EXP06.5

[屋敷……娘の部屋]


メイド「どうぞ、紅茶です」


娘「……懐かしい味。もう飲めないと思ってたのに」


メイド「うちは、お嬢様がお好きな茶葉を特別に取り寄せて使ってますからね」


娘「今でも……?」


メイド「ええ……帰ってくると信じていましたから」


メイド「この部屋だって、毎日ちゃんと掃除してるんですよ?……私の独断ですけど」


娘「……ありがとう」


メイド「いえいえ。こうしてお嬢様のお顔が見れただけで私は幸せです……なんて」クスッ


メイド「して、本日は……いえ、今までどのような生活をなさっていたのかお聞きしても……?」


娘「……そうですね。実は……


カクカクシカジカ



メイド「なるほど。そのような奇っ怪な……」


娘「メイドさんは……ドラゴンが怖い?」


メイド「……」


メイド「そうですね。怖くないと言えば嘘になります」


娘「やっぱり……」


メイド「やっぱり?」


娘「絵本の中でもドラゴンって怖い役ばっかりだから、私も怖いってのはわかるし……」


メイド「あぁ、確かにここにはそんな本もいくつかありましたね」


メイド「……でも、何も聞かずに一方的に拒絶しようとも思えません」


娘「じゃあ!」


メイド「その……子ドラゴンさん、ですか?探すのにご協力させていただいてもよろしいでしょうか?」


娘「……もちろん!ありがとう!」パァ


メイド「私はドラゴンの味方にはなれませんが、何があってもお嬢様の味方ですよ」


娘「でも……いいの?他の人の目とか……」


メイド「よいのです。今日は最高な一日ですから」


娘「……でも、どうやって探したらいいのかな?」


メイド「ドラゴン……というより魔物の目撃証言は今朝からいくらか報告されており、町の噂も絶えなくなっています」


メイド「ですから、お嬢様をお見かけしたときにはその件が関係しているのでは、と思ったのですが……」


メイド「やはりでしたね」


娘「その目撃証言の場所は……?あっ。もしかしてあのときに路地裏にいたのって……」


メイド「あぁ、それは全く関係なく、スコーンを買いに行ってたのです。あの路地裏にある隠れ家的お店なのですが、一日限定十食のスコーンが本当、絶品で……」


娘「何それ私食べたことないんだけど」


メイド「なにせ……ひとりひとつまでしか買えなくて……あっ。今日買ったぶんを半分こしますか?」


娘「します」


メイド「では、少々お待ちください」



娘「あっおいしい」モグモグ


メイド「でしょう!?本当、ずっとお嬢様におすすめしたかったのですが、いつもいつもそのスコーンの魅力には勝てず……ひとりで!」


娘「それは許せな……じゃないです!子ドラゴンの目撃情報はどこなんですか!?」モグモグ


メイド「あぁ、お嬢様、お口にものを入れながら喋るものでは……」


娘「そういうのはいいから!」


メイド「その、場所は様々で。もしも本当にその魔物がいるならば、町中を転々としているのではないかと……」


娘「……」


娘「はぁーっ」


娘「それじゃあ、ふりだしかぁ」


メイド「……ですねぇ」


ウーッ……ウーッ……ウーッ……ウーッ……


娘「!?」


『全町民に告ぐ!全町民に告ぐ!町の中央、噴水広場前にて、魔物の存在を確認!ただいまより城の兵をそちらに派遣する!町民は魔物に接近しないよう、噴水広場からただちに避難すること!繰り返す!全町民に……』


メイド「……どうやら、探す手間は省けたみたいですよ?」


娘「これって……」


メイド「町全体への連絡機材です。城の各部屋から自由に連絡を回すことができるとか。この声も町中に届いているはずですよ……導入されたのはお嬢様がいなくなる前でしたっけ」


