第6話その名は そらら

「そら!」

 私は、無意識のうちにその名を叫んでいた。ベンチから飛び上がるように立ち上がり、目の前の不機嫌そうなに腕を組む女の子にムギューっと抱きつく。

「妹のことが覚えているなら、やっぱり君はきららだね」

 フランは【そら】と私が呼んだ女の子に視線を送り頷いた。

「あぁ、今日は疲れたよー。・・・」

 ハッと、私は急に我に返り離れた。体が、無意識に動いてしまう。急に目の前に現れた女の子、すごく逢いたくてしょうがなかった気がする。この子のこと、知っているような気がするんだけど・・・

(この子。だれ?)

 私はこんな子知らない。そら?聞いたこともない名前だ。この世界で知り合った人間なんて10人もいない。それなのに、見た目だけなら怖くはないけど、見ず知らずの子に抱きついたあげく、あんなにだらけてしまうなんて・・・。寝るときにいつも抱いてた抱き枕にしかあんなとこ見せたことなかったのに。

 しかもいきなり姉妹?妹?そんなこと言われても信じられないよ。見た目なんて私とはあまり似てはいないし、髪の色もちがうじゃない。

 見た感じは、背は私よりも少し小さい。でも、私より丸っこくて柔らかそう・・・。いや、実際に私よりも柔らかかった。ムニムニ・・・。髪の毛も私より短い。肩より少し下くらいだろうか。薄紫色の髪と薄紫の瞳、で前髪が少し長い感じが気になる。でも一番気になるのは、私よりもかなり胸がでっかい。仮にも妹のくせに。

「いきなりくっついたり、・・・離れたり。うちの服にその得体の知れない汚れを付ける新手の嫌がらせ?めっちゃ汚れるんだけど。ほら」

 そらは自分の服が汚れたことを気にしていて前のエプロンにりんごと、雨と、泥や埃、はちみつなどがブレンドされた得体の知れないシミを結構本気で嫌がっていた。私を見るときも【汚い】と言いたそうな顔つきだった。結構潔癖なのか?身なりはきれいにしているようだし・・・いや、この場合私が汚れすぎ?

「きっと、記憶が混乱しているんだよ。わざとじゃないんだから許してあげて。忘れられていないで良かったじゃないか。僕なんか記憶から消されちゃっているんだから」

 困り顔で笑っているフランに『気に入らない』って顔でそっぽを向くそらら。二人共、悪い人ではないさそうだし、信じてもいいのかもしれない。無一文の私を騙しても何も得しないだろうし、どこかへ連れて行く気ならいつでもできるだろうし。

 フランの意見を採用するのはなんか悔しいけど、記憶の混乱。確かにそうかもしれない。さっき無意識に体が動いたし、実際にこの体はあの子を知っている。無意識に動いたのは体が覚えていたから。なのかな。私の意識とは全く違う。あんなふうに今まで人に甘えたこともなかったし。

「ごめんなさい。本当に記憶がなくて、変なこと言ったりすると思うし、迷惑かけるけど、仲良くしてくれないかな?そらら・・・」

 そらはすこし驚いたような顔をして、その後に気持ち悪いって顔に変わった。

「気持ち悪い。変なきらら」

 そららだけではない。フランまでびっくりして変な、何か言いたそうな顔をしている。この二人にとって、前の私はどんなんだったんだ?

「そら・・・。今度こそ、君がお姉ちゃんみたいだね」

 フランは相変わらず他人事のように言う。そらは気難しそうになんかモジモジして、不完全燃焼で苛立ってます!。って感じに見えた。

「今日のお昼より前の記憶が全くないの!・・・。二人共、私がどんな人か教えてくれる?」

「きららは僕の許嫁いいなずけ。きららが20歳になった時に結婚するはずだったんだ。」

 フランがベンチに座りながら私にそう語る。

「フランは私の旦那様・・・」

 急なことで驚いたが、私が【フラン様】と言って、周りが驚くのは当然だったのか。だって、将来を約束した二人がそんな他人行儀な・・・。うーん。と頭を悩ませているとフランがこちらを真剣に見ている。私は急に恥ずかしくなってきた。

