第5話 読み返すのは時間の無駄だからやめたほうがいい

「んな、バカなーーーーーーーっ!」


 だってお試し価格でしょ。それが一千万円ってそんなバカな話ってあるかっ! ぼったくりだ! JAROに相談だ!


「JAROはウソや紛らわしい広告の審査だけだ。ぼったくりには応対してくれないぞ」

「な、なにー!? だったらどこに相談すれば?」

「だから言ったのだ、口車に乗ってはいかん、と」


 いつの間に復活したのか、男が溜息をついた。

 男によると株式会社謎の光はその業界では有名らしく、法律の穴を突いた手口で被害者が後を絶たないとか。

 なんでも地上波では謎の光によってクリティカルポイントを隠しているアニメが、円盤では丸見えになっているのも、実はそのぼったくり金額を支払う為に泣く泣く取られた手段なのだそうだ。


「なんてこったーっ!」


 私は請求書をぐしゃりと丸めて床に叩きつけると、両手で頭をかきむしる。

 そんな、一千万円なんて、一般人の私が支払える額じゃないよーっ

 どうすればいい? どうすればこのピンチから脱することが……。


「って、そうか、分かった。コレ全部夢なんだ。あんたも、この一千万円も全部うにゃあ、とつじぇんにゃにをふるーっ!?」


 男がむぎゅうと私の左右のほっぺたを引っ張ってきた。


「痛いか?」

「いひゃいいひゃい、やめれー」

「ならばこれが夢ではないと分かったのではないか?」

「わひゃった、わひゃったから、手をはにゃせー」


 夢じゃないわ、痛いわで、悲惨すぎるよっ、私。


「まったく一千万ぐらいで取り乱しよって。安心するがよい。それぐらい、はした金である」

「え、ホントに?」

「余は本当のことしか言わぬ」


 マ、マジで!?

 だって一千万だよ、一千万。それをはした金だなんて……こいつ、もしかしたらすんごいお金持ちなのかも。

 おおう、あれほどまでに忌々しかった男が、急に頼れるイケメンに見えてきた!


「えっと……あはは、さっきは本気で殺そうとしてごめんね?」

「うむ、死ぬかと思った」

「でも、ほら、神々読者も困惑してるんじゃないかと心配になるぐらいにまるで何事もなかったかのごとく復活してるじゃん? よっ、さすがはラブコメのプロ。ダメージを引き摺らないその神秘の肉体に痺れる、憧れるぅ~」

「ふふふ、まぁ余にかかれば造作もないことだ」


 男が自慢げに微笑む……こいつ案外ちょろいな。


「それでそのぉ、一千万円の件なのですが……」

「任せるがよい」


 おおう、やったー。ピンチ脱出だーっ。


「なに、一千万ぐらい印税ですぐに入ってくるであろう」

「……は? 印税?」

「うむ。そうだな、タイトルは『全裸のヒロインがモロ手を上げて喜んでいるんだが、俺はどうすればいい?』とかどうであろうか?」

「は? モロ手?」


 ふと、姿見に映る私の姿が見えた。

 すっぽんぽんの私が諸手を上げて喜んでいた……。


「ちなみに『諸手』を『モロ手』と表現したのは、つまりはぐはっ!」

「死ね! 死んでしまえーっ!」


 私はやけくそになって、封印されし黄金のハイキックを男の側頭部めがけて思い切り叩き込んでやった。




「ああ、もうヒロインになるしかないのか……」


 男を再度失神KOした後、冷静になって考えてみた。

 どうすれば一千万円なんて金額を捻出できるのか……人生オワタな方法しか思いつかない。

 だったらまだ男が言うところのヒロインになって、印税を支払いに回すのが一番現実的なような気がする。


「ようやく分かったようだな」

「ちっ。もう復活しやがったか」


 またまたいつの間に蘇ったのか、気がつけば男がケロっとした表情でうんうんと頷いていた。

 さすがはコメディキャラ、ゴキブリ並みのしぶとさだ。


「……ホントに印税でなんとかなるんでしょうね?」

「うむ、余の見立てでは全世界で大ヒットの予定だからな。造作もない」


 こんな作品が全世界でヒットするかぁ? そもそも現時点で既にかなりグダグダだぞ。


「もっとも、そのためにはまず今回のコンペに勝たねばならぬ」

「コンペ?」

「そうだ。お前は知らぬだろうが、世界がラノベとして出版されるには様々な方法がある。その最たるのがコンペだ」

「はぁ」

「今回のコンペに選ばれると、我等の野望は大きな一歩を踏み出すこととなる。もし仮に今回のコンペに落ちたとしても、ここで神々読者の支持を得られれば今後の展開にも弾みがでるというもの」


