19 ファスファル平原

 ファスファル平原の草花が優しく吹く風に揺れる。

 その先、風を吸い込むかのような音を発する岩の塊がある。

 近づいて見て始めて、それが洞窟であるとわかるほど、入り口は狭い。

 ソルトは静かにその穴の中を覗く。

 かすかに、音がした。

 何か生き物が唸るような声。


「…はぁ…………」


 軽くため息をついて、ソルトは足を踏み入れた。


 外とは比べ、気温はかなり低いだろう。滴る水に驚きつつではあったが、軽く腕を摩った。


 生き物の息遣いが近づいてくる。

 だんだんと早くなる鼓動を聞きつつ、足を一歩踏み出したところに、ヒュドラがいた。


「…最初に狩られる首は、どれかしら」


 紫色の体に短い四つの足。首が三つある点を除けばワニに近いのではないだろうか。

 鱗を持ち、水にも入れるのであろう。しかし生息地は主に洞窟内である。

 ギラリと光る六つの赤い目は捕食対象を見る、その目である。

 首が低く低く下がる。ソルトも刀を抜いた。

 一番右が、大きく口を開き、ソルトに噛み付く。

 上空に跳躍したソルトは冷や汗が流れた。

 しかしすぐに戦慄する。

 頬スレスレを氷の礫が飛び、赤い線を作る。

 そして再び噛みつき。

 ソルトは呆気なく吹き飛んだ…かのように見えた。

 壁に叩きつけられ、肺から空気が抜ける音がして、地面に落ちた。

 顔を上げ、息を吸い、ソルトは


 ヒュドラは逆に、唸り声を上げ、そして二つの首だけで咆哮を上げた。


 残り一つの口に、一本の刀が縦に挟まっていたのだ。


 ヒュドラの持つ三つの力の中で一つを防いだのであった。

 ふう、と肺に空気を満たし、片方の刀を耳の横で水平に構える。 その姿を見て、二つの首の目の色が変わる。

 獲物を見る目。

 敵と認識した瞳。

 ギラギラとした瞳はそれだけで威圧感を放っている。

 しかしソルトは気にしないかのように軽く微笑み、


「…先に狩られたいのはどっちかしら?」


 再びの咆哮。同時に口を開け、エネルギーが集中する。

 水と、雷。

 同時に打ち出されたそれは互いに混じり合い、強化される。

 その弾は先ほどまでソルトがいた場所を抉り取った。

 地面を蹴って飛び上がり、エネルギー弾を避けたソルトは雷を吐き出したほうの首に深い深い切り傷をつける。

 頬についた悶えるヒュドラの返り血を手の甲で拭き取り、三つ目の首に、炎と属性の首の上に降り立った。

 衝撃で刀が頭を貫き、一つ首が地に落ちる。

 一本の刀を手に持ち、再びヒュドラと向かい合う。

 その時初めて–––


 その時始めて、ヒュドラの異変に気付いたのであった。

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