「本当に、私がフランのお嫁さんに・・・?」

「そうだとも。」

 フランが私の手を握る。・・・恥ずかしい。この人と結婚!?あってまだ半日。あったのは2回目。確かに見た目もかっこいいし、宮廷騎士なんてきっと一流のエリートだわ。異世界に来た時に人生終わったと思ったけど、まさかの玉の輿!?輝く未来が見えそうな気がする・・・。

「僕が嘘をつくわけないじゃないか。」

 フランの瞳が私の瞳の奥を見つめる。自分では何が見えているのかすでにわからない。

「あ、あの・・・」

「ん?」

「私、こんなんですけど。いろいろ頑張りますのでよ、よろ・・・」


 スパァーーン!!


 そららのスナップの効いた平手が頭に落ちる。けっこう痛い。

「馬鹿なの?あなたたち。」

 ゆっくりと振り返ると、冷たい目でこちらを見ているひとりの少女。

「なにが、『私がフランのお嫁さんに』。や『よろしくー』なのよ。バカを通り越して、呆れるのも越してもう気持ち悪くてたまらないから殴るよ?」

 ビンタの素振りをしているそらら。殺る気はじゅうぶんのようです。

「フランも、馬鹿なこと言わないで。この子バカなんだから、余計バカになって、気持ち悪いバカになるじゃない。あまり調子に乗っているとこないだのこと・・・」

 そこまでバカって言わなくてもいいのに!・・・。

「ごめんごめん。意外とその気だったみたいだから戻れなくて」

 ぉい!!あんたも騙していてオチがわからないとかやめなさいよ。

「さて、冗談はここまでにして後はそらに聞いてみるといいよ。僕は黙って聞いてるから」

「最初から静かにしていればよかったのに」

 ぶつぶつとまた小石を蹴りながら文句を言い始める。けっこう妹はストレスが溜まるんだな。

「同じことは話すのめんどくさいから、一回しか言わないから」

 私たちはそらの話に耳を傾ける。また殴られそうな感じがする。

 そららは少しめんどくさそう?恥ずかしそうに話し始めた。注目されるのが苦手なんかも知れない。

「うちはそらら。あなたの妹。それは嘘じゃない。今日はあなたが買い物当番だから、食材を買いに来たのでしょ?料理が出来ないくせに、今日に限って『晩御飯は、まかせろー!。』なんて言ってたの忘れたの?2時になっても帰ってこないし支度が間に合わないからフランに聞いてみたのよ。」

 2時?時間の概念があるのか。でも、時計らしきものなんてどこにもなかった。

「時計なんて、どこにあるの?」

「そんなことも忘れたの!?時間もわからないなんて子供じゃない。うち、この人ダメかも・・・」

 そらは驚きながらさらに疲れた顔で、大きなため息をついて続けた。

「はぁー。王城の前、ここからだと、第一か第四広場。時間は鐘の音が朝8時から5時までは1時間ごとに知らせてくれるわ。まぁ、8歳の誕生日が来るまで時計が読めないかったきららちゃんにはあまり関係ないかもしれないけど。」

 嫌味MAXだなぁ。ってか、8歳まで時計がわからなかったなんて、よっぽどバカね。私・・・。

「鐘?全く聞こえなかった・・・」

「ここは聞こえにくいんだよ。鐘から遠いし、賑やかだからね」

 フランがさっとアシストしていた。鐘の音・・・全く気にしていなかった。本当に鳴ったのかな?

「ちょっといいかな?」

 フランが質問をしてくる。そららもベンチに座り、私に興味があるのか、ジーっと顔(頭?)を見てくる。

「まず、こないだ僕と会ったことを覚えてる?」

 私はそららを見ながら首を横に振る。目を離したら噛み付かれそうな勢いだ。なんでそんな近いのよ。どこにもいかないから普通にすればいいのに。ってかこの子やっぱり頭見てるわ。中身は入ってるし、そこまでバカじゃないもん!!

