバサバサ。洋服にも土がいっぱい付いてるし、正直・・・。汗とゴブリンとの遭遇で服も臭い。

「・・・」

「二人とも、はやくお風呂行って着替えちゃいなさいよ。エルドロール伯爵はまだ戻ってきていないみたいだから、早くお風呂行っちゃえばその汚れた格好、伯爵に見られないで済むわよ」

「そうだね。うちも髪の毛ボサボサで静電気バチバチだし。早くどうにかしてご飯つく・・・」

「うん!私も賛成!フランとローラも食べていくでしょう?」

「え、私はフラン様と一緒に・・?」

 そららとローラがフランを見て何かに築く。

「二人とも、どしたの?黙っちゃって」

「フラン様。私が言うのはちょっと・・・申し上げにくいのですが、、、」

「じゃあ、うちがローラの代わりに。」

 そららはフランの前に移動して

「どこ見てるんですか?王宮騎士フラン様?」

 フランの視界の中にそららが割って入る。

「うわ!!」

「な~にが、うわっ!、ですか。今、何見てたんですか?」

「い、いや、なにも」

「フラン様。男の子なんですね~・・・」

 二人がフランに詰め寄っていた。ローラは少し嬉しそうに見えたけど。

「うち、見てましたよ?」

「な、何を見たって言うんだ?」

 そららは私を指さしながら

「あれ!!うちより小さいのに、フランはあのくらいが好みなんですか?」

「いや、大きさとかじゃなく」

「じゃあ、なんだって言うんですか?大きさは関係ないと?お姉ちゃんがいいってことですか?」

「フランはきらが好きなんだ~。ふ~ん」

「ちがう!おい、ローラはなんでふたりの味方をするんだ!?」

「私今日からふたりのお姉ちゃんに任命されたので。ね~?」

『ね~!』

「従って、むっつり騎士様の親衛隊にはちょっと・・・」

「ムッツリってなんだ!ムッツリって!!」

 何やらこのまま放置すると危険な感じがする。

(ねぇ、そらら。フランはどうしたの?)

(はぁ?ばかなの?)

 私はフランとローラが言い合っている間にそららに小声で耳打ちしてみた。

 そららは手で自分の胸を持ち上げて見せる。

(何やってるの?)

(下着。見えてるけど)

 ・・・。

 手を当ててみるとエプロンが邪魔で上手く見えなかったけど、言われてみると確かに右胸の下のところが破けている。いつからかわからないが、馬車から降りるときにもしかしたら破けたのかもしれない。