娘「早く行かなきゃ子ドラゴンが!」ガタッ


メイド「……任せてください」


娘「……?」


メイド「出ますよ。ご準備はよろしいですか?お嬢様」



馬「……ヒヒーン」


娘「これは?」


メイド「馬です」


娘「その服装は?」


メイド「勝手に屋敷の馬を連れ出すと怒られちゃいますからね……変装です」


娘「……そう」


メイド「ささ、私の後ろに乗ってください」


娘「う、うん」ガシッ


メイド「では、行きますよ」バシンッ


馬「ヒヒーンッ!!」


パカラッパカラッ……


娘「ちょっ……まっ……これ以外とはや……」


メイド「急いでるんでしょう!?」


娘「まっ!前!前!門ですよ!門!」


メイド「ぶち破ります!」


娘「ぶっ……!?」


バッカァーンッ


娘「きゃぁぁああああっ!」


兵士「!?……ちょっ!……まっ!貴様!なにもっ!」


娘「ひじょーじたいなんですー!」


兵士「ひじょっ……へ?お嬢様?」



パカラッパカラッ


娘「これって……」


メイド「ほへぇ、綺麗ですね」


ウーッウーッウーッウーッ


『魔物は奇妙な魔法を使用中!どのような作用をもたらすかも未知数のため、町民諸君は近づくなかれ!繰り返す!……』


メイド「あれも、魔法なんですね」


娘「でも……子ドラゴンがあんな魔法を使ってたことなんて……」


娘(雲ひとつない、夏の青空)


娘(かんかんと照りつける暑い日射しに目を細めながらも見上げたその先には……)


娘(幾重にも、虹がかかっていたのでした)



[広場]


子ドラゴン「キュー!……」シュワーン……


子ドラゴン「キュー!」ドッカーン


キラキラ……


パカラッパカラッ

ズズーッ


娘「こ、子ドラゴン!」


メイド「小さな虹がいっぱい……綺麗……

これも魔法なんですね」


娘「どうやら……そうみたい」


メイド「町の兵隊などはまだ来ていないようですね。私はこのまま馬を屋敷に帰してきます。お嬢様は子ドラゴンを連れて逃げてください」


娘「うん、わかった……」


バシンッ

パカラッパカラッ……


娘「子ドラゴン!」


子ドラゴン「キュ……?キュー!」キュイーン……


子ドラゴン「キュー!」ドッカーン


キラキラ……


娘「これは……水の魔法を空に放った後、火の魔法でそれを破裂させてるの?……それで虹が?」


子ドラゴン「キュー!」


娘「でも、どうしてそんなこと……」


パカラッパカラッ……

ガタッガタガタガタッ……


兵長「さぁて、チェックメイトだ」


娘「……!?」


子ドラゴン「……キュー?」


ガシャッガシャッガシャッ……


娘「囲まれた……?」


兵長「おっと、こいつぁ想定外だ。生け贄になったはずのお嬢様じゃあねぇか。ドラゴンの舌には合わなかったのか?」


娘「どちら様ですか……」キッ


兵長「まぁまぁ、そう睨まないでくれや。お初にお目にかかる。オレぁこの町の兵長をしているもんだ。野蛮な魔族を撲滅し、……いや、魔族だけでなく盗賊なんかも相手にはするんだが……まぁ人類を守るのが我々の役目ってやつかな。そう、お前さんも含めた人間のね」


娘「……だから、なんなんですか?」


兵長「睨むな睨むな。我々はお前さんの味方だよ」


兵長「だからそこにいる魔族をこちらに引き渡してくれやしねぇか?こちとら手荒な真似はしたくねぇ……お嬢様相手なら尚更、な」


娘「その"お嬢様"を生け贄にしたのは他ならぬあなたたちなのでは?」


兵長「んなこたぁ知ったこっちゃねぇよ。お偉いさんが決めたことはお偉いさんが決めたことであってオレが決めたわけじゃねぇ」


娘「そんな……無責任な!」


兵長「そいつぁ心外だな。どいつもこいつも無責任でありたいから、その責任とやらを取ってくれるお偉いさんってのを立てるんじゃねぇのかい?」


娘「私には、そんなの……」


兵長「まぁ、つべこべ言わずにそいつをこっちに引き渡してくれや」


娘「子ドラゴンは無害です!」


兵長「あぁ、そのようだな。通達ではああ言っちゃいるが、あの虹もただの虹らしい」


娘「だったら!」


兵長「だが、"今"は無害ってだけだ」


兵長「お嬢様が生け贄として差し出されたドラゴンも、そこのそいつも、どっちもな」


兵長「そうだろ?」


兵長「これからそいつがどうなるか、わかりゃしないだろ?オレにも……お前さんにも、誰にもよ」


娘「私は子ドラゴンを信じてます!子ドラゴンは……人を傷つけたりなんて、しません!」


兵長「そんな、あやふやな精神論じゃ町民を納得させらんねぇんだよ」


兵長「それとも、お前さんひとりのために町民の大半の不安を許容しろってか?」


娘「それは……そんな!」


兵長「残念ながら、正義はオレで、お前さんはただ自分のためにわがままをのたまってるだけだ。それは正義じゃねぇ。お前さんはいいことをしているつもりなのかもしれんが、それはお門違いだ。真逆だ。大多数の町民を恐怖に陥れてんだよ。わかんねぇのか?」