「料理、できるの?」

 後頭部をフランに向けながら、そのまま私は頷くが、そららがひょこっと顔を出して首を横に振る。結構おおきく横に振っている。口パクで【無理】と言っているようだ。

「うん、ありがと。」

 何が聞きたかったんだ?この人。

 そららは何かわかったようでニヤニヤしている。フランはそれを断固見ないようにしていた。

「私たちは、どこに住んでいて、どこに帰るの?」

「うちらはこの先の西の門を抜けた先にある領主様、エルドロール様のお屋敷で働いているわ。そこまで忘れたの?あなた、どうやって帰るつもりだったの?」

「・・・今日はエル様帰りが早いから、一人で大変だったんだから。」

 呆れ顔で私に言ったあと、ぶつぶつと地面に転がる小石を蹴飛ばしながら不満を漏らす妹。

 うーん。すまない。何も覚えていないんだなぁ。そららのいじけ方は子供のようで可愛い。

 撫でてあげたら元気出るかな。

「家は、正直どうにかなるかなぁって・・・へへへ」

 そららの質問に私はなんとなく愛想笑いで返した。

「ご飯も、今日くらい食べなくても、どうにかなるかなぁって・・・」

「・・・」

 そららは無言で聞いている

「あ、でも野宿はいやだなぁ。ほんとに、どうにかなるかなぁ。って思って、何も考えてなかったなぁ。」

 空を見上げながらふと

(妹が来てくれて、帰るところがあって、本当によかった。)

 と心から思う私。

「だから、本当にたすかったよ!ありがとう、そらら」

「・・・」

「まぁ、あの流れだったら多分、少年の家で少しは過ごせたかもしれないね。」

 フランが横から口を挟んだ。そららは悪い目つきで睨んでいる。いたたまれない。視線が痛い。

「あ、私もちょっと期待してた。それ」


 バシ。・・・バシバシ


 頭を結構な強さで叩くそらら。パワーがありすぎて頭が上下にモグラ叩きのように揺れる。

「フランは」


 ・・バシバシバシ!


「甘やかせ過ぎです。苦労するのはうちなのに、みんな甘いからこんな・・・」


 バシ!バシ!


「前から馬鹿だったけど、もっと馬鹿だし、性格もなんか微妙に素直になってて、張り合いないし、気持ちわるいし、・・・前と違ってうちはもっと嫌い!」


 バン!!


「いったいってば!!」

 最後の一撃は痛かった。甘噛みなんてものではなく、憎い一撃だった。

 くぅ~、妹んくせに。

「だから今日からうちがお姉ちゃんです、きらは妹なんで偉そうにしないでください。」

「・・・はい?。」

 売り向くと勝ち誇った顔のそららがいた。どうやら、頂点は彼女のようだ。逆らうことは不可能ですな。そらら力強いし。

 フランがその様子をちょっと引きながら、見終わった時に席を立ち上がる。

「今日はもう帰ろう。そららも、無事にきららが見つかったからいいじゃないか。今日はここでハッピーエンドってことで」

 のんきにしているフランにそららが低い声で言い放つ。

「・・・夜のごみ捨て・・・」

 フランが一瞬止まったが、私にはなんのことだか理解ができない。夜にごみ捨て?朝捨てるのではなくこの世界は前日にゴミを出すのか?カラス、多いのかな・・・。

「いや、僕はそららの見方だよ。・・・もちろんきららの見方でもある。二人に仲良くなってもらいたいからね・・・。ちなみに、今夜のことは、僕は何も聞いていないし、何も知らない。いつもの二人に会って、ちょっと話しておしまい。だからそらら。・・・ゴミは・・・ね?」

 まったくもって意味がわからない。ごみ捨て?朝?夜?なにか意味があるのか?なにかの合図なのか?

