第4話 鏡の中

 J・Bはリンダが同行するにあたり、彼女と約束を一つ交わした。

 迷宮に入る前、J・Bはリンダの右手小指に白くきらめく微細な糸を一本結ばせた。


「何ですの、これ?なま温かくて…なんだか気味が悪いわ…」

「いいかい?この糸は何があっても決して外してはいけないよ」


 J・Bは訝るリンダに優しく言う。


「これは命綱だ。もし、君を見失う様な事になっても、これで直ぐに見付け出せられる」

「ふーん。……本当に直ぐに見付けてくれるの?」


 リンダはJ・Bの存在に余裕が出来たのか、意地悪そうに微笑んで訊ねた。


「私はレディとの約束は必ず守る主義だ」


 J・Bはウインクをして応えた。

 そんな経緯を経て再度数分後、二人はサリィが消えた問題の分岐路に着いた。

 J・Bは辺りを見回した。

 右側の鏡を見た。変わらない己の姿が映っている。

 左側の鏡を見た。変わらない己の姿が映っている。

 J・Bは小首を傾げ、鏡の壁を覗き込んだ。「どうかしたの?」

 リンダもJ・Bと一緒に鏡を覗き込んだ。


「…この通路は特別な作りになっているな」

「えっ?どういう事?」

「ここの鏡を良く見たまえ」


 J・Bは鏡に映っている自分達の姿を指した。


「あら?あたし達が沢山映っているわ」


 リンダの言う通り、二人の姿を映す鏡は、直ぐ後ろの鏡にも映った二人の姿を無数に重ねて映し出していた。


「『合わせ鏡』、というやつだ。鏡が相互に映し合って無限に広がるメタ視が生じているのだ」


 J・Bは、先程通り抜けて来た後方の鏡の壁の通路を指した。


「他の鏡は、角度が微妙にずれたり、互いの位置がずれていたりして、ここ程、平行的、対照的なメタ視は生じていない」

「本当…。綺麗な合わせ鏡ね。――あ」


 リンダは両手をポン、と叩いてみせた。


「そう言えば、『合わせ鏡』の事で、前に奇妙な都市伝説を聞いた事があるのを思い出したわ」

「都市伝説?」

「ええ。真夜中に、二枚の鏡を向かい合わせにすると、その鏡の奥から悪魔がやって来る、って言う、他愛の無い噂よ」


 そう言うとリンダは肩を竦めた。


「ああ、その都市伝説は昔、聞いた事がある。君も試した事があるのかい?」

「よしてよ、莫迦莫迦しい」


 リンダは失笑した。


「妹が前に試した事がある、って言っていたけど、そんなもの一欠けらも出て来なかったそうよ。

 大体、あたしはそんな胡散臭いオカルトの類は信じちゃいないわ。子供じゃあるまいし――」


 突然、リンダは絶句する。


「どうした?」

「…何、あれ…?」


 リンダは合わせ鏡の右の鏡の奥を指した。

 右足用の革靴が一つ。

 合わせ鏡の四枚目に映える二人の姿の足下にそれがあった。

 だが、実体たる三次元の二人の足下には、その様なものは存在していない。

 リンダの顔色が見る見る内に蒼くなった。

 その革靴の中には『中身』が入っていた。

 血塗れの、白蝋の如き血の気の失せた人間の右足首が。

 そして、更に奥の六枚目の鏡に在るもの。――人間の、上半身が失われた血塗れの下半身の肉塊を、二人は見付けたのだ。

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