23 事件

「たっだいま!」

「嫌な気を死ぬほど付けて帰ってくる小娘かしら」


 帰宅早々、ルピスに背中を思いっきり叩かれた。

 あのあと集会所に寄り、討伐達成の報告をして戻ってきた。

 集会所や通りすがりの人はそういう顔は見せなかったが、そういうのをのはやはり魔術師だからだろうか。


「お帰り。怪我は?」

「ん、右腕」


 あの少年が応急手当はしてくれたが、まだ少し腫れていた。

 カイルは手当のしかたに驚いたのかほう、と一息ついて治癒術をかける。

 緑色の光が腕を包み込み、光が消えた時には、既に傷は消え、腫れも収まっていた。

 さすが、としか言えない。


「いったい、どこに行ってきたのかしら」

「ファスファル平原洞窟よ。ヒュドラを狩ってきたの」

「ファスファル平原洞窟…ああ、どうりで」


 意味深なルピスの呟きに軽く首を傾げるソルト。

 ファスファル平原洞窟には、なにがあるというのだろうか。


 素直に聞いてみると、少しの間のあと、答えてくれた。


「ファスファル平原洞窟は、魔女が作ったとされているかしら。」


 魔女とはいえ、キルケではない。

 キルケの他の五人の魔女。その一人、魔女エキドナが作ったとされている。

 洞窟の奥になにがあるのかわからないのは、魔女エキドナの魔力によって拒まれているからという説がある。

 空間を歪ませる魔女、エキドナ。

 その凶悪さは、底知れない。


「ほら二人とも、もう寝なよ。」


 そんな話は、カイルの言葉で中断となった。



 朝。

 いつもより騒々しい町に、ソルトは不信感を感じながら起床した。

 服を着替え、髪を結び。

 刀が二本とも壊れた為短刀を手に町へ出た。


「…え」


 その光景に、絶句した。


 エルフの森の方角。

 街道との境目付近で、黒々とした煙が上がっていたのだ。


 あの少年の言葉を思い出す。


 ———俺の家は、エルフの森の近くにあるんだ———


「行かなきゃ」


 ソルトは走り出した。

 例え、何が待っていたとしても。


 あの目つきの悪い不器用な少年と。

 彼が守る孤児たちを救う。


 それが、今できる最善のこと。


「———あ」


 少年の名前。わからないから、安否を尋ねる為に叫ぶことができない。

 否、ないから、呼べないのだ。


 エルフの森は広い。

 故に彼が襲われているとは限らないし、全く別のところで異変が起こっているかもしれない。

 しかし、本能がソレは無いと告げている。

 その予感は的中していた。


 エルフの森近くの、少し拓けた場所。


 そこに、五匹のバジリスクと、小さな子供が数人、対峙していた。


 少年の姿は無い。居ないのかもしれない。

 しかし、だからといって子供を見殺しにする理由にはならないと、心もとない短刀を、ソルトは鞘から抜いたのであった。

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