第5話夕立のあとに
ケーキ屋でエドにいくつかお願いをして別れたあとに、帰りに気になる屋台を数件見て回り、エドの母親がいるりんごの屋台に戻ってきた。
「戻ったかい。それにしてもあんたもそそっかしいねぇ。閉まってると思うよって言っても走って行っちゃうんだから」
はい。申し訳ないです。まさか行っても何もないと思わなかったので単純に悲しくなる。
この店を出るときにリーヤが叫んでいたのはやはりケーキ屋がしまっているとのことだったようだ。
「だって、まさか閉まってるだなんて思わないもん」
右のほっぺたを膨らませてちょっと子供のようにふてくされてみる。
そんな私を見て彼女は大きめのため息一つ。
「どぉ?あれからりんごは売れた?」
「全然だめだね。」
リーヤは手をパタパタと横に振った。確かに、あまり減った気がしない。街道には人がだいぶいなくなってしまった。
「このりんご、いつまでに売らないと傷んじゃうの?」
やっぱり気になる黄色いりんご。どうしても匂いを嗅いでしまう。
「売りものにするなら明日までね。買って帰っても直ぐに腐ったらうちの印象が悪く合っちまうから」
「それじゃあこのりんご。全部私にくれない?」
リーヤは言っている意味が理解できない様子だった。こんな小娘が全部買えるわけないし、仮に買えたとしても同情して買っているような行為。それは大人のプライドを傷つける行為だったからだ。もちろん、私はそんなことをするつもりはない。ちなみに、お金もない。さっき気がついたた、一文無しだ。
「私に考えがあるの。だから、お願い!」
「無理だよ、これを売らないとあたしが帰って怒られちまう。あんたには感謝しているし、嫌いじゃないけど、それは無理な話だよ。」
「じゃあ、5個、いえ、4個だけ私にちょうだい?それで納得できなければもう何も言わないから。お願いします!」
赤いりんごを4個手に持ってリーヤに深く頭を下げてお願いした。お金がない以上、私にはお願いすることしかできなかった。図々しいのは分かっている。エドと知り合って、いきなり店に来て、ちょっと手伝ったからりんご下さい。それは虫が良すぎる。でも、私にはこれしかできない。
リーヤはすごく言いにくそうにしていたが、大きなため息をつくとその重たい口を開いた。
「あんた、最初からそれが・・・」
「お姉ちゃん!持ってきたよ!」
リーヤが言おうとすることは分かっていた。でも、エドがちょうど良く帰ってきてくれて私はリーヤの言葉を最後まで聞くことはなかった。
大荷物のエドを見て、リーヤは驚いていた。
「なんだいエド?その荷物は」
「お姉ちゃんが、僕にケーキを作ってくれるって!約束したんだ!」
「ケーキを?」
エドが息を切らせて私を見てる。私も赤いりんご4個をもってもう一回リーヤにお願いしてみた。
「お願いします。私にこのりんごを4個くだぁあいぃいたぁあい!!・・・」
もう一回深く頭を下げお願いしようとした時、そこにはさっきはいなかったエドがいた。
こんな状況で、周りを見る余裕が無くなっていた私は思いっきりエドが背負ってもってきた荷物、しかもそこそこ硬い薪に頭をぶつけてその場でよろめいてしまった。通りの方からも通行人が何人か覗き込んでいる。ぅぅぅ。情けないところまたこんな多くの人に見られるとは。
「だ、だいじょうぶお姉ちゃん!?」
「だいじょーぶ。ちょっとびっくりしただけ。」
エドは一瞬背中にすごい重さを感じたのだろうけど尻もちをついてしまったが、私がその後倒れるように座り込んだのを見て慌てて様子を見に来てくれた。
おでこにできた赤いたんこぶの卵みたいなものをさすりながら照れ笑いで誤魔化す。その間ずっと笑っているのが一人。こっちは全然笑えないくらい痛いっつーのに・・・。
「母ちゃん!笑ってないでどうにかしてよ!きららが死んじゃうよ!」
そんな物騒な。たんこぶで死んでしまったら悲しすぎるぞ。
「大丈夫でしょ、たんこぶくらい・・・2日くらいしたらきれい・・・になくなっちゃうさ」
笑い疲れたのか苦しそうにリーヤは椅子の上で満足そうな顔してる。私は道化師ではない。
「きららぁ・・・」
涙目の私を心配そうに見てくれるのはエドだけか。
「大丈夫よ、エド。私はきらら。意識はしっかりしているし、大丈夫!これからケーキを作ってあげるんだもんね!まだ死なないから安心して!」
二人のやり取りを見てリーヤはずっと笑っていた。それも今日初めて見るくらいの笑顔だった。
「あんたたち、本当の兄弟みたいね。いいわ、りんごはあげる。楽しかったからお礼よ」
「ほんと!?ありがとうリーヤ!美味しく出来たらリーヤにもあげるからね!」
エドが私の方に飛びついてくる!とりあえず材料は全部集まったから、次は私がガンバらないとね!