「・・・で?」

 怒りに震える私をよそに、そららがスーっと横に動いて道を開ける。

「見ちゃったなら一言見たって言えばいいじゃない?ちゃんと言えないからムッツリなのよ!」

「なんにも見てないんだから、そんなの、言いがかりぃっ!!」

 フランと目が会うよりも一瞬早く、フランの顔面に私の靴がめり込む。

「さいってい!!このむっつり騎士!!」

「むっつり騎士~」

 私はフランの横を素通りして屋敷へ入る。

 そららもその後ろでフランの事を笑いながらついてくる。

 黙って見てるなんて、騎士として最低よ!普通、何か羽織ってくれるとか、してくれないのかしら。

「うち、着替え持ってきまーす」

 そららはパタパタと2階の部屋に着替えを取りに行った。

 玄関ではフランがローラと座り込んでまだ話を続けていた。

「いたた・・・」

「今回は、自業自得です。私も助けられません。本来であれば王宮騎士様を守るのが役目ですが、今回ばかりはちょっと・・・」

 ローラも困った顔でフランを見ていた。

「いや、今回はって。けっこう痛かったぞ。これ」

 フランは私の靴を手に取り、靴を見ながら気まずそうな顔をしていたが

「ローラ、私の靴、むっつり騎士から取り返して!気持ち悪い!!」

「はいは~い」

 ローラは軽い返事でフランから靴を取ると中に入ってきた。

「ローラ、お風呂行ってくるから見張っててね!」

 そららが部屋から着替えを持ってきてローラに一言。

「おいきらら、本当に僕はみてなんか・・」

「そーですよね。フラン様はメイドの私になんか興味ございませんよね。お城にはさぞ美しい方が大勢いるでしょうし」

「いや、そういうことではなくて」

 フランが必死に弁解するもローラがふざけて割り込んでくる。

「じゃあ、見たんですか?」

「いや、お前は黙ってろ!」

 ローラは少し楽しそうに妨害していた。日頃のストレスでも発散しているんだろうか。

「ちょ、まってくれきらら!僕は」

「いこ、そらら」

 私はフランの言葉を聞かないで冷たい視線をフランに残し、そららとその場を後にした。

 扉を閉めてエントランスを出るときも何か言っていたが、むっつり騎士の言葉など聞きたくもない。

 あとはローラが見張っていてくれればいいのだけど。




 お風呂から上がってエントランスに戻ってくると、二人はソファーに座りながら何かを話していた。

「ありがとー!もう出たから大丈夫よー!ローラも今日晩ご飯食べていくでしょ?」

 扉からでて最初二人のもとへ行こうかと思ったけど、フランのさっきの行動が見たのか見てないのかわからなくてモヤモヤする。

 思わず胸を隠すように体を背けてしまう。

「ついでにフランも食べてくー?」

 扉の隙間からそららも顔を出してニヤついている。

「ついでって、ひどい扱いだな・・・。」

「食べたいって言ってるわよー」

 フランが気まずそうにしていたけど、ローラが代わりに答えた。

「ふーん。いこ、そらら」

 私たちは調理場へと向かった。



「フラン様は、どうしてここへ?私がふたりの護衛を任されたはずでは?」

 エントランスに残った二人はそのまま話を続けた。

「いや、ローラに任せたんだけど、どうしても気になってね。商工会の使者が帰ったあとに急いで二人を追ったんだ」

「お優しいんですね」

「あの二人は妹みたいなものだからね。あ、もちろんローラのことも家族だと思っているよ」

「私が・・・ですか?」

「もちろんだとも」

「ムッツリ騎士様・・・そんな人に家族と言われても、」

「まだ続くのか!!」

「冗談ですよ。冗談」

 イタズラに笑うローラはなんとなく寂しそうな表情だった。

「どうした?」

「フラン様みたいに、優しい方が多ければ戦なんて起きなくていいんですけどね。貧しい生活を強いられる者も、きっとあなたなら救ってくださるでしょ?」

「どうしたんだ?いきなりそんなこと」

「いえ、ちょっと思い出しただけです。この王都に。・・・フラン様に仕える前の事を」

「ローラは、傭兵の出だったな」

 コクン、と首で頷く彼女。

「今も覚えているよ。王宮剣術試合で、女ながらに勝ち上がる強者がいると話題だったからね」

「いやいや、あの時は【勝てば宮廷騎士見習いになれる】のなら。と思って必死でしたから」

「魔法も使えて、剣術もできる。一目見て、僕は君を負けても親衛隊に加えたかったんだ。強くて綺麗で、性格もサバサバしていて気苦労しないところがいい。でも、・・・なぜ騎士に?他にも仕事なんていくらでもあるだろう。君みたいな人なら」

「そうですね。毎日戦場で生きるよりも、王都で誰かのために生きてみたかった。戦のない世界で、誰もが楽しく生きられるように・・・。それじゃあ、ダメですか?」

「いや、立派な答えだよ」

 短い沈黙のあと、ローラが先にフランへ話しかけた。

「フラン様は、なぜあの二人をそこまで・・・その、特別扱いするのですか?」

「特別・・・ねぇ。そう見えるかい?」

「違うのですか?」

「あの二人は、僕が小さい頃からこの屋敷にいたんだ」

「小さい頃?」

「そう。僕の叔父は、エルドロール伯爵。つまり、ここの主とはちょっとした身内なんだよ。子供のころ、ここに来たことも何回もある。小さい頃は武術の稽古もしたよ。そららは手先が器用だったなぁ。重たいのが持てなくてレイピアを練習してた。きららは弓が上手で、僕なんかよりも素質があった。もう10年くらい前かな。ここで二人と出会ったんだ。」