娘「でも……子ドラゴンはただ……」


兵長「ただ、なんだ?虹を見せに来ただけってか?……話するだけバカバカしいもんだぜ」


兵長「……もういい、交渉するだけ無駄だ。捕らえろ」


兵隊「「「「了解」」」」


兵長「あぁ、お嬢様は丁重にな」


ガシンッガシンッ


ガシンッガシンッ


娘(こうなったら……魔法で……)


娘(だめ、魔法なんて使ったら私まで……!)


娘(でもこんな場面でそう言ってる場合じゃ……)


娘(……!そういえば、魔法石。あの、魔法石が……)


娘(でもここにドラゴンを呼んだら町を恐怖に……それこそ最悪。だったら……やっぱり魔法で……)


娘「あぁぁぁ!!もうっ!!やっぱりこれしか!!!!」キュィィ……


兵長「……!?総員、退避!」




男「はいはーい。ストップストップー!」ピーッ



兵長「……っ!?」


娘「……!?」キュゥ……


男「そう、止めるんだ。お嬢さん、君もね」


兵長「……どうなさったのですか」


男「おや、不満そうだね。でも今のは止めるべきだったろ?結果オーライじゃない」


兵長「……感謝します」


男「おいおい、そうむすっとしないでおくれよ。町長がそこの二人……というより一人と一匹?をお呼びだ」


兵長「だから、こうしてお連れしようと……」


男「やだなぁ、客人なんだからさ。もっと丁重に扱わないと」


兵長「……は?客人?しかし、そこの魔物は曲がりなりにもドラゴンであり……!」


男「でも、今は無害なんでしょ?」


兵長「しかし……!」


男「あくまでもこれはボクじゃなく町長の決定だ。逆らうならキミの処分もどうなることやら、だよ?……まぁボクの知ったこっちゃないけどさ」


兵長「……くそっ!お偉いさんの考えることはよくわからん!」


男「キミが堅すぎるだけなんじゃないかなぁ?……あぁ、あとボクはそんなに偉くないよ」



[城、会議室]


コトッ


男「はい。キミは……紅茶が好きなんだっけ?メイドから聞いたよ」


娘「ありがとうございます」ムッ


男「ははっ、そんなに警戒しないでほしいなぁ。ボクは別に敵じゃないよ。そもそも別の町出身だからそんなに魔物に抵抗もないしね」


娘「他の町……?」


男「うん、町を色々と転々としてるんだけど最近この町の町長に雇ってもらえてね……ドラゴンって何を飲むのかな?ミルクとかでいい?」


子ドラゴン「キュー……?」


娘(水以外を飲んでいる姿を見た気がしない……)


娘「じゃあ……ミルクでお願いします」


男「了解了解、まぁくつろいでてよ……ってこんなとこじゃくつろぎようもないか。あっ、キミもミルクとか砂糖とかいるかい?」


娘「いえ……大丈夫です」



子ドラゴン「キュー……」ガブガブ


子ドラゴン「キュ!?キュー!!!」キラキラ


男「わ、すごい気に入ってくれたみたいだね」


娘「みたいですね……」


ガコンッ……ギィッ


男「おや、来たみたいだよ」


町長「……ふむ、おぬしが娘か。直接話すのは初めてかの?」


娘「はい」


町長「そして、こちらが今回の騒動の種かね」


子ドラゴン「キュー!!!キュー!!!」ゴクゴク


娘「……はい」


男「……プフッ」


娘「笑わないでくださいよ……」


町長「まぁ、なんとも微笑ましいではないか。何にせよ、こんな"町長"には部相応な城にまで来てくれて感謝しよう」


男「どこの町も大袈裟な建物ばっか建てるからですよね、全く」


町長「わしには関係ないがの」フォッフォッ



町長「さて、こちらとしてもの。処刑などはしたくない」


町長「そやつを殺すことでドラゴンがこの町を襲えば元も子もない」


町長「……そもそもドラゴンを捕らえたところで我々の技術でドラゴンに致命傷を与えることができるかすらもあやしいのじゃよ」


娘「えっ……じゃあ……」


町長「うむ。故におぬしらを処刑をしようとは思わぬ。……ただ、この町ではドラゴンや魔物が極端に恐れられているのも事実じゃ」


町長「……だから、おいそれとそのドラゴンを町に歓迎するわけにもいかぬ。もちろん、あの洞窟に居座るドラゴンもの」


娘「だったら……私たちは…?」


町長「そもそもこのような事態に前例がないのじゃよ」


町長「ドラゴンを恐れて町に逃げ帰ってきた者やドラゴンに諭され町に帰ってきたとのたまうものはいたが、ドラゴン……魔物を引き連れて町に戻ってきたものはおぬしが初めてなのじゃ」