「早く食べたい!早く作ろうよきらら!」
エドが荷物を下ろして言われた材料を順番に並べている。外はもうすぐ夕焼けが来てしまう。3時くらいだろうか。市場は開いているお店が少なくなってしまった。今からあと80個くらいのりんごを売らないといけない。どうにかなるかな。
「きららに言われたもの全部持ってきたよ~・・・。焼き釜とでっかいお椀とお皿、小麦粉、お塩、はちみつ、お水は公園で組んでくるから、あと庭にあった桑の実。」
「あとは、エド自慢のりんごね!」
私が本当に体をかけて手に入れたりんご。りんごでこんなに苦労するとは思ってもみなかったわ・・・。
既に定番になっているいつもの椅子に座りながら、これから何が始まるのか気にしていてのだろう。見ていたリーヤも口を挟んでくる。
「本当にそんなもんでケーキが作れるのかい?」
疑わしい顔で見ているし、頭から無理って感じが気に入らないけど、そこは私に材料を提供してくれたんだから黙っておくわ。
「実はケーキではないのよ。これから作るの物は。・・・でも言っても多分みんなにはわかってもらえない。」
リーヤが何か言いかけたが私はそれを遮って続けた。
「りんごのピザをつくろうと思うの。小さい時にパパと作ったことがあるわ。その時は私も子供だったからうまくできなかったけど、今度は大丈夫だと思うの。リーヤ、包丁とまな板貸して。エドは火を焚いて窯の温度を上げてちょうだい。」
真剣な私にこんな小さい子供も協力してくれる。エドは一生懸命釜に火を入れている。焼き釜とはすごく小さい、持ち運べるくらいのオーブンだ。さっきエドにケーキ屋でみたレンガの釜みたいなものを聞いたら、どの家でも小さいものを持っている。と教えてくれた。強度がないから壊れやすいみたいだけど、今は小さくて持ってこれることにむしろ助かったわ。
「りんごはどうするんだい?言ってくれたら切ってやるよ」
包丁片手にリーヤが立っていた。自分の子供も頑張っている姿を見ていて、もう黙って見ていられない。って感じだ。
本当に助かる。一番の悩みはりんごを切ることだったのだ。今時の女子高生は缶詰も開けられないほどに世間知らずな女の子がおおいのですよ?私も包丁が苦手ですけど。なにか?
「ありがとうリーヤ!半分にして、薄くスライスしていって?半月みたいな形がいいかな。」
「全部かい?」
「うん!全部!」
私は小麦粉をでっかいお椀にいれて生地を作る。
店先で釜を焚き、りんごを切って、なにか作っているのを通行人がまた一人、また一人と見ている。隣近所の屋台の人は店をほったらかしにして見に来ているほどだ。
(これは、上手くいくかもしれない)
内心勝利フラグを確信していた。多くの人が初めて見る何かを気にしている。
あとは美味しければ絶対に売れるはず!