「そんな昔から知り合いなのですか?」

「そう。こないだきららを市場で見かけて、ただ、驚かしてイジメたわけではないんだよ。でも、記憶が混乱していて、今は忘れてくれているみたいだけど」

「その代わり、もっとひどいムッツリの称号を手に入れましたけどね」

「うるさい!・・まぁ、そんなことで、公ではそんな事関係ないし、僕個人の問題だから二人には、外ではフラン様。と呼んでもらっているってわけだよ。別に、今はそれだけの関係かな。特別とか、あまり考えたことないな」

「なぜ、あの二人はこの屋敷に?」

「詳しいことは知らないけど、伯爵が言うには孤児だったと聞いているよ。昔は体も弱くて手がかかったと言っていたけど、なんで孤児をメイドにしたのかは伯爵しかしらないからなぁ。」

 天井を仰いでフランは足をパタパタと動かす。

「あの、フラン様?お聞きしたいことがあるのですが・・・」

「なんだい?」

「こちらに向かう途中、ご・・・」


 ガチャ


 ローラの話の中で玄関の扉が開く。

「おや、今日は客人がいるとは、珍しい」

 扉の前には全身真っ黒のローブで身を包んでいる。見た目には40歳程度の男性。やせ型でフランよりも背が少し大きい。ダンディって言葉が似合うおじ様だ。二人は立ち上がり挨拶を交わす。

「伯爵。お久しぶりです。」

「フラン様の親衛隊。ローラと申します。無礼を承知でご不在の間、お屋敷へ上がらせていただき、きらら、そららの警護をさせていただいておりました!」

「あ、それは僕の命令でね」

 ローラとフランは立ち上がり、屋敷の主に一礼をした。

「いやいや、別にかまわないよ。私の可愛いふたりを守ってくれていたんだから。感謝をしなければいけないね」

「感謝など、恐れ多い!」

「ローラ、かたいよ。少し黙ってて。伯爵。僕の親衛隊は?」

「フランがここにいるとは思わなかったのでな。屋敷の前で大都に戻ってもらったよ。フランには私が見てきた内容を伝えようと思っていたからちょうどいい、どうせ二人に食事の支度をさせているんだろう?」

