第4話きららの思いつき

もう、ここに来てどれくらいの時間が経ったんだろう。

 太陽は空のてっぺんを通り過ぎて下降気味。荷物を乗せた馬車の数も少なくなり市場にも賑わいが減ってきたように感じる。あたりのお店を見てみても品薄になっている店、すでに売り切れの店が少しづつ増えてきている。時計が見当たらないので時間の概念がないのか分からないが、この世界に来ておそらく2時間くらいだろう。

 そんな品薄店が出始める中、ひときわ目に付くお店が公園の入口にあった。

 ・・・山盛りのりんご。

 赤・緑・黄色の三色が屋台の上にてんこ盛りになっている。

「あのぉ・・・」

 屋台ににぶら下がったのれんから中を少し覗いてみる。

 どこにでもいそうなおばちゃん。いや、この場合はエドのママが中にはいた。

 どちらかといえば少しふくよかに見える。

 髪は短くパーマがかかっていて、色白美人!とはちょっと言えない感じの農家の奥さん。力では圧倒的に負けそうだ。この数のりんご。どうやって運んで来たのよ。

「はい!いらしゃいませ!可愛いお客さんだこと!いくつご用意しましょうか?」

 店の奥で椅子に腰掛けていたが、私に気がつくとエドママは売り子に変わって店の外まで出てきた。

「母ちゃん、ただいま!」

 私の横でエドが抱っこポーズをしている。エドのママはすんなりエドを抱き上げて見せる。

「おかえり~、早かったのね。どこまで今日はお出かけしたの?まぁた武器屋に行って追い出されたりしなかった?」

 追い出されはしなかったけど、私が武器屋に入れませんでしたよー。と心の中でヤジを入れてみる。

「今日は父ちゃんと行ったことのある武器屋に行こうと思ったら、新しい友達ができたんだよ!」

「友達?」

 聞きながらエドのママは私を見る。なんか、人から見られるっていうか。こうゆうのはあまり慣れていなくて特に気が利いた言葉が出てこない。別に悪いことなんてしてないのに、どこの世界もはじめましてって人は警戒するのね。

「こんにちは。きららといいます。休憩していたらエド君が話しかけてきてくれて、おいしいりんごを頂いたんです。そしたら、一緒にお散歩しよう。と言ってくれて、今日はやることもなかったので市場を一緒に散歩していました。エド君がお母さんのところに行く。と言っていたので送りがてらついてきました。ご迷惑でしたら申し訳ございません。」

「あーそうなのかい、この子、言うこと聞かないしわがままだったから大変だったろう」

 エドを地面におろすと頭をポンポンとたたく。

 「いいのよ!気にしないで。友達っていうからまさかこんな大きな女の子連れてくるからびっくりしちゃって。あたしの方こそごめんなさいね。この子、まだ7歳なのにこんな可愛い子連れてくるなんてやるわね。」

 頭を下げる私にエドのママは全く気にしないで欲しいと、身振り手振りで話してくれた。ていうか、エドもう7歳だったんだ。小柄なのね。パパ似かしら?見たことないけど。

「私はリーヤ。リーヤって呼んでちょうだい。このいたづら小僧のママよ。りんご園を手伝っているわ。よろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。それにしてもすごい数のりんごですね。エドは不作だって言ってたけど、大量じゃないですか。」

 屋台の上に並べられているりんごをみて素直にそう思った。

「甘くて美味しいし、すぐに売れちゃいますね。」

 屋台の上を物色し、歩く人の手には数人に一人はりんごを持っている。人気の果物なのかな。

「それが、今年は売れないんだよ。」

 私が珍しい黄色のりんごを手に取り匂いを嗅いでいるとリーヤはを屋台の外へ(シッシッ)と手で追い払い椅子にもたれかかった。表情からは複雑そうな感じが読み取れる。

「今年の収穫祭でお城に献上した作物、どれも宮廷からお認め頂けなくて。りんごも、野菜も果物も全部ダメ。うちはりんごと小麦、ぶどうがメインだってのに、小麦は収穫量が少なくて対象外。りんごは雨のせいで陽に当たらなく生育不足、ぶどうだってこのままじゃどうなるかわかりゃしない。うちのりんごは中々売れないけど、収穫祭で王国から【美味しい】と太鼓判を押されたりんご屋がまだあるんだけど、さすがにそこと張り合って簡単に勝てる作戦があるわけじゃないしね。・・・お手上げだよ。」