私はリーヤが切ったりんごを生地の上に丸く弧を描くようにたっぷりと盛り付けて、塩を少しだけ、本当に少しだけまぶして味にアクセントを付ける。はちみつを上からたっぷりかけて、エドが用意してくれた小さい釜の中に入れて焼き上げる。桑の実は最後の方に入れてみようかしら。焦げちゃうし。昔は入れなかったから想像できないし。彩がいいかな。って気持ちで決めたくらいだから。
それに材料がだいぶ違うし、道具も違うし、時計もない。でも、失敗はできない。エドは釜の扉を開けて鉄でできたピール【ピザを乗せて釜に入れたり出したりする道具のことよ】を使って釜の真ん中にそっと置いた。
あたりには人が集まっていた。林檎と蜂蜜が焼けるいい匂い。バターがあれば一番だったんだけどジャムのない世界にそれはちょっと無理かもしれない。でも桑の実やフルーツがあるなら将来的にジャムは作れるわね。きっと。
一度釜を開けてエドに取り出してもらい、桑の実を乗せてもう一度釜の中へ。
いつもの椅子に座っていたリーヤが急に立ち上がり屋台からそそくさと出て行った。なにか急用なのかわからないが今はこっちも油断できない。
「お姉ちゃん、どう?できそう?ケーキじゃなくて、その、ぴ・・」
「りんごのピザ、よ。多分大丈夫だと思うんだけど。・・・」
なかなか聞きなれない単語を覚えようとするエド。この子も楽しみにしているようだ。しかしそのプレッシャーは私を不安にさせる。それにこの人だかり。今は屋台が壊れるのではないか?と思うくらいに押し寄せている。外の景色は人が多くてもはや見えない。こんなに集まってくるとは正直思ってはいなかった。よほどこれは珍しいらしい。
「いいわエド!出してちょうだい!!」
ついに運命の瞬間は来た。エドは釜の蓋を開けてりんごのピザを取り出した。
おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・!
周囲から湧き上がる歓声?、ちょっと照れくさい。
気になるピザ本体は色、匂いもなんとなく大丈夫そう。
あとはお皿にのせて、包丁で切り分けてみる。とりあえず。こんなに人がいるからできる限り多めに。
「リーヤ?どこに行ったの?」
(この切り分けの仕事はリーヤにして欲しかったのに。)
隣でエドがまだかまだかと待ちわびている。そわそわしているのが横で見るだけでわかるほどに。
(犬や猫なら、尻尾振るかな・・・。)
変な考えをしていたら急に笑えてきた。生地はリンゴの水分があるからサクサク、とはいかないが縁のところはカリカリに焦げていて美味しそうにできている。一口大にピザを切り分けてみた。ちょっとぐちゃぐちゃになっちゃったけど。
「リーーヤーー?食べちゃうよーー?」
少し大きな声で読んでみると意外なところから彼女は帰ってきた。
「はいはい、今行きますよ!」
出て行った時と反対の人ごみの中から戻ってきた彼女はどことなく汚れている。
「なにやってたの?」
「ふふふーひみつー」
私の問い掛けにリーヤはニヤニヤ笑って答えた。
変だとは思ってたが隣りにいるエドがもう限界のようだ。
「いいから早く食べようよ!」
私のスカートの裾をひっぱりながらオネダリをしている。
「完成したのかい?」
リーヤも気になるようだ。目の前に見える初めて見る丸かったものをじっと見ている。今は私が切っちゃったから丸くないのよ。ちょっと、グチャグチャになっちゃったかな。
「一応ね。10年以上前の記憶だから味は保証しないわよ?」
一応、まずかったら困るので予防線を張っておく。
「いただきますーす!」
リーヤが最初に食べた。
続いてエドも急いで口に放り込む。
・・・目が離せない。
まずいか。
美味しいか。
もしくはノーコメントか・・・。
もっと料理の勉強しておけばよかったー!!
