第4話 素晴らしき哉、謎の光!
さわやかさ、とは正反対にあるような顔だった。
具体的に言うと、大きな目は細くアーチを描き、これまた大きな口をめいっぱいに広げ歯を見せたその顔は、とても強欲そうだった。
そんなのが壁から、文字通り顔を出している。ああ、もう今度は一体なんなんだよ……。
「あ、ワテはこういうモンですわ」
驚く私に、顔が名刺を歯から差し出してくる。
「えーと、まっぱな女性の味方企業・株式会社謎の光……?」
壁から顔を出してくるだけでも十分怪しいのに、会社名がさらに輪をかけている。なんだよ、謎の光って、新興宗教か?
「なにっ!?」
でも、何気に読み上げた会社名を聞いて、自称・漫画男に動揺が走った。
「いかん! そいつの口車に乗ってはいかんぞ!」
おっ、なんだ、男のこの慌てよう。これはもしかしてこいつをぎゃふんと言わせるチャンス到来か?
「あー、男の人はみんなそう言いますねん。女性の味方、イコール男の夢にとっては敵やさかいなぁ」
「男の夢の敵……それは一体どういう?」
「まぁ、それは見てもらったほうが分かりやすいでんなー」
そう言うと顔はガバッと目を大きく見開いた。
「……おおっ!?」
一瞬何も起きてないように思えた。が、何気に視線を降ろしてみると、どこからか私の胸と腰まわりに強烈な光が浴びせられ、眩しくて見えなくなっている!
「これぞ業界初、異次元からの光の照射で乙女の大切な部分を完璧にガードする『謎の光』ですわ」
顔に促され、私は恐る恐る胸を隠していた右手を離してみる。
おおっ! 素晴らしい! 光のおかげでぱいぱいが見えない!
「ああ、なんてことを……!」
男の嘆きをよそに、私は股間からも手を離す。やはり胸同様、花園の様子は微塵も窺い知ることは出来なかった。
「異次元からの照射やから光源を隠される心配もありまへんねや。もちろん被写体の動きにリアルタイムで反応しますさかい、どんなに動き回っても」
とりゃー。おりゃー。あちょー。
おおっ、すごい、暴れまくっても光のおかげで全然見えない!
「しかも今なら本契約の前に、お得なお値段で五分ほど謎の光を体験できる『謎の光お試し価格キャンペーン』を実施中ですねん」
なんとっ、そんな心憎いサービスまで!
素晴らしい、素晴らしいですぞ、株式会社謎の光。
「くっくっく。イケる! これはイケるぞ!」
私は光の鎧を身に纏い、両手を腰にあてて男の前に立ち塞がる。
「なんてことだ、そんなポーズを取っているのに何も見えないとは……」
「わはは。さて、神への祈りは捧げたか? 辞世の句の準備は? 遺産相続で揉めないための遺書はOK?」
「どれもまだ済ませてない。ちょっと時間をくれないか、なに、四十分もあれば」
「四十秒で支度しな! てか、お前は今すぐ死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
きっちり五分後。
謎の光のお試し期間も終わり、再び両手で股間と胸を隠す私の前に、男がボロ雑巾のような有様で打ち倒れていた。
「はぁ、スッキリした!」
「うわー、あんさん、エゲつないでんなぁ。死んだんちゃいますか、これ」
「大丈夫だって。こいつ、さっきコメディなら核攻撃にも耐えるって言ってたもん」
「怖っ! そんな言葉を信じて、ここまでやったんでっか?」
「何言ってんのさ。私にやったことを思えば、これぐらいで終わったのはむしろ感謝して……おっ!?」
意識を取り戻したらしく、男が仰向けのまま、私に震える手を伸ばしてくる。
「もう少し死んでろ!」
「ぐはっ!」
そんな男のどてっぱらにヤクザキックをお見舞いする。
だって、もう少し気絶してもらわないと着替えられないじゃないか。
「鬼や! あんさん、鬼の子や!」
「うっさいなぁ。それより助けてもらっておいて悪いんだけど、もういいよ」
私は腕で胸を隠しながら、顔に向かって手をひらひらと振る。
「は? それはどういう意味でっしゃろ?」
「悪は滅びた。だからもう謎の光はいらないじゃん?」
「はぁ、つまりはお試しだけで終わりってことでっか?」
「そゆこと」
満面の笑みで頷いてみせた。
再び気絶した男の顔を足の裏でぐりぐりと踏みながら。
うだうだしつこいようなら、お前もこんな目にあわせるぞと言わんばかりに。
「そうでっか。じゃあ仕方ありまへんな」
おっ? 意外とあっさり引き下がるじゃないか。
「んじゃ、また何かあったら呼んでくださいや」
「そんなのないない」
「まぁ、そんなつれないことおっしゃらんと。ああ、それからお試しキャンペーンの請求書は後ほど送りますさかい、よろしゅうお願いしますわ」
そして顔はほなさいならーと、あっさり消えていった。
また部屋には私と男だけ。でも、男は気絶していて、久しぶりに静寂が戻る。
よしよし、これで邪魔者はいなくなったぞ。では今のうちに着替えを済まして、男を燃えるゴミに捨てに行こう!
まったくクリスマスイブだってのにえらいめにあった。この世界をラノベにするだの、世界が終わるだの、そんなのより私の純潔のほうがよっぽど大事だってんだ。
「てことで、とりあえず着る物を……っと!?」
不意に目の前で空間がうにょりと歪んだ。
今度はなんだ!? と思わず身構えるも、ただ一枚の紙が現れて、ひらひらと床に落ちるだけ。
拾い上げて見てみると、それは株式会社謎の光からの請求書だった。
「なんだよー、びっくりさせるなよーってうえぇぇぇぇ!?」
安堵したのも束の間、そこに書かれた金額につい変な声が出る。
「一、十、百、千、万……」
数字の位を読み上げていく。
「い、い、い、一千万エーーーーーーーン!?」
驚きの請求金額に思わず口からエクトプラズムが出た。
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