第10話三姉妹誕生(仮)
今日もまた、馬車で私たちはローラに屋敷へと送ってもらった。夕方の風が残っていて、今は追い風になっていて心地よい風が吹いている。昨日と違うのは、ちょっと馬車が高級になったくらい。扉の他に、馬車を操縦するローラと小さな開閉する小窓を使って会話できるようなところがある。
なんでもほかの馬車は整備と出払っているので余っていたのがこの馬車。賓客向けの馬車で、今回は特例で貸してくれたようだ。
あのあと、王城へ戻ったローラはすぐにフランを探した。が、お城の中で見つかることはなかった。商工会の人間と会合の記録を最後に、今日は城をでたらしい。
ローラは城で『ゴブリンに襲われた者がいる。警備を強化するように』と門兵たちに伝令を残し、フランからの命令通り、私たちを屋敷へ送ってくれている。ゴブリンが現れたせいか、ローラの気が少しピリピリしているように感じる。昨日は鼻歌混じりだったが、今日は静かだった。
それでも、たまに話はしているけどね。
私たちは馬車のガラス越しから先程ゴブリンに襲われて逃げ走った道を眺めていた。
思い出すだけでもまだ震えてしまう。
あの時、もっと近くで遭遇していたら?
そららが魔法使えなかったら?
あの時にゴブリンがいなくなっていなかったら?
もし、後ろからもゴブリンが来ていたら?
思い返すと、生きて戻れて本当に良かったと思う。なにか少しでも間違えれば私たちは殺されていたかもしれない。
私の目の前には寝息を立てて寝ているそらら。口からはヨダレが出ていて、とても可愛らしいものではないのがちょっと残念なところ。
外門の椅子でローラの帰りを待っている間からすごく眠そうで、ずっとうたた寝をしていた。馬車に乗ってからはずっと寝ている。
ローラが言うには『契約もしていないのに、魔法を使うから』と言っていた。契約もしていないのに【お遊び】以外で精霊の力を使役するのは魔力・体力共にしんどいらしい。そう思うと、そららも命懸けでわたしを守ってくれたんだと思う。
なぜだろう・・・ヨダレを垂らして寝ている姿が妙に可愛らしく見える。
ローラも話している時もそららの寝顔を見て笑っていた。
(妹か・・・)
馬車に揺られながら目の前に座っている彼女を改めて見てみる。
昨日は汚い私を見て【きったない!】って言いたそうな顔だったのに、今日は私より汚くなってしまった。
私は昨日から迷っていた。彼女の姉であることに。
私は彼女のことを知らない。
昨日初めて会って、『妹です』。と言われて姉妹になれるわけがない。
・・・でも、この子は『姉』の私を命懸けで守ってくれた。
うまく言えないけど、この子は本能的に家族を生かそうとしてくれていた。中身は他人だってことをしらないで。
彼女に話しても理解はされないだろう。中身は別人なんです。と話したところで喧嘩になって終わるか、フランにまたなんか言われるだけだと思う。
でも、いまのところ私には元の世界に戻る方法がない。この世界が嫌いなわけではない。もちろん、危ないことは嫌い。怖いことも嫌い。歩く死体も嫌い。でも、フランやローラ、エドたちだってみんな優しくしてくれるし、大切な妹がいる。仕事もあるし、衣・食・住も揃っていて就職難の世界なんかより恵まれているのかもしれないわね。
(いもうと・・・妹)
なんとなく、このままそららのお姉ちゃんでいようかな。と、思った時に妹の事を考えると何かもモヤモヤする感じがした。なにか忘れているような感じがするけど、よく覚えていない。
ガタ!・・ガタガタガタガタガタ
馬車が一瞬宙に浮いたような感覚になり、直後に勢いよく揺れる。そららの頭がガラスにゴンっとぶつかって目が覚めたようだ。
「・・・ちっ」
舌打ちをしながら、すっごい不機嫌そうな顔でこっちを見ている。
妹って、可愛いよりも恐い・・・。街中で女の子に絡んでるダメ人間みたい。
馬車が急に揺れたあとは、そのまま停止した。
馬車の周りは暗くて外が見えない。かろうじて運転しているローラのあたりがランプで照らせれているが、小さなガラス越しで満足に見ることができない。
『・・・』
どうにか見えないか覗いたりしてみるが、特になんにも見えない。
馬車の中で不安な空気が充満する。
また、ゴブリンだったら?もしくは親分とか?
