2 カイル

「なんでこの子を弟子にするなんて急に」

「良いだろ別に。ただ、強い、生にしがみつける根性を持ってたからだよ」

「君に人間が扱えるのか!?それにまだこんな小さな少女を!」

「いざとなったらお前がいるだろカイル。期待し」

「言わせないっ!!」


 雨に打たれ、不意に意識を失った少女を抱えてカイルは隣の狼男を睨んでいた。

 原因はわからないがおそらく空腹と安心感だろうと結論付けていた。


 隣の男とは付き合いが長い。

 子供の頃(まだ子供だが)、家に捨てられ、彷徨っていたところを拾われたのだ。

 それが九年前である。

 最もエルフは長寿であるため、数十歳に留まるわけではないが。


 町外れのそれなりに豪奢な家に入り、狼男は居間のソファにどっかりと座った。


「二階の突き当たりの部屋」

「……」


 端的にカイルに向けられて放たれた言葉は、恐らく少女の部屋なのだろう。

 無言でカイルは渋々、言われた部屋のベッドの上に少女を寝かせた。

 すやすやと浅い寝息を立てる少女は、傷だらけで、見るも痛々しい。


「………」


 カイルはそんな少女に手を掲げ____


「…癒せ」


 少女を淡い緑色の光が包み込んだ。

 傷という傷が見る見るうちに塞がっていく。

 …治癒術と呼ばれる魔術の一つである。

 魔術師は珍しくはないものの、治癒術はごく稀に生まれる才能を持った者が扱えるという、伝説とも言われる魔術であった。

 カイルは、その魔術の使い手、治癒術師なのである。


「……この少女もまた、不幸だな」


「…………いや」


「……俺が、不幸なのか。」


 三つの呟きはもう暮れ始めた、濡れた空へと消えていった。


「ガルド!飯の用意をしてよ!」

「なんで俺がっ」


 顔を上げ、階下にいる狼男へと怒鳴る。

 返しを聞き、カイルはふう、と息を吐いた。


「昨日は俺が作ったし、今はこの子の治療で忙しいんだっ!」

「んなモン後で………チッ!」


 ガルドの舌打ちを聞き、自らの勝ちを悟ったカイルはひとりでに満足気な表情を浮かべていた。

 そして少女に向き直ると、その淡い桃色がかった髪を撫でる。


「……ん」

「…起きた?」


 眼を開いた少女はカイルを見て小さく頷いた。

 そして、傷ひとつない自らの体を見て首をかしげる。


「あはは、驚くよね。俺はその、治癒術師なんだ。」

「ちゆじゅつ、し?」


 カイルは微笑んだ。

 その微笑みのまま、答える。


「治癒術を扱う魔術師のことだよ。わかった?」


 少女は小さく頷いた。

 そして、カイルは少女の頭を撫でて、立ち上がった。


「…待ってて。今、ご飯持ってくる」

「…あ…ありがと」


 カイルは少女に、再び笑顔を向けた。

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