「さすが伯爵。なんでもお見通しですね。」

「まずは二人に会ってこよう。きららには昨日会えなかったからな。フラン、きららの様子はどうだ?」

「宮廷薬剤師の見立てでは記憶障害かと。何が原因なのかはわかりませんが、突発的に記憶が混乱し、多少人格も変わっているようです。」

「わかった。忙しいところ昨晩は助かった。そららが泣き喚いてな。手がつけられんかった。きららの件は後でゆっくり報告してくれ。さぁ、二人共食堂で待っていてくれ。」

「わかりました。」

 フランは一礼すると食堂の方へ歩き出す。

「フラン様。私は馬車を一度見てきます。」

 エントランスを出ようとするエルドロールに声をかけるローラ。

「わかった。そちらは頼む。先に食堂にいるから、終わったら来てくれ」

「私もあとから食堂へ行こう。調理場にいる娘達が気になるからね。二人とも、あとで会おう」

 そう言って3人は別々の場所へ歩き始めた。



「お姉ちゃん!早くそれとってよ!焦げちゃうじゃん!!」

「うるさい!そらが自分で用意しておけばいいんじゃん!!」

 厨房ではメイド二人が大急ぎで料理を作っていた。

 いつもの黄色いメイド服を来て、さっきまでのボサボサ頭も、泥だらけの顔も綺麗になっていたそららは、厨房でせっせかと5人分の料理を作っていた。

 そのそばでエメラルドに少し青みが入った色のメイド服。私は野菜を切ったり、火を使わない方を担当していた。

 一番困ったのは食材。なんせ、今日予定していた【そららスペシャル】を作る材料をどっかのゴブリンのせいでなくなってしまったものだから、急遽、裏庭の菜園から摘んだ野菜と残りのあり合わせで【一応客人】のフランやローラをもてなさないといけない。

 食料庫に行ってみると、残っている材料も少ない少ない。まぁ、だから買い出しに行ったのだけど・・・。

 スープを作って、

 サラダを作って、

 副菜、

 主菜、

 デザートも欲しい。

 お米も炊かないといけない。

 とりあえず、どっかの黄色いメイドが異常なくらいトマトが好きらしく、菜園にもトマトが多く出来ていたのでトマトスープはすぐにできた。

 私はまだ勝手がわからないので、とりあえずサラダの担当にしてもらって、菜園でそららに、『このへんの葉菜はどれでも大丈夫!』ってことで教えてもらったあと、なんとなく勘とセンスを頼りに作っている最中。そらら曰く『トマトがないサラダはサラダじゃない!』というので赤と黄色、紫?と個性豊かなトマトを乗せている。フランも好きらしく、仕方がないからいくつか多めに飾っておいた。

 そららが作ったなにかの魚のムニエル??的なものを皿に取り分けたり、急いで他にもなにかもう一つ。彼女の頭を一番悩ませているのが『デザート』らしい。

「ねぇ、そらら?デザートは何にするの?」

 さっきから見ている食材で作れそうなのはプリンができそう。

「今はまずは食事!、フランたちも待たせちゃっているから急いで作らないと。エル様も帰ってきちゃう!デザートはみんなが食べている間に考えるしかない!」

「よかったら、私がつくろうか?」

「ちょっ!!なにいってんの?エル様から『食事はそららに』って言われたの忘れたの??」

「た、確かに言われたけど、大丈夫!任せてみてよ!!」

 確かに前の私は料理が下手くそだったけど、今はちゃんとできるんだから!

「えー・・・。この時間がないのに、そんな事言われても。言いたくないけど、まずかったらどうするの?」

「あんた、それけっこう言われると辛いって・・・」

「いや、悪いとは思っているけど、みんながまずい!って言うんだから忘れちゃってるなら教えてあげたほうが優しいでしょ?」

「だ、大丈夫!今回はうまくいくから!お願い!!」

「もーー!好きにしたらいいじゃん!うちは知らないからね?」

 そららは次の料理の準備もあり、私に構っているほど余裕がなさそうだ。

「大丈夫。きっとみんな褒めてくれるから。砂糖とか、卵とか勝手に使うよ?」

「いいよ!もうこっちはあまり使わないから!あ、でもお米だけは最後までお願いね!!」

 そららはワゴンに荷物を載せては、慌ただしく食堂の方へ準備しに行った。

 と、同時に、扉の向こうから一人の男性が現れた。

「エルドロール様!!おかえりなさい!!」

 そららが嬉しそうにはしゃいでいた。

 見た感じは40歳くらいのダンディなおじさま。この人がエルドロール。黒いローブを身にまとっていて、どことなく、普通の人ではない感じがする。

「ただいま、きらら、そらら。遅くなってすまなかったね。お屋敷は今日も何もなかったかい?ふたりが元気そうでなによりだ。」

「もちろん!そららがいれば問題なんてないです!エルドロール様はお忙しいので、何かあればなんでも任せてください!昨日も無事にきららを見つけて帰ってきたじゃないですか!」