 都会で育った私に農家のことはわからない。正直お庭にあったトマトやナスなどの家庭菜園レベルです。その私が相談されてもなんて答えればいいのか。うーん。と頭をひねっていると

「母ちゃんの嘘つき!」

 不意にエドの声が響いた。

「父ちゃんの・・・嘘つき」

 目を赤くしながら涙をこらえて怒っている。今この場に父ちゃんいないし。

「嘘って?」

 私がリーヤの方を振り返って聞いてみると悩んだ表情のまま彼女は

「いや、まぁ明日までにこのりんごを売りきらないと家族の生活もそうなんだけど、飼育してる家畜がね。どうにも・・・」

「母ちゃんの嘘つき・・・絶対に売れるって言ってたじゃないか!!」

 エドは言うなり人ごみの中を走って行ってしまう。

「あ、こらエド!まちな!!」

 エドは母親の静止を聞かずに見えなくなってしまった。

 エドの方が一歩はやく、リーヤは捕まえることができなかったのだ。

 彼女は屋台に戻り話を続けた。

「エドは家畜が大好きだったから、売られちゃうのがきっと嫌なのよ。ずっと一緒だったから。今年は不作だから餌代も高いし、農家以外に特技がないあたしりゃにしたら、野菜や果物が売れないとなると・・・。こうなったら家畜ももったいなけど売るしかないんじゃないか、って。旦那とはなしてたのさ。」

 リアルに大人ががっくりしているのを見て、言葉が出てこない。女子高生だった頃はこんな苦労考えてもみなかったな。毎日が、当然来て、普通にパンがあって、料理して、学校行って、遊んで、携帯いじって、ゲームして、友達となんか話して。こんなふうに、【生きる事】と向き合ったことなんかなかった。

 さっきよりも気まずい空気が流れる。重い。屋台の中、空気が重いよー。いてもたってもいられずにとりあえず屋台の外にでた。外の空気は軽い!実際に重たいことはないんだけど、なんか清々しい。悩みがあると、なんとなくにじみ出てくるのかもしれない。周りの露店は、結構賑わっている。売り子が人を呼び込んで、誰もいなくても一生懸命誰かに売ろうとしている。実際に売れなくても、お店には絶え間なくお客さんがいる。

(文化祭の時もカレー屋をやったけど、あの時はあっとゆうまに売れたし、勝手に人が集まってきたし、こんなに販売って難しかったんだなぁ。)

 今更になって自分が今まで簡単なレジのアルバイト以外に仕事なんてしたことがなかった。知識の無さにがっくりとくる。

 ・・・。

「いらっしゃいませ!おいしいりんご、いかがですか?とぉっても甘いですよ!」

 私は外の景色を見て、ほかの屋台の人を見て、とにかく売ってみる。という結論に至った。大概アニメなら美少女(私のことよ?)が売り子になってドーンと売れて解決!ってなるからその運命を信じてみてとにかく呼び込みをしてみた。まぁ、難しいことを考えてもわかんないし、まずは【換気】しないとお客さんは絶対来ない!と思った。

 正直、とても恥ずかしい。人前でこんなことしたことないし、バイトだってこんなことしないのに。いきなり露天だなんてハードル高すぎでしょ。

「リーヤも早く!エドのために頑張ろ!」

 恥ずかしい気持ちを隠して、後ろで動かないリーヤに手を伸ばした。私は、この家族の役に立ちたい。

 場に不釣合いなメイド服の売り子と、農家の女将のタッグがここに生まれた。

 リーヤは最初はポカンっとしていたが、私の魅力(ただメイド服の売り子が珍しいだけ?)にお客さんも足を止めてくれるようになったのを見て、元気を取り戻してきた。


 パァン


「っひ!」

 奇声をあげ体がビクッとなる。

「よし、うちのりんごとエドのためにも一緒に頑張ってよ!」

 リーヤが私のお尻を勢いよく叩いた。痛いのと、びっくりで妙な声が出てしまった。

「もちろん!友達1号ですから!私も動物は好きですし、頑張ります!」

 彼女は【友達1号?】と不思議そうな顔をしていたが特に気にすることなく私と並びエドのためにりんごを売ることとなった。

 目指すはりんごの完売。約100個。多いなぁ。



 あれから多分1時間くらい。通行人が何人かかってくれたけど、まだまだ明らかに多い。10個?15個?何個売れたんだろう。リーヤにはまた諦めの表情が浮かんできている。まずい。この空気はいや。エドは帰ってこないし。どこいってんのよ。まったく。