 男が「モチベーションは世界の発展と継続にとても大切なのだ」と力説した。


「ふーん。で、大丈夫なの? そのコンペとやらに勝てそう?」

「ぬかりない。なんせちょいエロがウケるこのご時勢に、いきなり全裸系ヒロインを投入であるからな」


 いやいや、物語中の九十パーセントでヒロインが全裸って、ちょいエロの域を超えてるぞ、絶対。


「てか、そうじゃなくて。コンペって、つまりは競争でしょう? みんなを出し抜く為にあれやこれやと色々な手を打ってくる人たち相手に、あんたも何か策はあるんでしょうね?」


 もちろん世間から後ろ指を刺されない、真っ当なやり方をキボンヌ。


「ふ。当然である。余はこう見えて戦いは正々堂々と、決してズルなどしないナイスガイであるからな」

「へぇ」


 でも、ナイスガイはいきなり問答無用で女の子を引ん剥いたりしないけどな!


「真に面白い作品は下手な情報戦など挑まなくても勝つものである。ならば作品のクオリティを上げることこそが一番!」

「この作品でクオリティって……。はっ、まさかあんた、まだ私に何かエロースな行為を企んでるんじゃないでしょうねっ!?」


 今でも結構ギリギリなのに、これ以上やったらそれこそ十八禁になってしまうぞ!


「大丈夫だ。例えば漫画の一般紙でもっとエロい絡みを描かれ、神々から神呼ばわりされているプロもおられる!」

「その人、KADOKAWAの人じゃないしっ!」

「それにKADOKAWAの漫画雑誌で連載され、アニメ化にもなった作品の漫画家さんも他社で全裸系ヒロインの日常を描いておられる!」

「だからKADOKAWAでの話じゃないじゃないかーっ!」


 バカなの? すごく不安だよ。


「まぁ、冗談はともかくとして。くっくっく、余がクオリティをあげるべく、作品に仕込んだのは、実はエロではない」

「……ホントに?」

「単なる馬鹿エロコメと見せかけて、さりげなく仕込んでおいたのだが……ところで少女よ、余の名前を覚えておるか?」

「名前? エロ小説さん、だったっけ?」

「ラノベだ! ラノベ・サンタクロース! それが余の名前だ」

「……それが一体どうしたってーのよ?」

「実を言うとな、この作品のコンペに季節指定はないが、選考期間はまさに年末なのだ。誰だって真冬に夏の話なんて読みたくない。実際の季節を合わせるという、こういう細かな心遣いがコンペでは大切なのだよ」

「えぇ、そうかなぁ。それよりもやっぱり作品としての面白さが一番……」

「全裸ヒロインに、季節感ばっちりの舞台、そして主人公の余がサンタクロース。この組み合わせの前に、負ける要素など見当たるはずもない」

 

 おいおい、そのヒロイン様の話を聞けよ……って。


「え、ちょっと待って」


 私がすっぽんぽんなのもアレだけど、それ以上にさっきの言葉は見過ごせないぞ。


「あんたがサンタクロース、だと?」

「そうだ、余はラノベ・サンタクロースであるからな」

「名前だけでサンタクロースらしいところがまったくないじゃん!」

「何を言っておる。ちゃんと赤を基調とした服を着ているではないか」

「それ、サンタクロースのつもりだったの!? 私はてっきり一般人より三倍早い人のコスプレだとばかり思ってた!」

「さすがの余でも三倍早くは無理だが、三割うまい話なら作れるかもしれん」


 三割ってしょぼっ! おまけにそのネタは全国では通用しないぞ。


「ダメだー、季節感じゃなくてやっつけ感が上回ってるよー」


 私はしゃがみ込んで頭を抱えた。

 ああ、美少女の私がまさに文字通り体を張って頑張っているというのに、アホが足を引っ張るよーっ!