 じゃーん!っと言わんばかりに私を指差す。

「あ、あの。おかえりなさい。エルドロール様。昨日は、ご迷惑をおかけしました。」

 私はなんと言っていいか分からず、そららの真似をしたあと、昨日のことを謝った。

「私、お昼から前のこと覚えていなくて、そららとフランが来てくれなかったら戻れませんでした。それに、エルドロール様のこともあまり覚えていなくて、ご迷惑をおかけしました。これからも、記憶が戻るまでご迷惑をかけると思いますが、変わらずここに居させてください。お願いします。」

 正直、記憶は戻らないだろう。と思う。仮に記憶が戻ったら私はどうなるのかわからないし。

 ただ、何も覚えていない私を外に追い出されても困る。なのでどうにかここにいなければいけないのだ。

「うちからもお願いします!お姉ちゃんも一生懸命頑張ってるし、一緒にいたいです!」

 そららも一緒にお願いしてくれるが、返事は簡単なものだった。

「大丈夫。二人がいないと私もさみしいからね。きらも、そらも、いつものように頼むよ。二人は私の自慢の娘なんだから。こっちに来なさい。」

 私たちは呼ばれるがままに近くに集まった。

『光の精、フィリア。我が呼び声に応えよ』

 エルドロールの周りに光が集まり、それは両手に集まってくる。

 その手を私たちの頭の上に乗せると、光は私たちを包み込むように広がっていく。

「ヒール」

 光は一瞬輝いて消えた。

「はい、終わり。治癒魔法はきららの方が上手かな?二人とも、キズがあったからね。これで治ったはずだよ」

 スカートの裾をめくったり、袖をまくってみると確かに切り傷がなくなっている。私に至ってはおでこのたんこぶも完璧に痛くない。

「どうしたの?」

 エルドロールがおでこを触っている私を不思議そうな目で見ている。

「あ、いや、何でもないです・・・」

 ははは、と誤魔化す私。そららが悪い顔でニヤっと笑っていた。

「ありがとうございます!エルドロール様。きららも魔法が使えればいいのですけど、記憶と一緒に使い方も忘れちゃったみたいで。」

「・・・」

 声にならない声でため息をつくエルドロール。

「あはは、すいません。今度そららと練習します。ごめんなさい」

「まぁ、焦るとよくないから、気長にね。お客人もお腹を空かせて待っているよ。私も今日は疲れたから、食堂で客人と話をしながら二人を待っているよ。」

 そう言い残すとエルドロールは調理場から出ていった。

 怒られる、こともなく、なんだかお父さんのような感じの人だった。すごく落ちいていて、なにか言いたそうな感じもしたけど、気のせいだったようだ。



 食堂ではすでに3人が待っていた。なにか難しい話をしていたが、こちらも初めての配膳でそれどころではない。

 そららとワゴンを押して歩き、エルドロール様のところから順番に並べていく。

「さぁて、準備が終わったみたいだね」

 うなずくそらら。

「それでは、二人も席について、食事にしよう。」

 対面式のテーブルで、エルドロールは真ん中。その左右に椅子があるのだけれど、エルドロールから右側にフランたち。左側に私たちが座った。

「今日はお客様がいらっしゃるから、楽しい食事になりそうだ。二人ともご苦労様。フランたちもこの子達を助けてくれてありがとう。冷めないうちにいただこうじゃないか」

 エルドロールの言葉のあとに各々が食事を始めるが、フランだけが私を見ている。

「どうされたんですか?フラン様」

「まだ、怒っているのか?」

「さぁ。何の話でしょうか・・・。申し訳ございません。記憶にないのですが?」

 横でニヤニヤ笑うそらら。向かい側でクスクスと肩を震わせるローラ。意味がわからないエルドロール。

「どうしたんだ?きらら。それにフランも。なにかあったのか?」

「フラン様が、私をいやらしい目で見たんです。」

「だ、だから!あれは誤解だなんだ。たまたま君が、きららの服が破けていただけじゃないか」

「あら、やっぱり見てたんですね。」

「私のほうが大きいのに・・・」