「ねぁ、リーヤ?少しいいかしら?」

「なんだい。突然。・・・ははぁ~ん疲れてきたんかい?」

「違うわよ!誰が休憩変わってほしい。なんて言ったのよ。」

 すでに後ろで椅子に座っているリーヤには言われたくない!

「今年は、みんなどこのお店も不作なの?エドのりんご園だけ不作なの?」

「今年はどこもダメよ。川の上流の方や、川から離れている農家はラッキーだわね。」

「ラッキー?洪水でも来たの?」

「川の下流にゴブリンが住み着いてね。水を止めてしまうんさ。今お城の方では討伐隊が組まれてて、男どもが志願しているらしいけど、気が付くのが遅すぎた。今年の作物は水に当てられて腐ったりしていくらかは使い物にならないよ。水はけが悪いから水に弱いものは負けちゃうんだよ。雨が降ってもなかなか水が引かないしね。子供たちには【雨のせい】ってなっているんさ。下流から上がってくる魚もゴブリンどもが捕まえてしまうし。いろいろ値段が高騰してね。毎年あまり目立たないような農家が今年は売れちまってね。みんなやる気もないのさ。」

 ゴブリン・・・もはや日常生活では聞かない名前が出てきてしまった。

 何かの羽でできたうちわのようなもので扇ぎながらリーヤはうなだれてしまっている。

「ごめんリーヤ、このりんごって、去年より高い?」

「そりゃ高いよ!数が少ないから単価上げないと売上なくなるじゃないか。まぁ、どこに行っても、どの原材料も高いからみんな買い物をしにくいだろうけどさ。」

 何度かリーヤがやり取りしているのを聞いてりんごが100Gゴールドとわかった。

「さっきパンが焼けるのは3日後と言っていてパンが毎日焼けないのは、小麦がないからか。」

「あんた、パンが好きなのかい?」

 ぼそっと行ったのが聞こえたようだ。

 リーヤが興味深そうにこっちを見ている。

「ええ。どっちかといえば好きだわ。リーヤは嫌い?」

「あんな固くて味がないの、何がいいんだい?」

「確かにあまり味のないパンもあるけれど、ジャムや調理パンとか、いろいろあって美味しいじゃない?」

 リーヤがまた不思議そうな顔をした。

「あんた、たまに変なこと言うね?」

「へん?」

「エドが友達1号だとか、パンが好きとか、ジャムなんて聞いたことないし、ちょうりパン?ってのも聞いたことないよ。あんた、ここいらの者かい?」

「・・・」

 私は何も言えなかった。ショックだった。ジャムもない。調理パンがない。という事はさっきのパン屋に並んでいるのはあれで全種類ってことなのかもしれない。基本的に、味がなくて粉の配合を変えて作るシンプルなパン。ここは基本的に私がいた世界とはやはりなにかが違っている。でも、ないものは余計に食べたくなるのが人情よね。私、ファーストフードで売ってた100円のアップルパイとか好きだったんだけどなぁ。・・・。

「変じゃないよ、大丈夫。リーヤ、甘いものってなにがあるの?」

「甘いもの?そうだねぇ、宮廷なら私らが一生食べられないような料理があるらしいけど、私らにはシロップや蜜、フルーツ、庶民にも買えるくらいの安価なのは西と北の街道に挟まれた1軒しかないケーキ屋くらいかなぁ。」

「そのケーキ屋、どこにあるの!?」

「公園を左に抜けて、でっかい樽の酒場があるからそこを右に曲がればすぐそばだよ。歩いて行ってもすぐにあるさ。北と西は市場が小さいからね」

「ありがとうリーヤ!ちょっと出かけてくるわ!」

 私はそう言ってお店を離れた。遠くでリーヤが何か言っていたが夢中で走っていたのであまり聞こえなかった。今の目標はケーキ屋を覗きに行くこと!この世界にもケーキがある。それだけでも楽しみが増えたような気がする。