「おいふぃいぽいおい」
リーヤがなにか食べながら言っているが今回は本当に何言っているのかわからない。エドと会った時とまったく同じで親子だな。思ってしまう。
意味がわからない事を笑ってごまかしてると下の方からエドが満面の笑みで抱きついてきた。
「うわ・・ぷ。どしたの?エド?」
なにかまずかったのか、反応しないのでもう一回来てみようとした時だった。
『すっごく美味しい!』
「ありがとうお姉ちゃん!」
親子で私のりんごピザを褒めてくれた。
プレッシャーから開放されて。ホッとした気の緩みで思わず土とススと一日の汚れがいっぱいついたエドを抱きしめた。でも、そんな感動シーンは早々にリーヤによってぶち壊されたのであった。
「さーさー!この世界でひとつしかない名物料理!り・ん・ご・の・ぴ・ざを売ってるよ!販売は今日限定!ピザの残りはこのりんごがなくなるまで!!並んだ並んだー!!早い者勝ちでこの焼きたてりんごのぴざを一人ひとかけらを無料で配るよ!!さー急いだ急いだ!!」
リーヤの商売魂に火が付いたのか、ピザが残っていたお皿を取り屋台の外に歩き出す。エドは急いでピザを4切れ程掴んで口に放り込んでいた。その場の余韻もなにもかもリーヤに流され、頑張った私を誰か褒めてくれる?と思っていた私は完全にこの二人から取り残されていた。エドまで口いっぱいに頬張りモグモグしている。その姿はもう小動物のよう。感動的なシーンはこんな一瞬で壊されちゃのね。
さっきまで閑古鳥が鳴いが泣いていたりんご屋は、夕焼けと共に勢いを取り戻し、市場が始まってから過去最高記録!ってくらいの長蛇の列になってしまった。
時刻は不明。ただ、太陽の光が色付いてきている。日が暮れるのはもう少し先になりそう。
あれから2時間くらいだろうか。
「きらら!まだ次は焼けないの!?お客様がお待ちだよ!!」
「そんな急いでも無理よ!リーヤも早くりんご向いてよ!!」
「薪がないよ~」
残りのりんごもあと30個くらい。
屋台は戦場だった。言葉という弾丸が飛び交い合い、いつの間にか私たち3人は本当の親子のようになっていた。
あれからずっと屋台は大忙し。
リーヤは会計、販売、りんごのカット担当
エドはひたすらに釜に火を入れ続けているが薪がもうすぐなくなる。
私は生地を練っては、りんごを盛り付けたりトッピング担当、エドにピザを出すタイミング、桑の実の乗せ方を教えていた。
いつの間にか100Gだったひとつのりんごは、ハーフサイズが400G、一枚が900Gと結構な金額で売られていた。昼間のパン屋がいくらかわからないけど、リーヤを見ているとなんか楽しそう。ハーフサイズって、いつからこの人売り出してるんだろ。ハーフサイズが圧倒的に売れているけど。
今10枚くらい焼いたかしら。さすがに疲れてきた。でも、棚のりんごはあと少し。
「なんだぁ?この人だかりは」
のれんの向こうから髭を生やした30歳手前くらいの男性が顔をだした。目の前の光景が信じられなくて細い目を丸くして驚いている。
「父ちゃん!!」
「あんた!!いいところに」
『巻持ってきて!!』
親子の声が見事にかぶった。
リーヤの旦那さんはいきなりのことでわかっていないみたいだった。そりゃそうよね。いきなり店先でこんな調理初めて満員で見ず知らずのメイドがいるんだから。
リーヤの旦那さんは私に目をやってなにか言いかけたが私が挨拶するより先に
