第3話 捜索

 J・Bは、両側の鏡の壁をひょうひょうとして見回した。

 鏡に映える己の姿の傍らには、隣で一緒に歩いて迷宮の道案内をする、少しウェーブのかかったブロンドの綺麗な髪を持つ美少女が小首を傾げて佇んでいた。


「……うん、確か、こっちの道よ」


 美少女は、通路の先のT字路の右の道を指した。

 J・Bの傍らに居る道案内の美少女  数

分前に保安室から侵入しようとして、入口でJ・Bとばったり出交わした侵入者、リンダ・マクスウェルは、本体をどうしてもまともに見れず、止むなく鏡に映る美影を見て応えてみせた。

 話は数分前、J・Bとリンダの出会いの時に戻る。


「何故、君がこんな所に?」

「えっ…あ、あたし…ドアの鍵が開いていて…つい…」


 訝るJ・Bに、リンダはしどろもどろになる。


「妹さんを捜しに来たのかな?」

「え…! ええ、そうです」


 リンダははにかみながら頷いた。


「それは止めた方が良い」

「どうしてですか!?」


 リンダは恥じらいを忘れたかの様に豹変して、J・Bを、きっ、と睨みつけた。

 J・Bは肩を竦めて困惑の色をみせた。


「……実は、州警察やFBIが今日の昼過ぎまで捜し尽くしたが、手がかりになるような物が一つも見つからず、それどころか捜査していた警官二名が行方不明になってしまったのだ。おっと、今だその事は公式発表していないから黙っていてくれよ」

「また、人が消えたの?一体どうして?」

「さて」J・Bは肩をすくめて見せた。「この不可解な事件に州警察やFBIが難儀してね、この手の事件に良く関わっている私に指令が下って、ここに来たのだが。しかし、さっぱり判らん」

「他にも警察の方が居るのですか?」

「否、私一人だ」


 J・Bは苦笑した。


「今のご時世、不景気の癖にお役所はどこも忙しくてね。比較的手の空いていた私にお鉢が回って来たのさ」

「何か、頼りないわねぇ…」


 リンダは肩を竦めてぼやいてしまった。

 しかし、それでいて不思議と気落ちはしなかった。この美丈夫からは、その言動とは裏腹に感じる、今まで覚えた事の無い不思議な力強さが漂っているのである。


「……それにしても……妙にこの迷宮内の気配が重いな」


 J・Bは険しい眼差しで辺りを見回した。


「なんて言うか、そう、何か得体の知れぬ存在がこの迷宮に潜んでいる様な気がする」

「それがサリィや他の人達を攫ったというの?――止してよ、そんなのホラー映画の観過ぎよ」


 リンダは呆れ顔で言うが、J・Bは険しい顔を崩さない。リンダはすっかり不安がって、縋る様にJ・Bを見つめた。


「確証は無い。しかし、この閉ざされた空間で次々と大勢の人が消失するなんて、とても人間業とは思えないのだ。特に、君の妹さんの消え方……君の証言通りだとしたら」

「証言通りだとしたら?」


 リンダはJ・Bの見解に思わず息を飲む。


「消えた人間は皆、ニンジャだ」


 次の瞬間、J・Bはリンダに思いっきり張り倒された。


「軽いジョークのつもりだったのだが…」

「何がジョークよ!何考えてンの!」


 リンダは息巻いてJ・Bを睨み付けた。

 J・Bは、そんなリンダを見てはにかむ様に微笑んでみせた。


「これで、少しはリラックスしたかな?」

「え…?」


 リンダはきょとんとした。


「サリィ君が消えたのは君の所為じゃない。そんなに気負いせずとも、我々に任したまえ」

「……そうはいかないわ」


 リンダは嫌々頭を振り、


「五年前に母さんを亡くして以来、あたしがサリィの面倒を見てきたのよ。

 母さんは、赤信号を無視して走ってきた車からあたしを庇って代わりに撥ねられたわ。こと切れる間際、あたしにサリィを任せる、って言って………。

 だから、サリィに何かあったら母に顔向け出来ないし、――何より、こんな訳の判らない別れ方だけは絶対許せない! つまらない別れ方だけは、二度としたくないのよ………!」


 そういってリンダは俯き嗚咽をこらえる。

 小刻みにわななくリンダの肩を見つめ、J・Bは、ふう、と吐息を洩らした。


「……実は私は迷路というものが苦手でね。恥ずかしながら、さっきは道に迷ってしまってね、係員の通用口が漸く見つかったから撤退して来たのさ。――ここは調査の為に、迷路パターンは昨日の事件があってから変更はしていない。どうだい?」


 J・Bは目前に居る、昨日、この迷路に挑んだ美少女の顔を伺って微笑んだ。

 可憐な迷宮案内人は思わず破顔して頷いた。

 こうして、リンダはJ・Bと同行する事になったのである。

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