 ケーキ屋は意外と簡単に見つかった。公園はそれほど大きくなく、ケーキ屋までは私とエドが出会ったところからリーヤのお店まで歩いた時間の半分もかからなかった。

 店内には人がいなくて、外から見ても特になにか見えるわけでもない。

「すいませーん」

 意を決して私は中に入ってみた。入口の中にはほのかに甘い香り。お店はお世辞にも広くて綺麗だとは言えない。店のすみには埃がたまっているし、電気も少ししかついていない。お店入ってすぐ左にカウンター(おそらくレジ的な感じかな?)があり、窓際には棚がいくつか有り、焼き菓子を入れそうなこぶりの竹(?)で出来たかごがまばらにいてある。カウンターの横に並んでいるショーケースの中にケーキの姿は見当たらない。お菓子が置いてあったであろう棚にも何もない。カウンターのところに、なにか立て札があるけど、自慢ではないが今の私にはそんなの読めない。

(エドがいたらな・・・)

 まったくもってがっかり。まさか何も売っていないなんて。文字がわからないからショーケースに並んでいる紙に書かれた意味もわからない。

 店内には人の気配がなく、無人のように感じる。甘い匂いは確かにするんだけど、本物が見たかったな。ショーケースの中に紙が10枚くらい挟まっている。これがシュークリームとか書いてあるなら最低でも10種類はきっとあったんだわ。ケーキも作れないくらい食糧不足だったなんて・・・。ケーキ屋さんは廃業したのかな?とお店の中をよく見てみる。

「それにしてもぶっそうだなぁ。鍵もかけないで。」

 勝手に入っておいて言う言葉ではないよね。しかもなんだか空き巣みたい。そう言ってどうにか厨房が見えないか背伸びしてみたり努力していながらも、ちょっと罪悪感に縛られたその一瞬だった。

 急に扉が開く音がした。入口から誰か入ってきたようだ。人の家だけど鍵閉めとけばよかったー!!

 私は体をビクッと震わせて後ろを振り向く。

「何やってるの?」

 そこにはエドの姿があった。思わず腰が抜けてしまった。その場に崩れ落ちる私にエドが近づいてきた。

「だいじょうぶ?きららは臆病だなぁ」

 なんとなく、きっとなんとなく憎たらしい笑い方をしてエドは私の手を引っ張った。

「うるさい!ノックぐらいしなさいよ!女の子がいるんだから」

 洋服についた埃をはたいて涙ぐんだ目を拭く。

「こんなところでなにしてるの?」

「リーヤに甘い物はなにかないの?って聞いたらここを教えてくれたんだけど、この状態なのよね。」

「母ちゃんが?ほんとに?」

「うん、ほんとに。そうじゃないとこんなところに入らないわ」

「このお店、こないだ宮廷に献上するケーキを作るって言ってしばらくお休みするらしいよ。ほら、カウンターにもかいてあるし」

 そう言いながらカウンターを指差す。あぁ、そうですか。そう言えば、私がお店を出た時になにか叫んでたなぁ。あれは休みってことを言いたかったのかな。

「しばらくお休みするって書いてあるから、もう帰ろうよ。ケーキもないし。」

 何も入っていないショーケースに顔をつけて思い出すかのように見ていた。

「いちごやぶどうや、うちのりんごを使ったケーキもあった。」

 ショーケースの前を右にカニ歩きしている。

「くるくる巻いてあるケーキも美味しかったなぁ。」

 今度は左に・・・。あ、こっちに戻ってきた。

「みんなはケーキが食べられないの?」

「だって、ケーキ屋さんがないんだもん」

 エドはまた悲しそうな顔をしていた。子供にとってケーキとは宝といっしょだもんね。

 ケーキか・・・。

「そしたらお姉ちゃんが、ケーキを作ってあげようか?」

「無理だよ。母ちゃんも作れないし、材料も高価ものはもってないし。あるのは小麦とりんごとはちみつ、庭にある木の実だけ。」

「だいじょうぶ!私に任せて!だからエドにお願いがあるの」

 私はエドにいくつかのお願いをしてからリーヤのお店に戻ることにした。

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