18 ヒュドラ

「A級生物が三匹!?」

「わわわっ」


 ソルトの反応に、受付の青年は椅子から転びそうになった。


 今朝あった出来事といい、大変な情報といい、最近は何かがおかしい。

 ソルトは神妙な顔付きで腕を組む。


「い、いや、三頭って言っただけで三匹じゃあないんだ」


「…どういうこと?」


 三匹ではないが三頭。その成り立っていない言葉が示すものは。


「ヒュドラなんだ」

「ヒュドラ……」


 ヒュドラ。またはヒュードラ。

 みつ首の竜であり、それぞれの首は火、水、電気を司るとされている。

 魔術ではないし、低い知性では存分に扱うことはできないが、それでもセイレーンやペガサスといった単調な攻撃しかできない神話生物に比べて危険度は高い。

 S級となれば知性が加わりさらに大変となるであろう。

 同時に、その牙は火なら火災、水なら水害、雷なら魔除けとなる、素材を持つ生き物である。

 首が三つある以上、狩れば三倍の手柄であった。


「……場所は?」

「それが、その…。ファスファル平原洞窟」


 ソルトは思わず唸りを上げた。


 ファスファル平原。

 エルフの森が西から南を通って鉱山と海に繋がっているとするならば、ファスファル平原は西から北を通って鉱山に続く平原である。

 平原と森の境目を縫って作られた道を真っ直ぐ進めば、王都へとたどり着くのだ。

 もっとも、簡単に言っているがウィルガーンから王都まで、一本道とはいえそれなりに距離はあるのだが。


 ファスファル平原の洞窟とは、そんな平原の中心部にある、不気味な洞窟のことである。

 雰囲気といい、深さがわからないこともあり、近づく者は洞窟に住み着いた神話生物を狩る者ぐらいだ。


 渋々と言った風に支度を始めたソルトは砥石と、刀を取り出す。

 先日のノエルとの戦いで欠けてしまったのだ。


「ソルトちゃん、それは変えたほうがいいぜ」


 受付の男が軽く苦笑しながら言う。

 ソルトは刀をじっと見つめた。


 もともと、ガルドのものであったその刀は斬れ味がとてもよく、そして頑丈であった。

 手入れを欠かしたことはなかったが、恐らくもう寿命だったのだろう。

 思い出とも言えるものなので捨てるのは惜しく、なんとか直らないかと苦悩はしていたのだ。

 …もう、寿命なのだろう。


「…そうね、買い替えるわ…………」


 男がふう、と軽く息をついた。


「じゃあ、俺が良いの選んであげよう」


 ソルトはその言葉に甘えることにした。


 幸い、日々の報酬の何割かを自分のものとして貯金をしていたのでお金はある。

 狩りに使う傷薬と毒消しさえ揃えることができれば残ったお金は自由に使える。

 かといって買いたいものもなかったのでお金ならあるのだ。


 結局、幾つかの店を回ったが目ぼしいものはなく、シンプルで切れ味もそこそこの刀にすることにした。

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