 ええい、こうなったら今からこのアホをベッドからの雪崩式バックドロップで永眠させるしかない!

 雪崩だけに冬らしいでしょ?


「それもかなり苦しくはないか? そもそも『雪崩』は冬じゃなく春の季語なんだが?」


 それからバックドロップじゃなくてフランケンシュタイナーがいいって、そんなのまっぱで出来るか! 


「だったらどうすればいいんだよーっ!?」

「慌てるでない。先ほど言ったであろう、クオリティをあげるべく、作品に仕込んである、と」

「どこに? こう言っちゃなんだけど、あんたは全然サンタクロースらしくないし、ここまで冬らしい要素なんてこれっぽっちもないぞ」


 それどころか私、ずっとすっぽんぽんだからな。エアコンで適温に暖められている室内の話とはいえ、絶対おかしいって思ってる神様読者もいたはずだぞ。


「くっくっく、何も正攻法だけが全てではあるまい。小説には小説ならではのやり方があるのだよ」

「と言うと?」

「ふふふ、実はここまでの各章の最初の一文字に細工をしておいた。なんと、それを読み綴ると『く・り・す・ま・す』になる!」

「おおっ!




(確認中……確認中……確認中……)





 って、全然なってないじゃん!!!」

「なっ!? 神でもないお前が何故読める!?」

「それどころか、真面目に読み返してみたらむしろ馬鹿にされる言葉が現れたぞ!」

「バカモノ! そう言っておけば、面倒くさくて確認しない神々をまんまと騙しおおせたのになんてことをしてくれたのだ」

「あんた、マジでサイテーだな!」


 ホント、こんなヤツ絶対サンタクロースじゃない。


「てか、サンタクロースならプレゼントぐらい持ってこいよぅ」


 そうすれば多少はサンタっぽくなるのに。


「あるぞ、プレゼント」

「ホントに? いや、ちょっと待って。もしかして『この物語が神々への最高のクリスマスプレゼントだ』なんて寒いことを言うつもりじゃ……」

「は……はは、な、なにを馬鹿なことを」

「どうだか」


 だったらその図星とばかりにダラダラ流れる汗をなんとかしろよ、おい。


「それよりもプレゼントはいるのか? いらないのか?」

「あんたのことだから、どうせしょーもないものなんでしょ」

「それはどうかな?」


 男がパチンと指を鳴らした。

 するとどこからともなくシャンシャンと音が聞こえてくる。

 あ、目の前の空間がまた歪んだ!


「さぁ、これがお前へのクリスマスプレゼントだ」


 偉そうに両手を広げてみせる男の足元に、いかにもプレゼントとばかりに包装された大きな箱が現れた。


「……結構大きい」

「うむ。当初はもっと小さなプレゼントであったのだが、事情が事情ゆえに急遽変更させたのだ」

「事情で急遽変更?」

「うむ。余はその時一番欲しいと思われるものを贈ってこそ最高のプレゼントだと思っておるからな」

「一番欲しいもの……はっ!?」


 それってまさか……。


「当初予定していたものも素晴らしいものであった。が、今となってはむしろこっちであろうと自負しておる」


 私が今一番欲しいもの……突然の変更……そして、このジェラルミンケースのような大きさの箱……。


「さぁ、どうか受け取って欲しい」


 間違いない! 一千万円だっ!


「あ、あんたって本当はいいヤツだったんだ……」


 う、不覚。なんだかホッとしたら涙が出てきた。

 でもしょうがないじゃないか。やっぱり一千万円の負債という心的負担は大きかったんだ。


「ふ、泣くでない。これぐらいは当然のことだ」


 男は頬の涙を優しく拭き取ってくれると、それよりもプレゼントを開けてみるがいいと促してくる。


「……うんっ!」


 私は笑顔で頷いた。

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