「あんたさっさといきな!!」
包丁を屋台の台にぶっ刺してリーヤは怒った。目が、怖い。
旦那さんは何も言わずに並んでいる客にぶつかりながらその場を去っていった。
「さっさと行けばこの台も傷がつかなかったのに・・・」
私の結構、割と近場でリーヤがぼそっと言った。いや、刺したのあなたですから。被害者は台と旦那さんですよー。いや、一番はあのぶつかったお客さんかもしれない。
お客さんといえば、気になることがある。もう作れる枚数が少ない。あと8枚~10枚が精一杯になってしまった。リーヤは売るのに夢中でまだ気がついていない様子。
私の作ったりんごピザは瞬く間に人気が出て列はどんどん長くなるばかり。夕焼けが差込み街灯も点灯し辺りが暗くなってきているのがわかる。
「ねぇリーヤ?そろそろ・・・」
「ダメよ!売れるときに売っちゃわないと!!」
完全に暴走しているご様子。たくさん売れて嬉しいのはわかるけど、私も嬉しいけど、
「もうりんごがないの!!」
リーヤもはっと我に返って棚のりんごを数える。あと20玉。
「今いるお客様、欲しい数を聞いて、ずっと並んでいる方が可哀想だから、あるところまでで今日は売り切れにしたほうがいいわ。また作ればいいじゃない?」
果てしなく伸びている長蛇の列。暗闇で最後尾が見えない。公園の反対まで並んでいるかもしれない。
もしかしたら、私が来る前に何日も売れなかったのかもしれない。自分たちが頑張って作ったりんごが腐って終わるなんてすごく悲しい。私も、一生懸命作ったこのピザが、みんなに受け入れてもらえなかったらすごく悲しい。だから、今はリーヤにわかってもらいたい。今度は欲しくて欲しくて並んでるのに買えない人の悔しさを。相手の気持ちを理解できれば、きっと明日もみんな来てくれるはず。
「・・・」
リーヤは無言でりんごを切っていた。
「・・・とう」
小声で何かを言ってリーヤは私の背中を強めに叩いた。
「あんた、気がきくし、頭もいいし、いい女だよ!女のあたしが惚れちゃうくらいの!」
リーヤは恥ずかしそうに私に笑いかけながらお客様にオーダーを聞きに行った。
(ありが・・とう?と言ったのかな。)
家族のためにガンバル大人ってあんなに必死なんだな。心がチクッと痛い感じがした。何も知らない小娘が、世間知らずの私が生活のために頑張って支えているお母さんに言ってよかったセリフなのだろうか。
「薪・・・薪・・・。もってきた」
両手に持てるだけの薪をもってエドのパパが帰ってきた。その場に倒れ込んでしまうくらい息が切れている。限界のご様子。早かったな。さっき出て行ったのに。
リーヤがバケツに水をパンパンに入れて戻ってきた。そのまま全て旦那さんの顔めがけて流してしまう。
「うが・・ばあ・・がだ」
なんか、とても苦しそうです。
働かせて働かせて、最後の仕打ちは水責めなんて・・・。少し気の毒に見える。
「父ちゃん!!ありがとう!もう少しでりんごなくなるよ!売り切れ!!」
エドの声に手を上げて返事をしていた。
気になっていた長蛇の列はリーヤにより解散され残念そうに去っていく人たち。この人たちはきっとまたお客様になってくれる、そう思っていた。
そして今手元に有る残りのりんごも確実に数が少なくなっていく。
あと15玉
あと10玉
あと5玉
あともう少し、あと1枚焼ければ!と、すんでのところで、空気が揺れた。
ゴロゴロゴロ
