〈Level09:届けて解いてビタースイーツ〉

EXP09

ギィッ……


ドラゴン「随分と早いんだな。もう行くのか?」


娘「うん。朝の人通りの多い時間帯にも配りたいしね」


カチャカチャ


娘「今日は早いんだね」


ドラゴン「見送りくらいはしてやろうと思ってな。子ドラゴンは寝てるが」


娘「そっか」


ドラゴン「うむ」


…………


娘「……その、さ……もしよければなんだけど」


ドラゴン「俺は行かないぞ」


娘「なんで?私、いろんな魔法を覚えたから、ドラゴンを透明にしてあげることもできるんだよ?」


ドラゴン「そもそも俺の魔力はそこらの魔物の比ではない。魔力を検知できる魔法使いがいたらどうしようもないんだ」


ドラゴン「俺を見つけるための手段は目だけじゃないってことだな」


娘「あの町に……魔法まで嫌うようなあの町に魔法使いがいるわけなんて、ないじゃない」


ドラゴン「自分の住む町をそう言うものじゃないぞ」


ドラゴン「それに、旅の人間には魔法使いがいる可能性もある」


ドラゴン「そもそも、あんな騒ぎがあったんだ。魔法面で用心棒を立てていても不思議じゃない」


ドラゴン「目には目を、歯には歯を……魔法には魔法ってとこだな」


娘「……そっか」ハァ


娘「じゃあ、仕方ないなぁ」


ドラゴン「すまない」


娘「……なんてね。正直、ダメだろうなぁとは思ってたから、大丈夫」


ドラゴン「……頑張れよ」


娘「言われなくても」ニコッ



[町、大通り]


ワイワイガヤガヤ


娘「アップルパイいかがですかー!」


…………


『おい、ドラゴンのとこの娘がなんか配ってんぞ。今度は病気でも流行らせるつもりか?』


『アップルパイだって?やだわぁ、何が入ってるかわからないじゃない。魔法薬が混ぜられているのよ、絶対』


…………


娘「……っ。あっ、アップルパイいかがですかー!甘い甘いアップルパイはいかがですかー!」


…………


『呪われた娘のアップルパイなど食べられるか!こっちまで呪われるってもんだ!』


『何を考えているのか全くわからん。恐ろしい魔女め』


…………


娘「……っ」


娘(ここまで勘違いされてるだなんて知らなかった……これじゃ……)


娘(ううん。ここまで酷いからこそ、だよね)


娘「アップルパイっ……アップルパイはいかがですかー!」


……………………


…………


……


…………


娘「……」


ドッサリ


娘(ひとつも……貰ってくれないなんて……これじゃ……帰れないよ……)


…………


『もう昼なのにまだ配ってやがるぜ』


『よくやるわよねぇ……あんなの、受けとる人間なんているわけないのに』


『そもそも洞窟でドラゴンに捕らえられているお嬢様がアップルパイなんぞ焼けるわけがない。どう見てもドラゴンの罠だな』


『……うぇへへ、でもあのお嬢様けっこう可愛くね?俺あの子が作ったパイなら……うぇへへ』


『おいバカ、食ったら最悪死ぬかもしれねぇんだぞ?』


…………


娘(こんな……こんな!)


