〈Level10:伝えて歪んで箱入りワールド〉
EXP10
青年「落ち着いたか?」
娘「……うん」
メイド「紅茶でございます」コトッ
青年「あ、ありがとうございます」
メイド「ごゆっくり」ニコッ
少女「め、メイドさん?本物?」
メイド「はい、私、この家に仕えさせていただいております。しかししかし、お嬢様がお友達をお連れしたことは初めてで……。もうそれだけでこのメイド、涙が溢れそうでございます……」ウルウル
少女「ほ、ほへぇ……ここ、娘ちゃんのおうちなの?」
娘「うん……というか、ここが私の部屋なんだ」
少女「なんというか……お嬢様なんだね……」
娘「ふっ、二人はどうしてここに?」
青年「これだよ、これ」ピラピラ
青年「旅の人間がうちの町にまで持ってきてさ」
娘「これ……うちの町の新聞……」
少女「読んだ?娘ちゃんのこと好き放題書いてるんだよ!ひどいよねー」
娘「でも、なんで私だと……」
青年「このタイミングで"アップルパイ"って悪い予感しかしないだろ?」
娘「……そうですね」
少女「ところでこれ、ドラゴンとかなんとか色々書かれてるけど……」
娘「黙ってようと……思ってたわけじゃないんですけど……言えなくて……」
青年「ドラゴン、ドラゴンか。詳しい話を聞かせてもらってもいいか?」
娘「えっと……」
……カクカクシカジカ
青年「なるほどな、やっぱりか」
少女「どうしたの?」
青年「いやさ、知り合いに似たようなことを言ってた人がいてさ」
少女「へー……ってそれ、娘ちゃんの前の生け贄って人じゃないの?」
青年「……だろうな」
娘「えっと……その生け贄さんが、どうかしたんですか?」
青年「うちの町は薬の開発が盛んでな」
少女「青年としては薬よりパンを売りにしたいんだけどね!」
少女「……てんでだめだけど」ボソッ
青年「うるせぇ。……まぁ、なんだ。うちの町の王宮にも薬学の研究施設があってな。そこに働いてる人間がそうなんだよ」
少女「……青年、そんなすごそうな人と知り合いだったの?」
青年「たまにパンを買いに来てるお姉さんがいるだろ?あの人だよ」
少女「あぁ……あの……。パンの好みが変な……。全然知らなかった……」
青年「お前はうちの店でアップルパイしか見てないってことだな」
少女「うぅ……言い返せない……」
青年「そこは言い返せよ」
◆
青年「まぁ、そういうわけで、その人に助けを求めてみるってのはアリなんじゃないか?」
娘「でも、何ができるんでしょう……?」
青年「いや……わかんねぇけど……でも、この町で頼れるのは……」
メイド「……」チラッチラッ……ウルウル……キラキラ
少女「あの、扉越しにチラチラ見てくるメイドさんくらいなんだよね……」
青年「混ざればいいのにな」
娘「混ざりたい訳じゃ……ないんだと思います……」テレ-
青年「どんだけ友達いなかったんだよ……?」
娘「ほとんど屋敷から出なかったから……」
青年(うわぁ……本物だ……)
少女(こんなお嬢様っているんだなぁ……)
娘(なんかこの雰囲気、前にも味わった気がする……)
◆
[洞窟]
娘「……ってことがあってね」
ドラゴン「ふむ、生け贄になった人間にもそんなやつが……」
娘「心当たりはないの?」
ドラゴン「隣町に住んでいる、ということは隣町に連れていった人間なのだろうが……ほとんどを隣町に連れていっているからな。連れていった後などは気にすることもなかったな……」
娘「お姉さんって言ってたし若い人なんじゃない?」
ドラゴン「生け贄というのも、送られてくる数はまちまちだからなぁ」
ドラゴン「基本的には年に一人くらいなんだが、長いと五年ごと。短いと半年ごとくらいの間隔で送ってきやがる。数年前にも丁度半年間隔で四人ほど送られた時期が……あったような……」
娘「生け贄ってそんなに適当なものなの……?ドラゴン、うちの町の厄介払いに使われてない……?」