そららは既に疲れきっていて魔法は使えないだろう。
私も、武器なんか持っていないし、使ったこともない。
(人が歩いてる)
馬車の先頭付近で足音が聞こえる。誰なのかは見えない。
ローラも静かだ。まるで消えてしまったかのような感じ・・・。
「だ、だいじょうぶかな。ローラ、いるよね・・・」
私の漏らした一言でそららは不安になり、外を覗いてみる。
「まっくら」
「屋敷まではあとどのくらい?」
「もう・・・すぐ。すぐそばだとは思うけど、こう暗いと・・・。でも、さっきゴブリンとあっとところよりは進んでいると思う」
そららは私の隣へ移動してきた。袖をつかみ、ジッとしている。
ズ・ズズ・・ザッ。ザッザッザザザ・・・
何かが、動いている。
正確には、引きづられている音がする。
「・・・ロ、ローラ?」
そららの手がさらに強く私の服を掴む。
「あのー。・・・ローラさ~ん?」
ローラがいたであろうところに小声で呼びかけてみるも返事がない。
まさか、外でなにかあったの?
窓から見る外の景色に、何かを引きずり動く姿が地面の影に写っている。
よくみると、腕や足と思われるようなモノにも見える。
「そ、そそそそ、そら。そ外になにかいいいいいる・・・。」
先ほどのフラッシュバックでゴブリンのことが脳裏に浮かぶ。
「ゴブリンだ。また、来たんだ。きっと、仕返しに来たんだ」
引きずられている方は、全く動く気配がない。影では大きさとかは判断できないが、大きさ的には成人の女性くらいのようにも見える。
そららと手を握ってただ震えた私は、もう一度、外の様子を覗いた。
ドン・・・カランカラン・・
鈍い音を立てて大地に何かが落ちた。なにか細長い金属が地面を転がる音がした。
道の端には、闇に紛れて確認できない【何か】が、何者かによって置かれた。いや、捨てられた。と言ったほうが正しいと思う。
窓から見えるところに、剣の先が見えた。先ほどの音は剣が地面に転がった音のようだ。
「そら。」
「なに?」
「剣士にとって剣って大切よね?」
「そりゃ、大事でしょ。」
王宮騎士に使える身分の人間が大切な剣を地面に放り投げるだろうか。
そららの言う通り、地面に転がらざるを得ない状況になった。と考えるべきだと思う。
「あのね・・・剣が落ちてる。」
私は絶望した。この場合、剣が落ちているということは、ローラの死を意味する。
そららの回答でもわかるように、ここに転がっているようなものではない。
「剣?なんで?」
(わからない・・・)
私は考えることをやめてしまった。正直、今日は意味がわからない。
(剣が落ちてる。どうして?落ちてるから。なんで落ちてるの?)
動揺して思考がまともに働かない中、視界に新しい変化が生まれた。
(来る)
影がゆっくりとこちらに近づいてきた。
私はとりあえず隠れた。そららの頭を抑えてガラスから見えないようにしゃがみこんだ。
【何者】かが、私たちの板一枚向こうにいる。
(私たちを探している?)
ガラスの前で一瞬立ち止まったが、そのまま馬車の後方に回り込んでいる。
「ドア、そっち持ってて」
小声でそららと馬車の扉の左右に分かれて、内側から全力で引っ張る。
外には逃げられない。開けられたらそれで終わりになってしまう。無謀な居留守だとは思うけど、これしかない。
歩く音が馬車の後方からドアの前まで来ると、扉を開く力が私たちを襲った。
ダン!・・ガチャ、ダンダンダン
馬車が揺れた。扉が力いっぱい引っ張られて私たちの力では閉めておくことすらできない。
扉が開きそうになった瞬間-
バキ!