 そららはチッ、と舌打ちしながら立ち上がって、エドのお店の方に歩いていく。

 私は急いであとを追った。フランは少し困った顔しながらこちらを見ている。

 私たちが話し込んでいるうちに、エドの店は片付けも終わりこちらを待っているようだった。

「ああ、終わったのかい?その子は?きららの家の人かい?」

 リーヤが待ちわびていた。

「うん、家から迎えが来ちゃったから帰らないと。」

「お姉ちゃん、どっか行っちゃうの?」

 エドが寂しそうな顔で見上げてくる。正直、りんご売りは楽しかった。でも、我が家の黄鬼は怖い。角が生えてそう・・・。

「ごめんねぇ、エド。この黄色いお姉ちゃんが起こるから帰らないといけなくて」

 わざとらしく、そららに聞こえるボリュームで言ってみた。

「そうですか、なんなら帰らなくても・・・」

「いやいやいや、帰ります。ごめんエド。怖いから帰ります。」

「その言い方だと、さっきと変わっていないし、うちがいじめているみたいです。」

「二人共、もういいじゃないか。みんな困っているよ」

 姉妹ゲンカにフランが割って入る。完全にそららの方が優位になったようだ。

「黄色いお姉ちゃんは、だれ?」

「うちはそらら。きららの妹でしたが、たったさっきお姉ちゃんになりました。なので、一番偉いです。」

「そららは、きららが嫌いなの?」

「嫌いです。」

「どうして嫌いなの?こんなに優しいのに!」

「きららはうちに持っていないものがあるし、うちよりお姉ちゃんで、いつもいじめるし、ずるいから嫌いです」

 そららは小さいエドとしゃがんでムキになっているように話した。エドはきらら押し、そららは認めない!と火花を散らしてにらみ合っている。そこは、別に適当に合わせておけばいいのに。正直なのか、不器用なのか・・・。まぁ、私嫌われてるんだ。けっこう嫌だな。嫌われてるの。

 もし私にお姉ちゃんがいたら、同じように嫌いになるのかな。仲良く、笑い合うなんて夢のまた夢なのかしら。

 エドはそららになにか講義していたが、そららは断固として認めなかった。でも最後に一言だけエドに

「でも、きらはうちの面倒を見てくれる優しいお姉ちゃんだよ。」

 そういったあとに立ち上がり先に屋台の外へ出た。

 私と目が合うと【フン!】といった感じでそっぽを向いてしまった。

「あんたたちは、ほんとに仲良しなんだね!」

 リーヤが笑いながらエドの頭をなでていた。

「そららはきららの悪口ばっかり言うから嫌いだ!」

 エドはリーヤに頭を叩かれていた

「そららちゃんはね、きららのことが羨ましいんだよ。自分ができないことができたり、ないものを持っている。さっきも言ってたろ?それに、最後は言ってたじゃないか、優しいお姉ちゃんだって。」

「それでも、悪口はいっちゃいけないんだろ?父ちゃんが言ってたぞ!」

「姉妹はいいの。お互いに喧嘩して、いい女になっていくんだよ。じゃなかったら、心配して迎えになんて来ないだろ?あの子はあの夕立の中探しに来てくれたんだろ?」

(あ、そうだった・・・)

 あのすごい雷雨の中、そららは探してくれてたんだ。フランと一緒に。

 私が持っていて、そららにないものはわからないけど、そららが不器用で、心から私を嫌っているわけではないと思うと、そららの悪口が少し可愛く思えた。

「きらら、そろそろ帰らないと、エル様に怒られちゃうよ?お屋敷も留守にはしてられないし。」

 のれんの向こうでそららとフランが待っている。

「また、会えるよね?」

 エドが抱きついてくる。感覚的には弟ができたようだ。

「大丈夫、お仕事して、終わったらまた来るから!またこのお店にも来るから!」

「・・・りです」

 外でそららがなにか呟いた。

「また、いつでもきな。あんたなら大歓迎さ。」

「俺たちにできることがあれば、また来てくれよ。」

 アルコが椅子に座りながら恥ずかしそうに言っている。リーヤはギュッと抱きしめてくれる。

(あんたはあたしの娘だよ、とびきり出来のいい娘さ。辛いことがあったら、たまには文句でもいいにおいで)

