第7話 再会
淡い光がリンダの瞼をなめた。
『……お姉ちゃん! しっかりして、お姉ちゃん――』
リンダは、聞き覚えのある声に目覚めを促され、瞼を恐る恐る開けた。
「――?!」
リンダの瞳が大きく見開かれた。
目の前に、蒼白した眼差しで己の体を揺さぶる妹、サリィの姿がそこにあった。
「…サリィ…サリィ! 無事だったのね」
サリィの無事な姿を認めたリンダは慌てて身を起こし、サリィの小さな身体を抱き締めて泣き始めた。
「…良かった…無事で…」
「お姉ちゃんも、あの光に弾かれたの?」
サリィも姉との再会に涙ぐみながら訊ねた。
「光?」
「そうよ。あの迷路の鏡の前で、鏡の中から出て来た光に弾かれて、こんな何にも無い荒野みたいな所に落ちちゃったのよ」
「そう…。他にも誰か落ちて来た人はいないの?」
リンダは辺りを見回して訊ねる。
「ううん。お姉ちゃんだけよ。ここに落ちてきた時、左足を挫いちゃってどこにも行けなかったの。だから他の所はどうか知らないわ」
サリィは姉の存在にようやく安堵の笑みを洩らして応えた。
サリィがここに留まっていたのは僥倖であった。
今、二人が居る辺りは、直径百メートル程の小規模のクレーターの様な盆地になっており、外を臨むには四、五メートルもある崖をよじ登る必要がある。
しかしよじ登ったところで、外の世界は通路から覗いたあの余りにもおぞましい血色の荒野が広がっているばかりであった。常人ならば余りの光景に絶望して発狂しかねないだろう。或いは、あの鏡に潜んでいた怪物がまだ他にも居る可能性だってある。
良く見れば、サリィの両目はすっかり赤く腫れていた。
リンダが落ちてくるまでの一日の間、孤独と恐怖に心を蹂躙されていた証拠である。それでも良く我慢してくれたと、リンダは妹の身体を涙に崩れた笑顔で抱きしめた。
「そう言えば、空の上で時々、人の悲鳴みたいなのが聞こえたけど…空耳ね、きっと」
リンダは、そう、と悲しげに頷いた。その声の主達の無残な最期を、何も知らずに姉の出現に喜ぶ妹へは伝える気にはなれなかった。
「しかし良くあなた無事だったわね?」
「あたしにも判ンない」
サリィはそう答えて、ふと、首に掛けていた鏡入りの形見のペンダントを掴んだ。
「……そう言えば…迷路で光に弾かれた時、確か、ペンダントの鏡に何かぶつかった気がしたわ」
「鏡にぶつかった?」
「うん。そしたら、あたしの身体がそのまま鏡の壁の中に入っちゃって、こんな所に落ちていたのよ。そうそう、その変な光も鏡に反射して、反対側の鏡の壁の中へ入っちゃったわ。まるであの光、生き物みたいだったわ」
「生き物みたいな光――」
リンダはあのおぞましい黒い顎を思い出した。
「まさか…その光の正体はあの化け物では?」
「化け物?」
サリィはきょとんとした。
「ええ。あたし達をこんな所に落とした張本人よ。その化け物が、あの鏡の中から出て来て世界を滅ぼすって…!」
「世界を滅ぼすって?悪い冗談は止めてよ、変な本の読み過ぎじゃないの、お姉ちゃん?」
サリィはひきつった笑みを浮かべた。
「…本当の事なのよ、サリィ」
リンダはサリィの両肩を掴んで、彼女の顔を見据えた。
姉の瞳に曇りは無かった。
「…嘘…」
サリィの笑みが凍った。
「…そんな事…信じられない…」
そう呟くサリィは、しかし、姉の真剣な顔に偽りが無い事を認めざるを得なかった。
「…やだよ…」
サリィの肩がわなないた。
「お姉ちゃん! あたし達、死ぬの? そんなの嫌よ!」
「サリィ!」
泣き叫び始めた妹の身体をリンダは堪らず抱き締めた。
「…ああ…」
リンダも胸の中で泣く妹につられて涙を瞳に湛え掛けた。――そんな時だった。
「諦めちゃ駄目よ!」
リンダは涙を堪え、その叱咤の言葉をサリィを抱く腕越しに伝えた。
美丈夫の力強い眼差しが荒野に舞った。
今の言葉が己の支えになっていた事を、リンダはようやく思い出した。
「お姉ちゃん…」
サリィは恐る恐る姉の顔を見詰めた。
サリィは認めた。姉の力強い微笑みを
そして、仰天した。
「お…姉…ちゃん?」
今、目の前に居る姉の貌が変わっていたのだ。
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