空が明るく輝き、空気を揺らすような轟音が鳴り響く。刹那せつな、稲光が走る。
一瞬遅れて、大粒の激しい雨が降ってくる。あと2枚だったりんごのピザは、急な夕立により販売中止を余儀なくされてしまった。
並んでいた人、見物客は突然の雷雨によりいっせいに散らばっていった。それは一瞬だった。あれだけ人を集めるのに苦労したのに、いなくなる時はこうも簡単だとは。
あと2枚、今焼いているのと、これだけを焼いたら終わりだったのに。市場には明かりが灯っているお店が見渡す限りなかった。急な雨、雷によりみんな一気にいなくなってしまった。薪にも水分が入り、使い物にならなくなってしまう。
「お姉ちゃん・・・。」
エドが不安そうにこちらを見ている。リーヤも雨には勝てないのか、悔しそうな表情だ。私があと少し早く思いついていれば・・・。
「焼こう。」
よこに倒れたまま、雨に打たれている旦那さんが小さく行った。
私はエドに最後の1枚を渡した。
リーヤも諦めたように後片付けを始めた。雨は少しづつ弱まっているが、通りにお客さんはもういない。
「ねぇあんた、このりんごのピザって言うの。食べてみてよ。」
リーヤは先ほど焼けたピザを半分エドに。4分の1を旦那さんに、残りを私にくれた。
「ん~~!美味しい!何回食べてもすごく美味しい!」
エドは相変わらず大きな口でかぶりついている。
「あの、すみません。勝手に余計なことして。わたし、きららって言います。エドの友達です」
軽く手を洗って、エドのパパ改めて話しかけてみた。
「うまい」
・・・
「え?」
「これ、うまいんな。初めて食ったわ。リーヤもエドもお前さんが気に入るわけだ。」
「気に入ったなんてもんじゃないよ!あたしゃその子に惚れてるのさ。」
屋台の外でゴミを片付けているリーヤが遠くから参加してきた。
あぐらをかいて座っている旦那さん。
指についたはちみつまできれいに食べてくれている。
「俺はアルコ。りんご園の経営者だ。今日は本当に助かった。ありがとう。」
ぺこりと頭を下げて私にお礼を言ってくれた。
最後の一枚が、釜の中でもうすぐ焼ける。雨はすっかり上がったようだ。
「エド、最後の一枚を出してちょうだい。」
エドは手馴れた手つきで最後の一枚を皿の上に乗せる。湯気が立ちのぼり、とても熱そう。
最後のお客さんは意外な人物だった。
「ここはいつりんご屋からピザ屋に変わったんだ?」
のれんの外から一人の若い男性が入ってくる。聞き覚えのある声だ。
エドは歓喜の声を。
リーヤとアルコは急に直立になっていた。
『フラン様!』
エドファミリーに対してフランは
「いまは公務ではないから、普通の客ですよ。そんなに気を使わないでください。ほら、あの子みたいに」
フランは視線を私に向ける。私は地面に落ちていたりんごのごみを拾っていたのでそのままフランを見上げるようにしていた。なんだろう、別に体が反応しないというか、不思議な感じ。
それにしても、今日この人とは2回もあっているけど、なんなのかしら?暇なの?昼間の続き??今更リベンジに来たとか?
「フラン様はどうしてピザのことを知っているのですか?」
私はピザのことを知っているはずのないフランに納得できないことをぶつけてみた。
するとリーヤは後片付けをしに屋台の裏へ行くと行って片付けに行った。
フランは指を天井に向けてクイックイっと上下にした。
(上?)