 だれにも聞こえないくらいの小さな声で私だけに言った。

「僕もまた手伝いしてるから。・・・きっと来てね。」

 エドはスカートの裾を持ちながら寂しそうに潤んだ目で耐えている。

「今度はお客さんで来るから!また武器屋にいかないで、リーヤのお手伝い頑張ってね!」

「わかった。今度は母ちゃんとりんご売って、きららが来る頃には売り切れにしてやる!」

 私はリーヤの頭をポンポンした。私は3人に今日一日楽しかったことと、また必ず来るから、とお別れをした。

 別れ際にそららが3人に対して私のために?お礼をしていた。

「きららがお世話になりました。このお礼は後日必ずいたします。我が主、エルドロールに代わり感謝を申し上げます。」

 と深く頭を下げた。その後ろでフランが軽く頭を下げるのが見える。記憶がないのでよくわからないが、これがこの国の礼儀作法なのだろうか。

「じゃあ、みんなまたね!」

 私はエドたちに手を振りながら、別れを言ってその場を離れた。




「さて、僕はまだこの街を離れられないから護衛にはこのローラをつけよう。僕の親衛隊の一人だし、腕は確かだ。」

 大きな道路に馬車が止まっている。馬車の手前には昼間手を振った女性が立っている。ローラというのか。ふむふむ。覚えておかないと。

 燃えるような赤い髪に、暗い赤い瞳、背は私よりと同じくらい。さすがは騎士の親衛隊なだけあって鎧をまとっている。細身の剣を使うようだ。

「お昼はすいません。」

「いいのよ、仲直りできたみたいでなにより」

 仲直り?困った顔をした私を不審に思ったのか、ローラはフランに視線を送る。すると、【はやくいけ】と言わんばかりに手を払い追いやっている。私はフランと喧嘩していたのだろうか?王宮騎士と?前の私はどんな生活をしていたのだろうか?

 ローラはなにか意味ありな笑い方をするとそららもそれに答えるように笑っていた。

「ご迷惑かけます。ローラ様。お屋敷までの護衛、よろしくお願いします。」

 そららはローラに頭を下げた。それを見て私も慌てて頭を下げる。

「よろしくお願いします!」

「大丈夫よ、安心して任せてちょうだい。」

「ローラは強いからな。盗賊程度なら返り討ちにできるだろう」

 ほほう。お一人でそこまで強いとは。さすがです。私なんて妹にも勝てないのに。RPGで言うところのスライム以下ってやつ?いや、私の場合は村人か。バトルにもならない。

 まるで、今がゲームの中にいるみたいで急におかしくなった。ゴブリンがいる、領主がいて、メイドがいて、お城があって、騎士がいる。薬剤師もいるんだっけ。思い出すとなんか楽しくて一人でニヤニヤしてしまう。

「きらら、気持ち悪い」

 ぼそっと私に聞こえるように、横から見えないナイフで私の心をえぐり刺すそららの言葉と眼差し。

 妄想の中で楽しかったお出かけムードは、たった一瞬で崩れ去った。

「じゃあ、僕は王宮に戻るから。あとは頼んだよローラ」

「わかったわ、責任を持って送り届けてきます。」

「二人共、特にそらら、きららのことは他言無用で。周りに知れてもいいことないから、上手くフォローしてあげて」

「フラン様のご命令であれば、お約束いたします。本日は姉を見つけていただき、本当にありがとうございます。」

 そららは頭を下げていた。

「最後にきらら、」

「はい!」

「あまり【お姉ちゃん】を困らせないようにね。焦らないでゆっくり思い出してみなよー。」

 笑いながら城の方へ歩いていく後ろ姿。【お姉ちゃん】と言われたばっかりの時は意味がわからなかったけど、さっきの公園の話か。こんなところで持ち出さなくてもいいのに。

 冷静に考えると、冗談なのだろうけど、あまりいい気持ちがしない。

「きらら、早く行くよ?。遅くなる」

 馬車のドアを開けてそららが先に乗り込み振り返る。また悪口を言うのかと思ったら手を差し伸べてきて

「早くしないと、みんなに迷惑だから。」

 ちょっと照れくさそうにしていた。

「ありがとう、そらら」

「そららはお姉ちゃんだから」

 と引っ張り上げてくれた。馬車に乗ったことなんてない。馬が2頭。対面式で座るような形で見た目は小さな部屋だ。前にランプが全部で3つ付いている。左右の上と、ローラが座るあたりに一つ。