大きな音を立てて外側の取っ手が壊れた。
そららと顔を合わせて
(やったー)
とお互い声無き声で喜び合う。のも束の間
ガリガリ・・・ガリガリ・・・
目の前に銀色に輝く板が現れた。扉から人差し指くらいの長さだろうか。
【それ】はゆっくり外から侵入してきた。
剣だ。
ドアとドアのわずかな隙間から目を疑る光景が現れた。
私たちは思わず扉から手を離し、扉の反対側へゆっくりと移動する。
声が出ない。
もう、何もかも終わりだ。
そららは下を向いてしゃがみこんでいる。
私はドアから現れた剣から視線が外せない、もう身動きがとれない。
『いやーーーーー!!!!!!!』
叫ぶのが早いか、扉がこじ開けられた。
私の声に反応するように、そららも叫んでいる。
「うるさぁああい!!!」
外にいたのはローラだった。
私たちが大声で叫んでいたため、耳を両手で押さえながら迷惑そうな顔でこちらを見ている。
「あんたたち、うるさい!!しかも、なにしてくれてんの?!!馬車壊れちゃったじゃない!」
手にしていた剣を大地に突き刺し、扉の外側に付いていた取っ手を地面から拾い上げ、私たちの前に突き出す。その顔は、・・・けっこう怒っている。
私たちはただボーゼンとその姿を見ていたが、ローラの【なによ?】って顔を見ると急におかしくなって泣きながら笑っていた。
「笑い事じゃないの!何くだらないイタズラしてんのよ!」
「だって、きららが、ローラが死んだって」
泣き笑いしながら、そらはローラにいかにも私が悪いように言う。
「ローラが殺されて、道端に捨てられて、剣が落ちて、こっちくるって」
私も負けじとローラがいけない!という
「だって、ローラが呼んでも返事しないし、暗くて見えなかったけど、誰か道で引きづられてたから。やられちゃったんだって。」
「あんたたち・・・」
パキっ
ローラの持っていたドアの取っ手が二つに折れて地面に落ちる。
「あの・・・」
「だって・・・」
私たちは互いに顔を見合わせて言葉に詰まってしまった。
「いい加減にしなさい!!!」
夕方のコブリンよりも大きな声が馬車に響く!
『っひ!!』
私たちはあまりに驚き馬車のすみで抱き合っていた。馬もざわついている。
さっきのゴブリン君の方が怖くないように思える。
いや、勢いだけなら今ローラは人型ゴブリン・・・。
「きららはちゃんと確認してから伝えるようにしなさい!そららも、自分で見て確認すること!!そして、この馬車!フラン様には3人で壊したことにすること!!わかった!?」
『はい!!』
「ほんとに、なにかあればちゃんと合図するなり、呼ぶのに。そらはさっきまでよだれ垂らして寝てたし、きららも静かになったから寝てるんだと思って気を使ってあげたのに」
『ごめんなさい』
「わかればいいのよ。でもよかったわねー。剣が刺さらなくて。まぁ、私の絶妙なタイミングと力加減ってやつね。まぁ、これでおあいこってことにしましょ。」
最後の馬車は私たちが壊したのではなくて、ローラの怪力で壊れたのだと思うけど・・・。
しかも、馬車壊したのは3人のせい、って。勢いで返事したけど、ただ単に怒られたくないだけでは?・・・。
「ねぇ、そら?馬車については、壊したのって私たちじゃないよね。」
「うん。違う。きっとフランに怒られるからだよ。」
「私もそう思う。」
ローラは地面に突き刺してあった剣をおもむろに掴んだ。
「でも、きっと私たちがいけないのよね」
「うん。ローラ助けてーって言わなかったし。」
剣を引き抜き、ゆっくりこっちに剣を向ける。
・・・。
「今、ここで拾ったんだけど、二人共この剣に見覚えは?」
この世界では剣がその辺に落ちてるの??どんだけ無法地帯なのよ。
そんな事を毒つきながら剣を見てみると、多少汚れているけど、暗い中で見る限り、おそらくまだ新しそうな剣。そんな。武器マニアのエドではあるまいし、見ただけでわかるわけないと思うけど
「もしかしたら、夕方のゴブリンのものかも」
そららが言うことは一理ある。確かに、あのゴブリンは見た目には不釣合いな程、新しい剣を振り回していた。でも、こんなに汚れてたかな。剣先はきれいになっていたけど、柄には土や泥が付いている。
「ちょっと降りてくれる?見て欲しいんだけど」
ローラは剣を再び地面に突き刺すと私たちを馬車の反対側へ誘導した。
馬車を降りてから、なにか嗅いだことのあるこの臭い。・・・
「!!」
そららが立ち止まる?