私は屋台の天井を見上げたが何もない。よくわからない、といった表情でフランを見るとアルコが小声で
教えてくれた。
「外だ、屋台の外」
私はエドと外に出てみたら見たことがない看板らしきものがついていた。
「ぜったいうまい、りんごぴざ・・・」
エドが看板を無意識に読んでくれたので内容はわかった。フランが知っていたのも理解できた。
そして、さっきリーヤが汚れて帰ってきたのもわかった。今片付けに外に行ったのも。
つまりは、彼女があんなものを作って時間をロスしなければ完売していた。そおゆうことか。あ、いまちょっとムカついた。
「ね?」
フランがいたずらっぽくのれんから顔を出しこちらを見ている。
「まだ残ってる?りんごぴざ」
「あります!すぐに持ってきます!」
アルコとエドは急いで先ほどの焼きたてをフランのもとへ持ってきた。
「これは、どうやって食べるの?丸いけど。」
「ちょっとまってて・・・」
私は包丁で4等分に切り分けた。フランは匂いを嗅いだり、舐めてみたりすごい興味がありそうだった。
「不思議な味だね。でも、まずくない。」
一口かじって安心したのか満足そうに笑ってくれている。よかった。みんなこんなに喜んでくれて。
「ごちそうさま。美味しかったよ。いくらかな」
私の隣でエドと話しながら1枚をあっとゆう間に食べてしまった。フランはとても満足そうだった。
片付けをしていたマルコ夫妻は宮廷騎士様からお金は頂けない。と断っていたが、こっそりエドに、帰ったら渡すようにっていくらか渡していた。暗くて分からないが、エドの喜び方からして少なくないだろう。
「こんなところで偶然あうなんて、今日はどうしたんですか?フラン様」
お昼の時のセリフを公園そばにあるベンチに座りながらもう一回思い出して言ってみた。
片付けはこっちでやるから大丈夫。と追い出されてしまったのだ。
まぁ、フランがいるからやりにくいのかもしれないな。
「おやぁ?僕が偶然こんなところにこんな時間に来たと思っているのかい?」
さりげなく隣りに座るフラン。
「なにか理由がございましたか?まさか、りんごのピザを召し上がりに来てくださったんですか?」
「それもちがーう。」
なんか含ませた言い方してムカつく。かと言ってピザ食べたいわけでもないって、この人無神経すぎ!
「人を探しにきたのさ」
「人?迷子ですか?」
エドたちの片付けを遠目に見ながらなんとなく返した。疲れたし、洋服は汚れるし、もう限界っす。
「そう、とても厄介な迷子なんだ。」
そう言って、フランは立ち上がり私を見つめる。なによ、近いんですけど・・・。
「君は、誰だい?」
一瞬胸が高鳴った。
どうしよう。やっぱり私って不自然なのかな。
「きららですよ。いつもどおりだと思いますけど。」
視線を外してうつむいてしまう。
「いや、君は僕の知っているきららとは違う」
やばい、怖い。フランは静かな声でエドたちには聞こえないように言った。
「きららは、料理はできないし、もっとおっちょこちょいだった。でも君は違う。いったい誰なんだ?見た目はきららなのに。不思議でしょうがない。」
心臓の音が、耳から聞こえるような感覚。緊張して、手汗が・・・。スカートの下では足が小刻みに震えている。
「でも、僕はこう考えたんだ。なにか原因があって、記憶が混乱しているのかもしれない。もしかしたら記憶喪失なのか。と。昼に君と話したあと、態度がおかしかったから城に戻ったあと宮廷薬剤師に話をしたところ、記憶が混乱している可能性がある。と言っていたんだよ。実際に君の妹からも姉が市場へ行ったきり帰ってこないと夕刻に相談を受けたんだ。お昼にその少年といたから、もしかしたらまだいるかもしれない。と思ったらこの騒ぎ。とりあえず大事にはしたくなかったから終わるまで待ってたんだ。」
そう言われると、彼の足元には無数の泥がはねている。あの雨の中どこか狭いところで雨宿りをしていたのだろう。りんご屋の売り上げが落ちないように気を使うなんて、そこは気が利くのね。
「私、どうなるんですか・・・?」
しばらくの無言の後。うつむいたまま、なんとか声を絞り出し、震える声で聞いてみた。
「どうもこうも、お姉ちゃんはうちと一緒に帰るのよ。」
目の前に淡い黄色の同じようなメイド服を来た女の子が腕を組んで立っていた。
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