25 獣人

 少年と別れてなお、ソルトは走っていた。


「おねーちゃん!」

「っ…!?」


 前方から現れるバジリスク。

 先ほど遭ったバジリスクより少し小さいだろうか。

 頭上にぶら下がる木の枝を掴み、上に飛び上がる。

 バジリスクの視線がソルトを追って空に向く。

 その隙に、子供たちは横をくぐって逃げていく。


 打ち出された液体を避け、その片方の目玉に向かって手に持っている短刀を投げる。

 瞳をつぶされもがくバジリスクが暴れ、そして。


 その尾が運悪く、ソルトの腹部へとぶつかった。


「ぐ、はっ…!!?」


 服が溶け、その下の肌も溶け、肉が見える。

 地面へと降り立ち、バジリスクから短刀を抜き取った。

 しかし、立つことができず座り込んでしまう。


 不覚であった。油断していた。

 ソルトは歯を食いしばり、痛みに耐える。

 唸りながら、こちらを睨むバジリスクは相当怒っているようだ。

 血が土を赤く染めていく。


 動いたら傷が痛む。

 けれど、動かなきゃ、恐らく、死ぬ。

 だけど———


 熱い。熱い、熱い痛みが全身を襲う。

 口の隙間から、うめき声が漏れてしまう。

 脳が、動くことは許さないと告げているようだった。


 バジリスクが動く。首を高く持ち上げ、口を大きく開け。

 その動きが、とても、ゆっくりと動いている様に見えたのだった。


「誰……か—————!!」


「ギガ・ヒュール!!」


 がき、と氷が砕けるような音がした。

 閉じかけていた瞳を無理矢理開けると、目の前に氷の壁が出来上がっていた。

 否、違う。


 バジリスクの氷像が出来上がっていた。


「え…」

「にゃ、間に合ったかにゃぁ」


 木々の隙間から顔を覗かせたのは、可愛らしい容姿の獣人。

 頭には猫の耳がついており、耳の付け根には水色のリボンが着いている。

 茶色の髪の毛は肩の辺りで切り揃えられており、くりくりとした瞳がぱちくりと動く。

 身長は170ぐらいだろうか。見た目に似合わず、高い。


「え、と」

「子供たちがね、まだ君が居るって聞いて、キリュちゃんってば助けにきてあげたのにゃ」


 女性騎士だろうか、スカートを翻してこちらへ向かってくる。


「あの、ありが……」

「無理しちゃだめだヨ♪」


 にっこりと笑ったその顔が、なぜか強く、強く印象に残った。


 ***


「……!!」

「起きた、ソルト?」


 気がつくと、横にカイルが居た。

 ガルドもいる。……いや、ガルドらしき青年が居る。

 腹部の痛みはほとんどない。カイルの術のお陰だろうか。


「キリーがソルトを連れてきてくれたんだ。あとでお礼を言わなきゃね」

「き、キリー?」


 キリーと言われるがその名前に覚えは無い。

 覚えは無いが、なぜか先ほどの獣人だろうと思うことができる。


「キルリュって言うんだ。俺の、昔の友達さ」

「てめぇに友達がいるなんざ俺は初耳だがな」

「ガルド、よね?」


 ガルドらしき青年が口を挟む。ガルドは、狼男だったはずだ。

 ソレが今は、毛皮の色と同じ色の髪色をした男になっている。

 身長はかなり高い、が、人の姿になれるなんて聞いていないし、思いもしなかった。

 しかし男は首を縦に振ることでガルドだということを肯定する。


「ガルドはね、もともとは狼男だけど、マナを消費することで人型にもなれるんだ。まあ、マナが少ないから普段は狼男のままなんだけど」

「ここは民家が多いからな。いちいち騒がれるとうるせぇんだよ」


 はは、とソルトは苦笑いを返した。

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