娘「……」


町長「だからの」


娘「それでも、そやつらの前例に則しおぬしたちにはあの洞窟に一度帰ってもらおうと思う」


娘「私たち、帰れるんですか!?」


子ドラゴン「キュ!?」


男「……"帰る"、か」


娘「……?」


男「いや、なんでもないよ、続けて」


町長「うむ。……帰してやろう」


町長「ただし、町に対しての体裁として"生け贄として送り返した"ということにさせてもらうがの」


町長「そのドラゴンの子供も、ドラゴンを逆上させないためにそのまま同じく送り返した……といったところかのう」


娘「大丈夫です!帰れるなら!」


男「……ふぅん」



[城前]


男「……さて、送り迎えを命じられちゃったわけだけど」


娘「とりあえず一件落着……ですかね」


男「それはどうかなぁ。まだそのドラゴン達は町の人たちに受け入れられてないわけだろう?」


娘「それは……できる気がしないです」


男「道のりは長いかもしれないけど、目指せばいつかは手に入るさ」


娘「手に入る?」


男「そういう、理想の世界ってやつ?」


娘「なんだかそう言われると余計に壮大な気がしてきました」


男「宝物ってのは手を伸ばさなきゃ掴めない。……だからこそ、諦めずに掴もうとし続けることが大切なのさ」


子ドラゴン「……スピー……スピー」


男「このドラゴンもそういうところがわかってるんじゃないかな」


娘「宝物……ですか」


娘(やっぱり……遠いなぁ)


男「あぁ、そうそう」


娘「はい?」


男「虹、綺麗だったよ。いままでボクが見てきた宝石と同じくらいには、ね」


娘「……子ドラゴンに言ってあげてください」フフッ



[洞窟]


スタ……スタ……


ドラゴン「お、無事だったか」


娘「なんとかね……」ヘトヘト


娘「ずっと探してたの?」


ドラゴン「いや、途中で町からサイレンのようなものが聞こえたからな。町に子ドラゴンがいると思いここにいた。……ひょっこり戻ってくるかもしれんしな」


娘「はぁ……子ドラゴンね、お湯を作るための水の魔法と火の魔法を使って町に虹を作ってたんだよ」


ドラゴン「ほう……そのような魔法をどこで学んだのか……」


娘「どうしてそんなことをしたんだろうってずっと考えてたんだけど……私のせいなんだなって」


ドラゴン「ふむ?」


娘「私、昨日の喧嘩であんなこと言ったから……」


娘「子ドラゴンは魔法だけでも町の人たちに受け入れてもらおうとあんなことしたのかなって……」


娘「だから、私のせいなんだなって」


ドラゴン「確かに子ドラゴンがそんな行動をとったのは娘の言葉があったからかもしれない。……だが、友達の思いやりを"私のせい"だなんて言うもんじゃないぞ」


娘「……そっか」クスッ


娘「……友達、かぁ」


娘「……そうでした。子ドラゴンも私のためにやってくれたこと……ですも…んね……」バタッ……


ドラゴン「娘っ!?」


娘「……」スピー


ドラゴン「……なんだ。寝たのか……びっくりした」ハーッ



ドラゴン「よっこら……せっと」


娘「……」スピー


子ドラゴン「……」スピー


ドラゴン「小屋のベッドほど柔らかくはないだろうがたまにはこうやって並んで寝るのも悪いもんじゃねぇだろ。葉っぱのふとんってのも中々体験できることじゃねぇぞ」


ドラゴン「……つっても聞いてるやつなんていねぇんだけどな」


娘「……」スピー


ドラゴン「……どうせ無茶したんだろ、この」


コツンッ


娘「ん……むぅ……」


ドラゴン「……おやすみ」


娘「……」スピー


子ドラゴン「……」スピー

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