 ローラとそららが横から口を挟む。

「だから、見たくて見たんじゃ・・・」

「へ~。見たくてみたわけではない。と」

「いや、そりゃ見たくないわけでは」

 ローラがトマトを片手に

「フラン様はもっと見たかったんですか?」

「ちがう。断じてそんな」

「ほらほら、みんなやめないか。フランも困っているだろう。それで、何色だった?」

「緑・・・」

「エル様!!」

「はっはっは!これでフランと私は同罪だ」

「こりゃ、お姉ちゃんの負けだわ」

「助かったわね。フラン様。もー少しからかいたかったんだけど」

「フンっ!」

 フランだけならまだしも、エルドロール相手にまで怒るわけにはいかないのでこれ以上は追求できなくなった。私のモヤモヤはこれでぶつける相手がいなくなってしまったのだ。

(大丈夫!)

 そららがこっそり私に行ってきた。

「エル様!!そららが提案があります!」

「ん~?なんだい?」

「今日のこのディナー。最後まで食べれなかった人に、次回の祭りでなんでも買ってもらうのはいかがでしょうか?お姉ちゃんも記憶がなくなってから初めてのお祭りなので、きっと楽しめると思いますし!」

「ちょっとまて!そららそれは・・」

「いいね~。食材は大切にしないといけないからね。皆残さずに食べるように」

 フランがなにか言いかけたがエルドロールは無視してそららの提案を可決した。

「あらら~。フラン様。頑張ってね」

 ローラは先ほどのトマトを口に放り込む。

「ローラ、おまえ・・知ってるだろ」

 食卓にローラとそららの笑い声が響いた。

「さてさて、フラン。今日僕が見てきたことをいくつか報告しようか」

「それでは伯爵、ぜひ聞かせてください。なにが南の街であったのですか?」

「結果から言えば、相手はゴブリンしかいないと見た。」

「バカな!ではゴブリン相手に全滅したというのですか?」

「そうなる。ゴブリン以外のモンスターは確認できなかった。ただ・・・」

「ただ?」

「人間の女の子が捕まっていた。」

『女の子が!?』

「捕まっていた、といえばいいのか、ゴブリンに馴染んでいたようにも見える」

「ゴブリンと共存しているとでも言うのですか?」

「いや、途中で見失って、その姿をもう一度見ることはなかった。」

「助けましょう。」

 救出に行く。と言ったのは意外にもローラだった。

「フラン様。人の子がモンスターの中で暮らすなどありえません。急ぎ救出を」

「まぁ、落ち着いて。最後まで聞いてくれ。その後の観察、ゴブリンは討伐隊の装備を回収し、武装していたよ。剣や鎧など、今までに前例がなかったケースだ」

「もしかして、夕方のゴブリンの剣って・・・」

「そうね、そららたちが遭遇したゴブリンのもっていた剣は討伐隊のモノかも知れない」

 ローラとそららには思い当たることあるらしい。正直、たいへんだなぁ。と思うけど、一メイドには世界が違う話だった。

「伯爵、ゴブリンが武装することは過去にはないのですか?」

「あまり前例がないことなのは確かだ。ゴブリンの知能は知っていると思うが5歳児程度。誰かがやつらに教育しているとしか思えない」

「黒幕がいるってことですか・・・」

 食堂には沈黙が流れる。

 気まずいわー。この空気。昨日も市場で売れないりんごの時にこんなの感じてた気がする。

「そこで、私から王宮騎士に依頼したい。あの少女を助けてやって欲しい。今後もゴブリン達は勢力を増やすかも知れない。民のためにも、力を貸して欲しい。」

「フラン!うちからもお願い!女の子がかわいそう」

「フラン様、私もお供します。どうか再度討伐隊の編成をご検討下さい。」

「・・・」

 あのー、言葉が、特に見当たらなかった。ゴブリンは怖い。きっと怖い。

 さっき1匹でも怖かったのに、大群になんて遭遇したくもないし、わざわざこっちから行くなんて考えたくもない。

「わかった。一度王都へ戻って再度編成してみよう。ただし、伯爵のお力も貸していただきますよ。ここは伯爵の領地。2度目の失敗は許されません。伯爵自ら赴く必要があります。」

