9 カイルの魔術
「傷だらけじゃねえか!」
気を失ったソルトを運んで来たのは鉱山広場手前で鉱石を譲ると言っていた男であった。
セイレーンが飛び去ったのを見て様子を見に来たところ、ソルトが倒れていたらしい。
「俺に言われても!」
「お前を責めてるわけじゃねえよ!」
ガルドの剣幕にたじろぐ男。
割って入るのはカイルである。
「まあまあ、落ち着いてガルド。命落としてないだけマシだろ?」
「…う、ま、そ、そうだな…」
ソルトに軽く治癒術をかけ、男からソルトを預かる。
「ありがとうございました。お陰様でソルトが命を落とすことは無かったようで」
「いやいいさ。俺たちもその子にゃあ世話んなってるしな」
ペコリと軽く頭を下げるカイルにふん、と鼻を鳴らすガルド。
帰って行った男たちを見送り、カイルは二階の一部屋のベッドにソルトをおろす。
「カイル、容体は」
「擦り傷と右腕の骨折。足にもヒビ。火傷も少しってことはS級を相手にしたんだろう。昏睡はしていないけど気を失ってる。」
一瞬見ただけで判断がここまで可能なのはやはり伝説の治癒術師だからだろうか。
そして。
「水の魔力の持ち主と接触してる。ちいさな結晶まであるってことは相当な術師だ。ガルド、鉱山広場まで行って何級のセイレーンが何匹死んでるか見てきて」
「人使いの荒いやつだぜ。調べてくるのはそれだけでいいのか?」
「できればそこにあるだろう氷をひとかけら」
「だけでいいのか?」
「状況もよろしく」
「わかった」
部屋から出て行くガルドを見た後、ソルトに視線を戻す。
傷ついた場所を一つずつ撫でていく。
「我が魔力を糧として、この者を癒せ」
淡い緑色の光がソルトをつつむ。
傷は塞がり、火傷は治る。
ソルトの息遣いも少し軽くなった気さえする。
静かな寝息を立てるソルトの頭を撫で、階下から木の棒を持ってきて、右手右足に添え木、ギプスを作る。
治癒術とはいえ、骨までは治せないようで、治るのを早めるだけしかできないのであった。
「ただいま!」
早いな、と呟きカイルは立ち上がる。
階下に降り、ガルドの報告に耳を傾ける。
「S級が一体、B級が三体。空気は湿気ていて、落ちていた氷の破片はコレ。溶けない氷ってなんなんだ?…で、明らかにソルトの刀じゃねえ刃物での切り傷がS級についてた。ついでに切り口は凍っていた。地面にはひび割れと、氷と、水が散らばってたぜ」
カイルは氷を受け取って、眺める。
冷たさはどこも均一。溶ける様子はない。
いくら手で温めても溶けない。
クンクンと匂いを嗅ぐも、なにも匂わない。
「…精霊だね」
「……精霊ィ?」
カイルは頷いた。
精霊の扱う水は匂いがなく、温度変化が少ない。
上級精霊となれば温度変化はしないに等しくなる。
そして、ガルドが素っ頓狂な声を上げたのは理由がある。
本来、精霊は人を助けることはおろか、人の前に姿を表すことさえありえないことなのだ。
その相手が、自分が娘の如く育てていた者ならば。
「……まじかよ…」
なにか、とんでもないものに巻き込まれているのだろう。
否、巻き込まれ始めたと言うべきか。
神話の世界に、其の剣が舞うのは、まだ遠い未来の話である。
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