8 青き精霊

 レンにも何が起きたのかわかっていなかった。

 他のセイレーンがソルトを吹き飛ばしたときに着地地点と思わしき場所あたりに氷柱を出現させ、ソルトが意識を失った時に勝利を確信していた。

 しかし突如として現れた青い小さな光が氷柱を溶かし、ソルトを受け止め、地に静かに寝かせたのだ。

 ソルトの意識は戻っていないことを確認したように顔の辺りまで下り、青い光は人の形を作っていく。


「……去れ、忌まわしき悪魔の使徒よ」


 水色の髪をなびかせ、青い光であった少年はレンを強く睨みつける。


「……成る程、精霊か」

「…もう一度言う。去れ。さもなくば命無いものと思え。」


 精霊。

 精霊とは自然に宿る霊とされてはいるが、未だ詳しいことは不明である。

 宿った物を操り、たまに人間に悪戯をする。が、守り神とされている4匹の聖竜の使いでもあり、人間は彼らを粗雑に扱うことはタブーとされていた。


「精霊様が僕に何の用かな」

「去れ。問答は無用である」


 レンはニヤニヤと青き精霊を見下ろした。

 神話生物にとって、精霊は天敵であったが、魔力が豊富なため摂取すれば驚異の存在になる。

 人間もそれは理解しており、精霊術師は神話生物に近づこうとしない。

 レンはそんな驚異となれるチャンスをモノにしようとしているのであった。


「やだ。僕は君を」

「ならば死ね。悪魔の使途が我の前に姿を表すことそれすなわち大罪である」


 言葉を遮られ、軽く罵られたレンは激昂する。

 挑発と言わんばかりに精霊の横を爆発させるが、精霊はピクリとも動かなかった。

 ただただ静かに、済んだ藍色の瞳でレンを見つめているだけであった。


「…なぜその娘を庇う」

「答える道理などありはせぬ。」


 精霊は片腕をレンに向かって上げた。

 先ほどレンが出現させた氷柱より二倍ほどの大きさの氷柱を出現させ、剣の形を作る。

 地を蹴り、高く、高くまで飛び上がりレンの頭上から一気に氷剣を振り下ろす。

 その大きな翼で防がれたものの、深い傷がつく。


「……なんでっ…そいつを守る…?」

「彼女が、であるからだ」

「選ばれた…?」

「貴様とこれ以上言葉を交わすつもりはない」


 レンの眼前、精霊が持っていた氷剣が数倍大きくなり、それを最期にレンは地に落ちた。

 巨体が地面にぶつかり、血が飛び散る。

 その体の上に降り立った精霊は辺りを見回し、残ったセイレーンに告げる。


「去れ。貴様らの相手をする意味はない。」


 怯えたセイレーンが一斉に翼を広げ、飛び立っていった。

 群れのボスがあっけなく倒れたからだろう。知能は低いとはいえ、本能で勝てる相手ではないと判断したのか。

 精霊はふうと息を吐き出し、チラリとソルトを見た。


「…選ばれたとはいえ、このザマじゃあな…」


 一人、くくっと笑いを零し、光の粒子となって消えた。

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