12 その名はルピス

 音のした方向へ行くと、開けた場所に出た。

 ペガサスを探すために視線を動かすと、すぐに見つかった。

 瓦礫の下に、だが。


「瓦礫…?」


 よくよく見ると、本も紛れている。

 なぜこのような場所に塔があり、本で溢れているのか。

 しかしそれを考えるのはあとにして、ペガサスを回収することにした。


「…よっと」

「……お前が塔を壊した人間かしら!」


 突然身近で声が聞こえ、瓦礫が人の手の形に固まり、ソルトを押し倒した。


「……っ!?」

「ルーはお前を無事で帰す気はないかしら」


 たじろぐ暇も無く、目の前に水の塊が現れる。

 なんとか身を捻ってかわした所には、瓦礫がグルグルと渦巻いていた。

 石材に触れ、服が破れ、髪を留めていたリボンが解ける。


「神話生物…!?」

「そんな化け物と一緒にするなかしら、人間」


 思わず叫んだソルトの背後に、声の主が現れる。

 咄嗟に振り向くと、そこに居たのは小さな少女であった。

 青い髪を大きなリボンで二つに束ね、紫を基調としたフリルの多い、丈は足首らへんであるが足が見えるよう前の空いたドレス。

 そして何よりも特徴的であるのは、その耳である。

 尖った、ソルトと比べて大きな耳。

 間違い無く、エルフの耳であった。

 そしてソルトは、この少女にどこか親近感を感じた。

 どこかで会ったことがあるのか、誰かに似ているのか__。


「……誰なの?」

「……?ルーの抹殺が狙いでは無いのかしら。だったら悪かったのよ」


 悪びれた様子もなくフン、と鼻を鳴らし、少女はペガサスに歩み寄って行く。

 ふとその羽を掴むと翼が青く輝いた。


「こんな術を神話生物に掛けていたから、てっきりの仲間かと__」

「奴ら?」

「……。…知らなくて良いことかしら」


 ソルトは髪の毛を元のように結び、服についた泥を落とす。

 じっと少女を見つめていると、少女もくるりとこちらを見た。


「ルーはルピスかしら。お前は?」

「ソルト…」

「ソルト、お前は随分と厄介な奴を連れて来たかしら」


 クイ、とソルトが入ってきた方角を顎で示したルピス。

 驚きと疑問のまま振り向くと、そこに佇んでいたのは先ほど森ですれ違った飴を舐めている少女。

 怪しげな笑みを浮かべ、ソルトを、否、ルピスを見ていた。


「………?」

「ここに居たの、青竜の巫女…ルピス・フォン・アルダール」

「その名前で呼ぶなかしら」


 話についていけないソルトの横を、影が通った。

 水の塊が氷となり、槍と化して少女へと飛ぶ。

 金属音がし、氷が砕けてキラキラと輝いた。


「めんどくさいのよ。消えるがいいかしら」


 呟いたルピスの周りに、同じように氷の槍が浮かぶ。

 ソルトは先日のレンとの戦いを思い出していた。


 __確か、これより大きな氷の槍で___


 しかししみじみと思い出に浸る暇などないことは、火を見るよりも明らかである。

 刀を抜いて、深く深呼吸する。

 森の空気は清らかだ。澄んでいて、とても気持ちがいい。

 そしてソルトは、少女に向かって足を出した。


「…なんの真似かしら?私は巫女に興味があるの…。何もしないなら、見逃してあげてもいいわよ…?」

「遠慮するわ」


 見た目に似合わぬ大人びた声にきっぱりとそう告げ、地面を蹴る。

 背後で、くすりとルピスが笑った気がした。

 二刀を重ね、十字の形にして少女に切り掛かる。


「なんだかわからないけど、嫌な香りしかしないから、貴女と敵対することにする」

「あらあらあら…しょうがない子。いいわ、まとめて殺してアゲル…♡」


 少女は怪しく、妖しく笑った。

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