四章 紅き気高い狩人
22 少年
「あー!疲れた!」
ファスファル平原からの帰り道、倒したヒュドラの鱗を数枚はぎ取り、帰るところだ。
死体は後にそういう仕事の人が回収に来るだろう。
ペガサスも、セイレーンもそういやって一部を報酬としてもらってきた。
カイルは治癒術を使って、ガルドも力仕事でバイトをしているらしいが、生活費の大体はソルトの狩りのお陰だろう。
「…ん?」
今、足に何か当たった。
「…は。」
人の、手。
「うわあああああっ!?」
「うっせぇな…」
のそりと起き上がり、深い海の底のような瞳で見上げてくる少年に、目立った外傷はなかった。
驚き過ぎて尻餅をつき、固まったソルトを、鋭い目つきが捉える。
血のような赤黒い髪が夕暮れの風に揺れた。
「な、わ」
「あんだよ。まさか、死んだとか思ってんのか、え?」
あたりまえでしょ、という言葉は出てこなかった。
代わりに出てきたのは、平原に響く絶叫であった。
「…あー、これはな、あれだよ。えっと…屍体成り《したいなり》ってやつだ。」
「屍体成り…。死体と見せかけて相手を襲わせなくするってやつ?」
「そうそう」
ソルトを落ち着かせ、とりあえず捕まえた鳥を焼き始める少年。
屍体成り。死体と見せかけ、神話生物に襲わせなくさせる技のひとつ。
なにせ、神話生物は死者を食べないからだ。
神話生物が食べるのは、人間や、死者の魂だからだ。
死者の肉体は、食べないのである。
しかしそれはS級やA級には効き目が無い。A級以上は、マナ、つまり魔力を読むからだ。
生きていなければ、マナは宿らない。
B級以下にしか通用しない手段なのだ。
「いいんだよ。俺の目的はS級のヒュドラだからな」
「ヒュドラ?」
ヒュドラなら、先ほどソルトが倒したはずだ。
「知らねえの?三つ首竜だよ。さっきまでA級だったけど、急にS級に格上げされたんだよ」
格上げされた。つまりは力をつけたことを判断された訳だ。
思い当たる節はある。狩猟達成の直前、意思疎通ができた。
あれがS級の兆しだとしたら、納得はいく。が。
「ヒュドラなら…倒したよ?」
「は、お前が?バカ言う無い、相手はS級だぞ」
けっ、と笑った少年に対し、若干の苛立を覚えるソルト。
「だって、ほら」
見せたのは、ヒュドラの鱗。
少年の顔が、驚愕の表情へと変わっていくのが面白かった。
「だって、おま」
「S級になったのは、討伐直前よ。私が相手してたら、魔獣化してS級になったんでしょうね」
少年の顔から、表情が消えた。
それからしばらくして、少年がソルトを送るべく町まで来た。
少年は、この町に住んでいるのではなく、エルフの森の近くの小屋で、孤児たちと暮らしているという。
神話生物を狩り、報酬を食費にすべて充て、兄貴分となっているという。
孤児だから、名前は無い。
目つきは悪すぎるが、優しいのだとソルトは悟った。
「俺は孤児だからな、この町に来るたびに変な目で見られる。…お前ぐらいだよ、そういう目で見ないのは。」
寂しそうな表情で言う少年には、世界はどんな風に見えているのか、気になったものだ。
かつて、自分も同じような状況に居て。
ガルドらに拾われなければ同じものが見えていたかもしれない、風景。
「じゃあな、ソルト。狩りする時は気をつけろよ。」
「ありがと。今度あったら、驚かさないでよね」
町にたどり着いたのは、月が浮かぶ頃であった。
今から少年は、エルフの森へ行くのだ。
帰り着いた頃には、もう夜中だろう。
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