第十一話 僕が恋する人
こちらに迫ってくるサキに眞白は静かに本心を告げた。
「サキさん、俺、サキさんのこと嫌いだわ」
「えっ?」
サキの笑顔が固まった。
それもそうだ。たった今、体を許そうとしていた人物に嫌いだと言われたのだから。
眞白は、自分の顔もポーカーフェイスを発動しきれずこわばっているのを感じる。
受け入れたとはいえ、自分のこの感情を認めてしまうのがどこか怖いのだった。
「ごめん、俺、好きな人他にいるんだ」
サキを見た瞬間にではなく突然訪れた吸血衝動。
そして自分の後ろから聞こえてきていた足音。
その意味は一つしかなかった。
眞白は、ユリアが好きなのだ。
「なんで!」
うつむくサキに眞白は同情を隠し得ない。
サキにとって、担任から救ってくれた自分はヒーローのようなものなのだろう。
眞白はサキの心中を察する。
「おかしいわよ……あんたごときが」
「あんた?」
サキの口調と表情が突然代わり、眞白はびくりとした。
恐ろしいその様子に背筋がぞわりとした。
「サキさん? 大丈夫?」
そんなに自分に断られたことがつらかったのか。
眞白はそっと彼女に尋ねる。
「大丈夫なわけないでしょ! こんなに頑張ってこいつねらってたのに、何度も何度もよくわからない力で邪魔されるし、いい加減にしてよ」
こいつ、とサキがさすのは床で伸びている担任教師だ。
眞白の頭は混乱する。
あれ、コンドームの件といい、家での名前呼びの件といい、サキは自分のことが好きなのではなかったのか。
「サキさん、それってどういう……」
「ああ、もう鈍いわね。あたしは、人間の”精”を吸って生きてるのよ」
サキの突然の宣言に、眞白は驚き逆に冷静になる。
人間の”精”とは血液のことだろうか。
つまり、彼女は自分と同じヴァンパイアなのだ。
でもそればらば納得できる。
彼女がアキの催眠をはじいたことに。
『だとしたら……』
忠告しなければならない。
この担任教師が重大な問題を抱えていることを。
「サキさん、こいつ、HIV感染者だよ」
「なんであんたがそんなこと知ってるのよ」
一瞬、眞白の言葉に驚いたサキだったが、すぐに冷静になって疑いを含んだ目で見つめてくるサキ。
眞白は、こうなったらしょうがないと”人間”の前で眞白は自分の秘密を暴露することにする。
「僕、吸血鬼なんだ」
眞白の言葉に、サキは納得してからにやりと笑う。
「……なるほどね。それであたしの誘惑をはじいたわけか。特殊能力は人間にしかかからない」
そんなサキに、眞白は再び忠告した。
「だから、サキさんも同じ吸血鬼なら、こいつの血なんて……」
「はぁ?」
眞白の言葉をサキが途中で遮った。
自分が吸血鬼と言われたことに、かなりイライラしているようだ。
「あたしには、そんなの関係ないわね。あたしたちは、吸血鬼と違って丈夫にできてるの」
イライラしながら、しかし自信満々に言うサキ。
吸血鬼と違って……?
その言葉に驚く眞白へとサキは声高らかに宣言した。
少し顔を赤くしながら。
「あたしはサキュバスのサキ様よ! あたしの行動は、誰にも邪魔されちゃいけないの! 眞白、あんたは私の生贄となりなさい。このあたしが好きになったのよ、あたしのために働きなさい」
「サキュバス? 好き?」
眞白の頭はぼんやりとして、サキの発言を処理できなかった。
だからこそ眞白は、ここにいるもう一人のパニックに、対処できない。
「サキ……ちゃん?」
廊下の先で、体の力が抜けてしゃがみこむ一人の生徒。
……ユリアだ。
「え。ユリアちゃん?」
サキはうろたえた。
眞白も、驚きから解放されておらず、彼女のパニックに対処できない。
眞白はそもそもユリアがここにいるのを知っていたわけだが。
なぜなら、ユリアがこの場にいないとサキが嫌いな自分の、吸血衝動が説明できない。
ユリアは、眞白やサキ以上のパニックになっていた。
その様子を見て、眞白は少し落ち着きを取り戻す。
恋する人のピンチに、なにもできないでどうする。
眞白は、持ち前のポーカーフェイスを顔にはりつけて、必死にユリアのフォローに向かう。
「ユリア、気持ちはわかるけど落ち着いて。僕ら危害は加えないからさ」
しかし、眞白の言葉を受けてもユリアはあたふたとしている。
まあ、同級生二人が人間でないことを知ったのだ。
その衝撃ははかりしれ……
「私の好きなサキが、眞白なんかのこと好きなわけない!」
眞白の思考を砕くようにユリアが叫ぶ。
ユリアが、サキを好きだって……?
眞白は再び思考を混沌の中に叩き落される。
最終的にその場で一番落ち着いていたのはサキだった。
サキは、ユリアに近寄っていき、耳元で静かに確認した。
「ユリア、あなた、あたしのこと好きなの?」
サキの問いかけにユリアは顔を赤くしながら、小さくうなずいた。
「うん」
サキは事実を確認するとうんうん、とうなずいた。
彼女だけが一人状況を理解し、整理していく。
いや、一人と一匹か。
「サキさんはサキュバスで、ユリアは百合だってさ」
眞白の鞄の中からワトソンがちょこんと顔を出して言った。
「あら、あなた、眞白の使い魔?」
サキは、ワトソンに興味を示す。
ワトソンは、サキの胸へと飛び込んでいった。
サキはそれを止めもせず、胸に止まったワトソンと何やらこそこそ話した。
「そっか、眞白君はあのウイルスを撲滅しようとしてるんだ」
しばらくして、サキは悪魔めいた笑顔を顔に受けべた。
眞白の頭は依然真っ白だった。
同級生の女の子サキはサキュバスで、
幼馴染のユリアは百合……。
彼にとって、自分の恋が終わりを告げたことこそが重要だった。
しかし、サキの一声でその状況もくるりと覆される。
「ねえ、良い提案があるんだけど」
いつのまにか、ワトソンを肩に乗せたサキは、ヴァンパイアのようだった。
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