20 異変
「なん…⁉︎」
それは、なんの前触れもなく急に起こった。
二匹のヒュドラの口から、黒い、黒い瘴気が溢れ出ていた。
———以前にも、見たことある光景。
———ペガサスの時だ。
あの時はルピスが解いたモノ。
何かは解らないが、嫌な予感しかしない。
しかし今、絶好の好機であった今、ここから逃げるわけにもいくまい。
ソルトは刀を強く握り直した。
ペガサスの時は、温厚な生き物が凶暴になった。
ならば同じようなものと考えてもいいかもしれない。
…凶暴なやつが更に凶暴に?
…いや、凶悪に成る気がする。
二つの首の咆哮。
その剣幕に圧倒されたのか、物理的に風が発生したものによるのか、ソルトの鮮やかな桃色がかった薄い黄色の髪の毛が揺れる。
しかしぴくりとも動きもせず奴らを睨みつけていたソルトは先ほどと同じ様に刀を耳の横で水平に構え、一直線に真ん中の首に走る。
真ん中の首は確か、雷の属性。
炎と水は防ぐのは簡単である。水は何かで防げば簡単に形を崩すし、炎はこの湿った洞窟内だ、勢いも弱まる。それに炎は、既に地に落ちている。
しかし雷は。
物理的ではないともいえる超次元的なものだ。
簡単に言えば広範囲魔法。
故に、魔導士でこの三つでは雷の習得が遅いらしい。
難しいということは、それほど強力なのだ。
ならば、一番避けるのが難しい雷の首を先に狩るべきである。
そう判断したソルトであったが。
「…え」
真ん中の首は確かに雷属性であったはずだ。
最初に確認したし、そう覚えている。
ではなぜ。
ではなぜ、真ん中の首は、炎を吐き出したのだろうか。
不意をつかれたソルトは、身を捻って避ける。
ひらめいた服の裾に火がついたらしく、チリチリと音を立て、物が燃える独特な香りを振りまき始めた。
慌てて燃え広がらないよう、裾を破り、地面に捨てる。
一度下がり、状況を確認する。
確かに、凶悪になった。
…炎は、落とした首の属性だ。
ソレは間違いない。だとすれば、可能性は恐らく脳裏に浮かぶ物だろう。
一つの首が、三属性すべてを使える様になった。
そう考えればつじつまは合うし、対応の仕方も思い浮かぶ。
ふぅ、と一息ついて再び構える。
なんだか構えて下がっての繰り返しで、攻撃なんてできてないな、とかるく口を綻ばせてしまう。
仕方の無いことだ、大事なのは、そこから学ぶこと。
学べ。いつもそう、父親気取りのアイツに言われてきた。
ならば、学ぼう、全力で。
笑って終われたら、それでいいのだ。
途中のかっこわるいところなんて、忘れれば良いんだ。
気が楽になる。肩から力が抜けた気がした。
地面を蹴る。
二つの首が、片方ずつ、水と雷の塊を打ち出す。
水を避け、雷は刀ではじき、真ん中の首へと走る、走る。
ずん、と重い衝撃が伝わる。
刀は、胴体の中心に深々と刺さっていた。
血が刀を伝ってソルトの腕を濡らす。
ソルトは唾を飲み込み、その刃を、思い切り横へと動かす。
肉の切れる音、舞う血飛沫、ヒュドラの激痛による叫び。
刀を抜き取り、頬に着いた返り血を拭い去る。
何度でも。言ってやろう。
「何度でも、狩ってやる。神話生物。…先に狩られたいのは、どっちかしら?」
ソルトの気づかない頭上で、淡い、青い光に包まれた青年が、微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます