7 S級神話生物

「……っ…!」


 大きく振り上げられた翼が頭上を掠める。

 咄嗟に地面に刀を突き刺していなければ吹き飛ばされていた。


「なん……で……っ!」


 逃げ場のない、絶対絶命のピンチである。

 すぐ後ろで、爆発が起こった。

 時は数分前へと遡る。


 * * *


「あなたは……」

「僕はセイレーン。レンとでも」


 今、確かにこいつはセイレーンと名乗った。

 セイレーンというからには、神話生物に間違いはない。

 しかし、普通神話生物は言葉を発しない。

 ましてや、人間の言葉など。

 意思疎通のできない、人類を貪る化け物。それが、神話生物。

 例外は、確かにある。

 しかし、ソルトには相手をできない相手だ。


「S級…神話生物……!」


 S級は、相手にしてはいけない。

 さもなくば、死ぬ。


「…あ、の」

「なんだい?」


 セイレーンの人間のような顔の部分がへにゃりと笑う。


「私を、返してもらえ」

「断る」


 翼を大きく広げるセイレーン…いや、レン。

 即答であったが故に、簡単には帰してもらえないことがわかる。

 相手には、戦意がある。


「なんで…」


 震える声で尋ねるが、理由なんてわかりきっていることであった。


「決まっているだろう。君が、僕の子供を殺したからだ」


 翼で他のセイレーンを指し示す。

 跪き、レンに忠誠を誓うような、敬うような、恐れるような態度を表している。

 血にまみれた床が太陽の光を反射している。


「僕の子供を殺した罪は重い。故に、今ここで死ね」


 ソルトは唾をゴクリと飲み込んだ。

 冒頭に戻る。


 背後で爆発が起こった。それが何を示すかはソルトには理解できなかったが、体験することによって理解した。

 爆風に巻き込まれたソルトは吹き飛び、岩盤へとぶつかる。

 運悪く腕を強かに打ち付けてしまい、痺れが走る。

 地面に落ちた時は既に血に塗れ、片方握っていた剣は刃が少し欠けた。


「……っ………」


 打つ手がない。否、打てる手がない。

 尻尾を巻いて逃げることも叶わず、肩で荒く息をする。


「どうした人間。もう終わりか」


 S級はA級と違って魔術なるものを使ってくる。

 普通は近距離である神話生物の攻撃が遠距離が追加され、攻撃のバリエーションも増えるのだ。

 苦戦するのは当たり前で、生きて帰れる保証もない。


 目に涙がにじむ。

 私は、ここで死ぬのかと。


 ……嫌だ。


 死にたくない。


「うあああああああ!」

「自ら玉砕を望むか。愚かなり。」


 レンは再び大きく翼を広げ、翼を地面へと叩きつける。

 地面にヒビが走る。

 ソルトは大きく、大きく跳躍をする。

 狙いは叩きつけられた翼。

 着地と同時に刀を突き立て、翼を斬りつける。


「…ほう、動きが良くなった。しかし、愚かだ」

「…なんとでも…言えばいい!私は…死なない!」


 負傷した翼の血が滴る。


「だけど、君が頑張ったところで多勢に無勢だ」


 ソルトはやっと気がついた。

 

 気づいた時にはもう遅い。


「……あっ…!」


 レンとは一回り小さいものの、B級セイレーンも魔物であり、人々を怖がらせる存在である。

 そして、その巨体を武器と変え、ソルトに突進してきたのだ。

 どれだけ咄嗟に防ごうと、防げるものではないだろう。


 やはりその他の狩人より一回りもふた回りも小さな少女の体は、簡単に吹き飛んでしまう。

 吹き飛んだその先に、待ち構えるのは氷柱であった。


 ソルトの意識が途切れる。

 青い光が現れたような気がしていた。

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