ドラゴン「その可能性がないとは言わん」
子ドラゴン「キュー!」プンプン
娘「あっ……今日のぶんのパイは全部ダメになっちゃったんだ……ごめんね……」
子ドラゴン「キュー!キュー!」ブワーブワー
娘「代わりに青年さんのとこのパンをいくつか貰ってきたから……食べよ?」
子ドラゴン「……キュー……キュー!」ブワー
ドラゴン「アップルパイが……いいのか……」
娘「よく飽きないね……」
ドラゴン「いやでもちょっと考えてたぞ」
◆
[隣町、パン屋]
娘「はじめまして」
女「はじめまして」
青年「こっちが現生け贄の娘ちゃんで、こっちが元生け贄の女さんだ」
少女「紹介が雑すぎない?」
青年「お互いにある程度は紹介してるしよくないか?」
少女「こちらは次期生け贄の青年で、私がこのパン屋のマスコットの少女です」
青年「嘘と悪意しか含まれていないじゃねぇか」
女「あはは……ごめんね、この二人、いつもこうなの」
娘「既に……痛感してます……」
少女「っていうかさぁ!女さん、王宮で働いてたの!?」
女「あら、言ってなかったかしら?」
少女「聞いてない!」
青年「はいはい、そこの話はまた今度な。今日は娘ちゃんのことなんだから」
女「あぁ、そうね。……あなたもドラゴンへ生け贄に捧げられたのね」
娘「生け贄って言葉に違和感がありますけど……そうです」
女「違和感?……私も娘ちゃんとドラゴンの話、聞きたいな。聞いてもいい?」
娘「……はい」
カクカクシカジカ
女「なるほど、なるほど……なんというか、波乱万丈なんだね」
青年「そうか?なんかほのぼのと楽しそうな生活してない?」
少女「楽しそうだよね!岩で露天風呂作ってるんでしょ?入ってみたいなぁ」
青年「温泉だったら最高だよな……掘ったら温泉出たりしないのか……?」
女「……この二人の発想のぶっ飛び具合も波乱万丈だね。でも、そう。あのドラゴンはやはり無害そうなのね」
青年「そうそう、それ、ひっかかるんだよな。ドラゴンつったら絵本の中じゃ大体勇者に倒されたりしてるだろ。友好的なドラゴンの話とか……あったか?」
少女「ひとつは読んだことあるよ、男の子がドラゴンと冒険するやつ」
青年「ないでもないのか……」
女「私達は無意識のうちに絵本に毒されすぎているのかもね」
青年「俺達はともかく、あの町のやつらは毒されてるってレベルじゃないぞ」
娘「確かになんというか、恐怖というか……触れてはいけない、みたいな感じでした」
女「それについてはあの町に伝わる伝説が問題なのよ」
女「……というか、このあたりの地域に伝わる逸話や童話の類いでドラゴンが恐ろしいものとして描かれがちなのも、この伝説が発端と言えるでしょうね」
娘「伝説?」
女「よくある話なんだけど、数百年前にあったとされる魔界大戦でドラゴンがあの町の付近で人を虐殺したとか、そういうもの」
娘「虐……殺……」
女「まぁ、言い伝えは言い伝えの域を出ないから、それが本当かどうかなんてわからないわ」
女「そもそも何百年もの時を経て語り継がれているんだもの。いろんなところがねじまがって今日まで語り継がれていてもおかしくはない」
女「言ってしまえば、そんな伝説がなくたって人々が魔物を恐れるのは珍しいことではないし」
女「……恐怖というものは、お話にバイアスをかける要素としては一級品でしょうね」
青年「そもそも、そんな伝説があったり、あんな極端にドラゴンに恐怖を持っている人間ばかりがいるとこの近くにそのドラゴンは住んでるんだ?」
女「……そうね。伝説なんて原因のひとつでしかないのかも。もしかすると、逆なんじゃないかしら?」
少女「ぎゃくー?」
女「嫌われているドラゴンがそこにいるのではなく、そこにいるから、ドラゴンは嫌われている……というのはどう?」
青年「どう……って」
女「百年近く、魔物の中でも最強に近いものが町の近くに居座っていてごらんなさいよ」