娘「みんな……みんなみんな、こんなに酷いことをどうして平然と私の前で言えるの……?」ボソッ


男「虫けらやねずみみたいなものなんじゃないかな?」


娘「……っ!聞いてたんですか……!」


男「あぁ、ごめんごめん。ちょっと町長の命令で見に来てみただけなんだけど、たまたま耳に入ってね」


娘「む、虫けらやねずみって……」


男「いやはや、悪気はないんだよ。ボクも……きっと彼等もね」


娘「悪気がないのにそんな………あんなことを……?」


男「うん。だから、"虫けらやねずみ"なんだ。彼等にとってはお嬢さんは虫けらやねずみみたいなものなんだよ」


男「みんな虫けらやねずみは嫌いだったり、苦手だったりするけれど、それらを苦手だとか、嫌いだとか言うときにそいつらが聞いてるかどうかなんて気にしないだろ?」


娘「そんな……私は虫けらなんかじゃ……!」


男「まぁ、確かにそうだね。ひどい話だよ。そう思う。でもそんなことを言ったら、虫けら……ねずみだって可哀想だろう?」


娘「……」


男「別に思い悩むことじゃなくて、当たり前の話だよ。宝石だって人によってはただの石ころなんだから」


男「あぁ、そういえば。アップルパイを配ってるんだってね」


娘「……はい。あっ。おひとつ、いかがですか?」


男「あー……悪いけど、遠慮させてもらうよ」


娘「そんな……」


男「上の命令でね……ここで受け取ってしまうと、色々と城には不都合なんだ、ごめんね」ボソッ


ワイワイ……ガヤガヤ……


…………


『おい、なんか若い城の人間が例の呪われた娘と話してるぞ』


『あらかた、城の命令で変なもん配ってねぇか偵察させられてんだろ』


『城の人も可哀想ねぇ……あんな汚らわしい娘と話さなきゃいけないなんて。考えただけでゾッとするわ』


…………


男「……ね?」


娘「たし……かに、そうですね」シュン


男「でもまぁ、城の方には無害だって報告しておくよ。そのアップルパイもただのアップルパイのようだし」


娘「えっ……わかるんですか?食べたり、触ったりしなくても」


男「まぁ、これでもボク、魔法はある程度詳しいつもりだしね。何か魔法がかかってたらそれくらいはわかるつもりだよ。そのアップルパイからは何の魔力も感じられないから、大丈夫なんだろう?」


男「毒については……信じておいてあげる、ってことじゃだめかな?」


娘「……!い、いえ。それだけでも、ありがたいです」


娘(ドラゴンさんの言ってた魔法使いが……こんなに身近に……連れてこなくてよかったぁ)


男「……って、あ。これ話しちゃダメなんだった。城や町の人には秘密でね」


娘「はい。わかりました」


男「じゃあ、まぁ、頑張ってね。ボクみたいに余所者の人間がいないわけでもないから、誰か一人くらいは貰ってくれるかもしれないし」


娘「頑張ってみます」


男「それと……気をつけてね」


娘「?……何にですか?」


男「正しさってのはいつだってねじまがってるものなんだよ。虫けらのようにどうでもよかったり、化け物のように恐ろしかったり」


男「見方が違うだけで、それらも間違っているわけじゃないんだし、それらを信じてる人ってのはなんというか、盲目的でね……」


男「……あー」


男「いや、なんでもないよ。それじゃ、ボクは城に戻ることにしよう」


娘「は、はぁ」


娘「あのっ」


男「うん?」


娘「ありがとうございます」


男「……何に対してかな」


娘「はて、何でしょう」フフッ



…………


娘「ただいまですぅ」


ドラゴン「おう、おかえり……どうだっ……」


娘「……」ドッサリ


ドラゴン「あー……今夜はアップルパイパーティだな」


子ドラゴン「キュー!キュー!」ブワー


娘「子ドラゴンのテンションがまぶしいです」


ドラゴン「ここまで喜んでくれるやつが一人……いや一匹いるだけ、いいじゃないか」


娘「町の人は貰ってくれなかったですからね。……一人も」


ドラゴン「一人もかよ……」


娘「……でも、諦めません。まだまだこれから……なん……で……す……」ウトウト


ドラゴン「疲れているんだろ。早く寝るといい」


娘「……そうですね。おやすみなさい」ガチャガチャ


バタンッ


子ドラゴン「キュー」


ドラゴン「アップルパイ、ふたりじ……にひきじめだな」


子ドラゴン「キュー……?」


ドラゴン「初日から飛ばしすぎなんだよ、ばか」



…………


ドラゴン「なぁ、ひとついいか?」


娘「なんですか?」


ドラゴン「アップルパイ、飽きたな」


娘「奇遇ですね」


子ドラゴン「キュー!キュー!」バクバク


ドラゴン「もう六日間アップルパイだぞ……子ドラゴンはよくやるな……」


子ドラゴン「キュー?キューキュー!」


ドラゴン「いや、気にしなくていい。お前がいいならそれでいいんだ。美味しく食べてくれ」


娘「でも、ここまで貰ってくれないとは思いませんでした」


ドラゴン「確かに、六日間ゼロとは流石の俺も信じられん」


娘「ついには男さん……というか、お城にもアップルパイ配りを明日でやめるよう言われてしまいましたし」


ドラゴン「流石にそろそろドラゴンの生け贄が毎日アップルパイを配りに来てちゃ体裁とか色々と悪いんだろうな」


娘「ついに今日は風で帽子が飛んで男さんに笑われましたし」


ドラゴン「前髪は気にするな」


娘「プフッはないですよ、プフッは」


娘「……でも、だったら。明日は最高の出来のアップルパイを作ってみせます」


ドラゴン「そこは食べないとわからなくないか……?」


娘「心意気の問題です……よ……」バタッ


ドラゴン「……ついに倒れたか」


子ドラゴン「キュ,キュー!」


ドラゴン「とりあえず小屋のベッドに寝かせておいてやってくれないか?……というのは子ドラゴンには流石に荷が重いか」ボフンッ


子ドラゴン「!?!?」


ドラゴン「そんなに驚かなくてもいいだろ、変化魔法は珍しい魔法でもないぞ……よっと」


子ドラゴン「キュ,キュー……?」


ドラゴン「子ドラゴンが使えるようになるには……何年かかるかわからないな」ハハハ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る