第2話 出会い
夕日に紅く映える真鍮のノブにか細い手が掛かり、保安室へ入る通用口の扉が開かれた。
室内には誰もいない。現在、この『鏡の迷宮』は、あの事件の為に州警察から営業停止の通達を受け、立ち入り禁止になっていた。
侵入者は室内の左側を伺った。左側の突き当たりには迷宮の壁を移動させる為の操作パネルがある。この迷路は、毎日その迷路が変わる事が売りだった。
不意に、室内の右側からカラカラと何かが回る音が生じ、侵入者は慌てて振り返った。
右側の部屋の突き当たりにある、係員用迷路出入口扉の直ぐ傍の事務机の上では、籠で飼われていた一匹のリスが侵入者に気付いて跳ね回っていた。恐らく、管理人の誰かがここで気晴らしにでも飼っているのだろう。
籠の脇には、分厚いハードカバーの本が山積みになっていた。
殆どの本の表紙のタイトルには、『神』や『神秘学』と言ったオカルトめいた単語が入っている。どうやら、この管理室に居た係員は、流行りのホラー小説に夢中の様である。
侵入者は誰もいない事を確認して、恐る恐る通用口の扉を潜って入室する。
侵入者は慎重深い質なのか、誰も居ないと確認した室内を忍び足で通り抜け、迷路入口の扉のノブに手を掛けようとした。
突然、扉が迷宮内から開けられた。
「きゃあっ!」
侵入者は思わず可愛らしい悲鳴を上げた。
淡い迷宮内の明かりの中には、一人の青年が静かに佇んでいた。
「あ…」
侵入者の頬が不意に紅潮した。この眼前の青年を見た為である。
ライト・ブルーのタキシードを着こなす長身の均整の取れた体に座し、腰まである、襟足より伸ばした美しいプラチナ・ブロンドの長髪を冠する、その精練された美貌に静かに見入られて紅潮を覚えぬ者は恐らくいまい。
「おや…?」
美丈夫は侵入者を前にして動揺する事なく、その狼狽する様を見て微笑んだ。
「実に可愛らしいドロボウさんだな?」
侵入者は胸に高鳴りを覚えた。侵入した事に気付かれた事と――美丈夫の微笑みを見て。
美丈夫の言葉に応える事なく、はにかむ侵入者を前にして、美丈夫は肩を竦めた。
「ここに盗みに入っても、中は鏡だけだから無駄だよ」
「ち、違います!」
侵入者は漸く気を取り直し、
「――あ、あたし…昨日、ここで行方不明になった妹を――」
「サリィ・マクスウェル君の事かな、リンダ・マクスウェル君?」
「えぇっ?!」
美丈夫の言葉に侵入者はこれ以上無いくらいに瞠って驚愕する。
「何故、あたしや妹の事を?」
「失礼」
美丈夫はタキシードの内ポケットから牛革のパスに入った身分証明書を抜き出し、侵入者――リンダの前に差し出した。
「私はFBI(米・連邦検察局)から派遣された、J・Bと申します。君達姉妹の事は参考資料にありましたよ」
「えっ…FBI?」
リンダは、くるっとしたその綺麗な瞳でJ・Bと名乗る美丈夫の笑顔を見つめてきょとんとした。
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