女「いつ、何をするかわからないのよ?恐怖は日を負うごとに大きくなって……それはいつしか、大きな拒否に発展してもおかしくはないわ」
少女「ドラゴンも人のいないとこに住めばよかったのにねー」
女「こうなるなんて思ってなかったのよ……きっと」
娘(確かにそうかもしれないけど……それにしても……)
娘「……歪みすぎじゃ、ないですか?」
女「歪みすぎ?」
娘「私の見ているドラゴンは、そんな、絵本の中のドラゴンみたいに恐ろしい存在じゃないのに……みんな、みんな……」
女「……はたして、その"歪み"が根本的に人為的な何かによるものなのか、史実をねじ曲げられた成れの果てなのかはわからないけれど」
女「人の中に潜む、魔物への恐怖心の……ひとつの、表れなのでしょうね」
娘(魔物への……恐怖心……)
女「まぁ、そうね。とりあえずドラゴンに関しては上に一応かけあってみるわ」
娘「上?」
女「もちろん、うちの王様というか、町長よ」
女「目には目を、歯には歯を、魔法には魔法を。……そして、町には町ってことね」
青年「なんだ?ドラゴンに関して受け入れてやってくれって町に言うのか?」
女「まぁ、そうかしら」
青年「トラブルが大きくなりすぎやしないか?」
女「上の人もそれを危険視して取り合ってくれない可能性もあるけれど……どっちにしろ、強制なんてできやしないでしょうし、できるとしても忠告止まりでしょうね」
女「脅すだけなら"薬の供給を止めるぞ"くらいなら言えるでしょうけど、実行に移すとなると経済的にも流石に無理があるし……でも、薬があるからこそ、そっちの町も強い手段は取れないはず」
女「何もしないよりはマシでしょうし、忠告を受けてどうするかはそっちの町次第でしょう?どうする?やってみる?」
青年「やってみる?……って、なぁ?」
少女「……ねぇ?」
娘「……やるっきゃ、ないですよね」
青年「わかってんじゃん」ニカッ
娘「お、お願いします!」ペコリ
女「お願いされましょう」エッヘン
◆
娘「でも、女さんってどうしてそこまで私達に良くしてくれるんですか?」
女「え?うーん。ドラゴンには昔にちょーっとだけお世話になったってだけだよ」
娘「なんだか悪いです」
青年「お返しにうちのアップルパイをプレゼントってのはどう?」
少女「さりげなく営業しないの」ドゴッ
青年「……殴られるほどのことかね」ゲフッ
女「ふふっ……まだ、お役に立てるかもわからないんだけど。でもお返しかぁ、そうね。じゃあ今度ドラゴンに会わせてもらってもいいかしら?」
娘「よ、よろこんで!」
青年「おっ、それいいな。俺も行きたい」
少女「えっ?じゃあ私も行くー!」
娘「ほ、ほんとですか?こわくないんですか?」
青年「こわくないんだろ?」
娘「は、はい」
少女「じゃあこわくないんじゃん!」
娘「……ほんとに、みなさん……みんな……」
青年「なんだよ」
娘「変、です」
青年「それ、褒め言葉?」
娘「……もちろん」ニコッ
少女「うんうん、わかってるねー」
女「じゃあ今度、みんなで行きましょうか」
少女「わー、なんだかピクニックみたい。お昼ご飯は青年とこのパンだね!」
青年「金は貰うぞ」
少女「えっ……けち!」
青年「冗談だ」
少女「最高!大好き!流石パン職人!」
青年「よーし、もっとだ」
女「……あっ、それとね」
◆
[洞窟前]
カクカクシカジカ
少女「……それと、今度ドラゴンに薬をいくつか試させてほしいんだって」
ドラゴン「えっ、それ許可したのか?」
少女「もちろん」
ドラゴン「俺、得体の知れない薬を試されるのか?」
少女「女さんも悪い人じゃないし、毒じゃなくて薬だし、大丈夫だよ」
ドラゴン「薬と毒は紙一重なんだぞ」
少女「私達の名誉のためだよ。頑張って」
ドラゴン「なんかもうむしろ俺が生け贄になってないか?」
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