「心得た。私が責任を持って」

「ダ・メ・です!!」

 エルドロールの話をそららが遮った。

「エルドロール様は大切なお方です。そのような場所に行くなんて、従者として認められません!」

「仕方ないんだよ。ここは私の領地、私が民の見本になり、民の道標にならなくては」

「うちらが行きます」

「・・・っえ?」

 急なことで対応できなかった。

「うちときららがエル様の代わりにい行きます!」

「・・・」

 開いた口がふさがらない。と言ったのはこのことだろう。あの、何を言ってるの?このおばかさんは。

「いや、そらら。解っているとは思うけど、とても危険なんだ。」

「危険だからこそ、うちらが行くんです。エルドロール様に何かがあっては、民も悲しみます。この領地はどうするんですか?エルドロール様の身になにかったらどうするんですか?うちらはどうなるんですか?うちらはメイドです。今更、違う人にお仕えなんかできません!だから、・・・だから!!」

 涙目になりながら訴え続けるそらら

 そりゃ、こんな態度の悪いメイドそうそういないし、他では働けないだろうさ。

「じゃぁ、私が絶対に二人を守ります。二人は後方で私と待機。きららは弓で。そららは剣で武装してもらって、万が一の時は私が命をかけてふたりを逃がします。それでどうですか?」

 ローラの強さがどの程度か知らないが、仮にも、宮廷騎士が負けている相手に喧嘩売りに行って、無事に帰れるのだろうか?

 否!こたえはNOだと思う。これは死亡フラグだと思う。

「そららの申し出はありがたいけど、これは私の領地の話・・・」

「エル様!」

 そららが言葉をまたもや遮った。メイドって、こんなに主に逆らっていいのか?

「お言葉ですが、エルドロール様の領地はうちたちにとっても大切な地。そしてエル様はうちらの育ての親です。それに、うちらはもう大人です。今回は娘のはじめてのわがままです。どうか、一度だけでいいので叶えてください。お願いします。」

「ふうむ・・・。そららがこんなに強く意見するなんて初めてだね。ふたりが来てもう10年以上か。大きくなったんだね。」

 エルドロールはそららを見たまま大きくため息をついた。

「わかった。この件は二人に任せる。フラン、絶対に二人を死なせないでくれ。ローラ、この二人は私にとって家族も同然なんだ。どうか頼む」

「伯爵のご命令であれば、私の命をかけておふたりをお守り致します!」

「ローラ、僕は君にも帰ってきて欲しい。だから、二人を守って、君も帰って来い。命令だ」

「フラン様。ありがたきお言葉。精一杯尽力いたします。」

「お姉ちゃん、魔法、また使えるようにならないとね!」

 いやいや、私はまだ何も行くなんてこの会話に参加すらしてないし。

「きらら、絶対に守ってみせるから安心してね!」

 やめてくれー!死ぬ!!死亡フラグをこれ以上増やさないでくれ!

「うん、頑張りましょうね・・・」

 心に悲痛な声が!!この展開はやばい!!と私の胸は張り裂けそうほどの苦痛と後悔とでいっぱいだった。

 場の雰囲気で、ほんっとうに不本意ではあるがまたあんな怖い思いをしないといけないなんて・・・。

 私の意見は完全無視となり、涙ながらに参加表明をしなければいけなくなってしまった。目の前でやる気な女二人に振り回されるカタチとなり、今回無事に帰ってきたら絶対にタダでは済まさない。と、心の奥で固く決意したのであった。

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