私はそららの後ろから前を覗いてみる
「うげ!!」
思ったままの声がでてしまった。
そこにはランプの揺れる光に照らされたゴブリンが倒れていた。
【ゴブリンだったモノ】は、首と胴体が分裂していて二つに分かれていた。
ローラは平然とした様子で近づいている。
「夕方二人を襲ったゴブリンはこいつ?わかる?」
「顔は、似てるけど・・・。」
声を振り絞る。正直ほかのゴブリンの顔を知らないから、顔の違いなんてそこまでわからない。
人生初の死体がゴブリンで、首と胴体がさよならしてるなんて・・・。
「誰が、殺したんだろう」
そらがふと口にした言葉にローラが胴体の切り口をみながら考えていた。
「こいつ、道路の真ん中で倒れていたのよ。そのときは首がすでになかったわ。戦闘。と言うよりも一方的にやられた感じだと思う。相当強い奴にやられたか、仲間に裏切られていきなり首を切られたのか・・・」
薄明かりに照らせれたゴブリンの姿を見ながら長い沈黙。
馬車の前には赤黒くなった液体が地面の上に飛び散っていて、いくつか溜まりになっている。
風下にまわったり、風が吹かなくなるとあたりには昼間に嗅いだ臭いが漂っていて、あまり耐えられるものではない。向かい風だったらずっと臭かっただろうに。
「ゴブリンは、仲間の死体があると危険を察知して凶暴になることがあるらしいわ。ほかの仲間に見つかる前に、直ぐにここを離れたほうがいいと思う。今夜は私がついているから、安心して」
ローラは先程地面に突き立てた剣を回収し、馬車の荷台に置いた。持ち帰ってフランに見せるらしい。
私たちもすぐに馬車に戻り、ローラが手綱を握るのを確認するとローラの左右隣に座った。
「なにしてるの?二人とも」
ローラが操縦する場所は正直あまり広くない。大人ふたり分くらいの場所しか確保されていない。そこに3人も座っているからギューギューになっている。
「えへへー?」
そららがいたずらに笑う。
「ちょっと、狭いんですけどー?」
体を左右に揺らして私たちにどいてほしい、と言わんばかりのローラ。
「まぁまぁ、また、何かあると困るし、みんなで仲良く行きましょう?」
扉の壊れた馬車に二人でいるより、こっちの方が楽しそう。彼女も、怒っているのか?楽しんでいるのか?まんざらでもないようなご様子。
「私にもお姉ちゃんができたみたい!」
私よりも大人っぽい彼女は私にとって頼もしい姉のような人に思えた。同性で、頼れる存在。
「きららよりもよっぽど頼りになるわぁ~」
そららが反対側から茶化す。
「なによ?私だってヨダレ垂らす妹よりも頼りになるお姉ちゃんがいいもん!」
「ヨダっ、・・仕方ないじゃん!!疲れちゃうんだから。きらだってこないだベッドから落っこちたくせに!寝相悪いくせに!料理下手なくせに!」
う・・・!胸に突き刺さる。
フン!っとそららはそっぽを向いてしまう。私は悔しいかな。何も言い返せない。
「まぁまぁ、二人とも。あまり悪い子だと、お姉ちゃんまた怒っちゃうから!」
ローラが私たちの肩に手を回し、ギュッと抱き寄せる。
「はい、なかなおり~!悪い子はフラン様に言いつけちゃうから!」
『はーい。ごめんなさーい』
私たち3人は顔を見合わせて3人で笑いながら屋敷へと向かった。
道の向こうには、もうお屋敷の姿が見えていた。
ひどく長い1日だった。掃除して、買い物して終わりだったのが小さな日帰り冒険に行ったかのような気分だ。
私たちのいないお屋敷は無人で真っ暗なはずが、灯りが灯っていた。
(お屋敷ではエル様が待っているのかも。)
3人は声にこそ出さなかったけど、屋敷に戻れれば誰かが助けてくれるものだと、何も疑わずに屋敷へと向かった。
今夜、姉妹の運命を大きく変えることになるとも知らないまま。
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