「あぶないから、走っているときは出ちゃダメよ?」

 私が頷くとローラが扉を閉めた。鍵はついていないので、ただ扉を閉めるだけのものだ。扉の反対側にあるガラスからは外の光が差し込み、街の景色が見える。

 馬車が軋む(きしむ)音をだしてゆっくりと動き出す。

「おかえり、お姉ちゃん」

 そららが恥ずかしそうに外を見ていた。

「最初は、ゴブリンの群れか何かに遭遇して、もう死んじゃったのだと思った。」

 街の南に住み着いたって話のゴブリンか。ほんとなんだろうな。

「もう、・・・会えないと思った。」

 そらの目は赤くなっていた。外の景色を見るようにしていたのではっきりとは見えないが、声は震えて、涙目になっていたと思う。

「ごめん。心配かけて」

「・・・」

「ねぇ、そらら。私。変かな?」

「・・・へん?」

「うん。記憶がなくなる前の私、今の私、どう?」

 そららは涙を手で拭うと、少し考えてから

「前は、おっちょこちょいで、もっと泣き虫だったよ。うちがイジメると、キーキー怒って子供みたいで」

 そららは私を見ながら続けた

「今は、不思議な感じ。別人みたい。さっきの料理だって、いつもはうちに任せるのに自分からやってるし、公園でも、あんな素直じゃなくて、いつもならもっとうちに意地悪してたよ?叩き返しても来るし」

 意地悪って、子供じゃないんだから。

「意地悪って、どんな?」

「そらが楽しみにしてたケーキ食べちゃったし、そらが嫌だって言ってるのにエル様がいない時、夜のお散歩って言いながら屋敷の周り歩いたり、そららが楽しみにしてたハーブ使っちゃって、焦げて炭になってたり・・・」

「わかった!ストップ!!」

 つまり、このお姉ちゃんもそららのことが好きだったらしい。そこまでちょっかいをだすってことは、きっと妹に構ってもらいたかったのだろう。そして、妹はそれが迷惑で、姉の嫌がらせだったと。姉の愛情が子供過ぎて伝わらなかったのね。

「全部ごめん!これからは気をつけるから。記憶がないなんて都合いいけど、本当にごめん!」

「別に、もういいよ。明日からおやつはしばらくそららにちょうだいね♡」

 そらがにっこりと笑うと溜め込んだ涙が流れ落ちた。きっと、心配してくれていたんだろう。

「あ、そらが泣いた。」

「うるさい」

 ゴシゴシとエプロンで雑に拭くとガラスの外を眺めている。また少し機嫌を損ねてしまったようだ。

 街を抜けて森の中の街道を走っている。あたりには誰の気配もない。

「夜なのに、明るいねー。」

 ガラスの外を見ながら外の明るさに驚いた。電気なんかなくても、結構明るい。相手の顔がちゃんと見えるくらいに。

「もうすぐ満月だから。夕立で空気も澄んでるし、星が綺麗。」

 そららも空を見上げていた。揺れる馬車の中、過ぎていく景色。初めてこの世界に来た時は正直人生終わったと思った。あそこで、エドに会わなかったら?フランに会わなかったら?今考えると怖くなる。ここにいられるのは、私の妹が、心配してきてくれたんだと心から感謝していた。私はそららの隣に席を移り、もたれかかるようにそららにくっついて目を閉じた。今日は、なんだか疲れた。体育祭と文化祭と、期末試験が一気に来たような、体も心も疲れきってしまった。

(ふぁあぁ~あ)

 大きなあくびをしてよりそららにもたれかかった。

「お、重たい。どいてよきらら」

「お姉ちゃんなんでしょ?そららお姉ちゃん」

 私は目をつむったままそららに笑いかけた。

 そららは無言のまま動かなかった。妹って、なんかいいなぁ。

「フランも気にしてたけど、聞いてもいい?」

 静かな馬車の中にそららの声が聞こえる。

 馬の足音、馬車の揺れ、車輪の音。すべてが気持ちよく寝れそう。

「んー?なぁに?」

 もう柔らかくて、あったかくて、眠くなって来た時にそれは思い出された。忙しすぎてうかつだった。

「おでこ。・・・そのたんこぶ。どうしたの?」

「・・・」

 なにか言い返そうかと思ったけど、私には寝たふりしかその場で出来なかった。聞こえない。聞こえない。

 ってかフラン。気にしてたんだ・・・。今度問い詰めてみないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る