神話に舞うは剣の調べ
ソルティ
プロローグ
1 少女
少女はずっと1人であった。
生まれて間も無く、親に捨てられ、路地に住む捨て子達の世話になって生きてきていた。
どんなに頑張っても、どれだけ努力しても、路地裏から出ることはできない。世の中は非情であり、そしてそこに住む人間もまた、非常に非情なのだ。
形の無い鎖は子供達を次々と殺していった。
ある者は飢えて死に、ある者は生きるため罪を犯し捕まり、またある者は上の人間に嬲り殺されて死ぬ。
少女を世話してくれた者もまた、飢えて死んでいった。
少女は本当に1人になった。
それでも、少女は生きることをあきらめなかった。
ソレが往来し始めたのも、その辺りだった。
雨の中、狭い路地で膝を抱え痩せこけた少女が1人。
すでに3日、何も口にしておらず、腹が物を寄越せと鳴いている。
桃色の瞳は何を見ているのだろうか、膝と腕の隙間から大通りを睨むようにしていた。
不意に、視界が遮られる。
目の前に、白いロングコートに身を包んだ者が立っていたのだ。
背が高く、顔は見えないがギラつく眼はしっかりと少女を見つめていた。
「お前、1人なのか?」
「………」
少女は答えない。
男はハア、とため息を吐いて、無理やり少女の顔を上げさせた。
驚きと困惑の混じった
少女に声をかけた男は、獣人だったのだ。
毛むくじゃらの顔に、鋭い牙。
…狼。
狼の、獣人だったのだ。
「…良い目をしている」
「…お、おいおいおいおいおいおい!」
ゼエゼエと息を切らし、男より小柄な男が掛けてきて男の手を離させた。
こちらもまた、茶色のロングコートに身を包んでいる。
「カイル…邪魔を」
「なにしようとしてるのかわかんないけど、この子怖がってるじゃないか!」
カイルと呼ばれた男がフードを外した。
青い髪に通った鼻筋。こちらは間違いなく人間である。
少女は二人についていくことができず、後ずさりを始める。
……怖い。
少女の胸中にその言葉が渦を巻いた。
「ごめんね、こいつのこと怖いよね。悪かった。だからこの事は忘れ」
「俺の弟子にならないか」
時間が止まったような感覚さえあった。
カイルがあんぐりと口を開け固まったのもあるかもしれない。
それ以上に、みすぼらしい少女に手を差し伸べてくれる人がいることが、驚きであったのだ。
先ほどまでの恐怖は薄れ、呆然と、空虚を見るような瞳で2人を見つめた。
少女とカイルに見つめられ、男はくるりと背を向けた。
「その気じゃないなら無理にとは言わん。が…」
「ま…まっ……て…」
掠れた、みすぼらしい声が少女の喉を通って飛び出た。
少女自身も驚きであった。
普段ならば、怖くて声も出ないであろう場面。
強がりで、でも怖がりな自分が男を呼び止めたことに驚きと、そして期待がこもった。
「でし、って…どう…」
「俺の弟子になれば、お前を強くしてやれる」
「……つよ、く?」
「そうだ。」
強さには憧れていた。
かつて、怪物から護ってくれた古き記憶の剣士が少女の強さの象徴であった。
でも、それは、夢物語のような世界の人間で。
それでも、手を伸ばす、その、好機。
ならば。
「つよく…なれる?わたしでも…っ」
「ああ」
「い…いく…つよく、なりたい…っ!」
雨が降ってきた。
ぽつぽつと。
少女の顔も、カイルも、男もみんな、雨の下濡れて。
少女が強さに近く好機を得た喜びから泣いているのかわからなくなるほど、雨脚が強まる。
「……いい返事だ」
男は、小さく、少女に届く声量で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます