第十話 受け入れる

 眞白は、ホームズ1号を放つとともに腕時計の地図表示機能をONにする。

 そして、自分の机へに腕をおいてうずくまった。

 具合の悪い学生、のポーズだ。

 トイレに行くだけで、何かあるとも思えないが、有事の際は保健室へ行くことを理由に教室から離脱するための前準備。


「どれだけ遠いトイレに行くんだ?」


 眞白は、腕時計の地図を監視しながらつぶやく。

 サキは教室から一番遠いトイレに向かっているようだった。

 それもわざわざ職員室の前を通って。


 眞白の地図上で、サキと担任二つの点がすれ違う……と思ったのだが、担任の点がサキの後を追うように移動を始めた。


「まずい」


「そろそろ授業を始めますよー」


 一時限目の数学の担当である数学教師が教室へと入ってくる。


「先生、具合悪いので保健室行ってきます」


 眞白は手をあげ、発言するとゆらりと鞄を持って席から立ち上がり、何人かの机に軽くぶつかってから、廊下へと向かった。


「大丈夫? 眞白君、気を付けていくのよ」


 担任はそんな眞白の様子に疑うことなく、保健室へ行くことを許可する。


 教室を後にした眞白は、急ぎ足で現場へと向かう。

 時計のダイヤルを再び回し、担任に追尾させているホームズ2号を起動させる。

 時計に映像が映る。

 はぁはぁと小さく呻く担任教師の声もつけたイヤホン越しに聞こえてきた。

 担任の肩に乗っているであろうせいで、ぶれるホームズ2号の視界。

 しかし、その視界にはサキが確かに映っていた。


『あれっ、行き止まり?』


 いつの間にかトイレを通りすぎていたサキが声を挙げる。


「方向音痴か?」


 眞白は唇を噛んでつぶやく。

 眞白は早歩きをしていたが、到着までには時間がかかりそうだった。


「校内で使うわけにはいかないしな」


 自分の足に付けられた小さな器具を見つめる。


『サキさーん?』


 時計の中では、サキと担任教師が出会ったところだった。

 眞白はさらに足を速める。


『せ、先生!? また、襲うつもりですか?』


 サキが恐怖を顔に浮かべる。


『またってなんだよ。俺は君を襲ったことなんてないよー? まあ、これから襲うんだけどね』


 にやにやと笑う担任教師。

 そんな様子を見て眞白は一言言葉を吐き出す。


「狂ってる……」


 学校でまで本性を出すなんて相当追い詰められてるんだな。

 眞白は、そんな察したくもない担任の心中を考えてしまう。

 いつのまにか、二人の声が肉声で聞こえる地点まで着ていた。

 眞白は、物陰に隠れ、二人の動向をうかがう。


「そんな……!? 今朝私のことを襲っておいてそんな言い方!」


「なにを言ってるんだ?」


 心底、わからないという風に頭を傾げる担任教師。


「襲ったじゃないですか! あれで、あなたはもう警察につかまっていたはずなのに……」


「俺が捕まるわけないでしょ。兄さんと違って、俺は慎重だからな」


 担任が、そう言いながらサキの腕に手をかける。


「うっ」


 そんな様子を見た眞白の体を突然の不調が襲った。

 吸血衝動だ。

 

 体が自分の意思では動かなくなっていくのに必死で抗い、眞白は自分の鞄から小さな水筒を取り出す。


『吸血衝動を和らげるには、血を飲むのが一番です』


 マスターの言葉が頭の中で何度も反響している。

 眞白は必死に、豚の血をあおるようにぐびりと飲んだ。


 血が口の中に舌になじんでいき、体のつらさが取れていく。


「ふぅ」


 眞白は、目の前で今にも襲われそうなサキを見ながら、ため息をついた。

 眞白の心は決まっていた、自分の気持ちを受け入れなければならない。

 ため息には三重の意味があった。

 眞白は、発明品で強化された自分の感覚を信じる。


「先生! 何やってるんですか」


 一つ目は、自分がこの体質に振り回されているのが情けないから。

 眞白は二人の前に飛び出した。


「眞白君!」


「お前、なんでここに!」


 二つ目は、この同級生があまりに何度も襲われるから。

 眞白は担任の腕を掴む。


「先生、サキさん嫌がってるじゃないですか、離してあげてくださいよ」


「なんだよ、お前もこいつに惚れている口かよ」


 そして三つめは、自分が同級生に惚れているということが確定してしまったからだ。


「違いますよ!!!」


 そう言って眞白は、サキの傍にいる先生を投げ飛ばした。

 機械のおかげで増強された眞白の力は、人間一人を軽々と宙に浮かせる。


「あ」


 情けない声とともに、担任教師が床へと突っ込んだ。


「ふんっ」


 眞白は、担任教師からふいと顔を背けると、その場から去ろうとする。

 そんな眞白を止めるものが一人。


「眞白君、ありがとう。かっこよかった」


 サキは、そう言うと、妖艶な笑みを浮かべて眞白の方へとすり寄ってきた。

 そんなサキの醸し出す雰囲気に眞白は違和感を覚える。

 いつものサキじゃない。


「サキさん、どうしたの?」


 サキの手は、眞白の首を優しくなで、胸の敏感な部分へと向かう。


「私、お礼したいな」


 初めての出来事に眞白は狼狽した。

 やってしまえば、血をもらうなんて、簡単と言っていたアキを思い出す。

 自分の本心を受け入れた眞白がするべきことは一つだった。


「サキさん、俺……」


「わかってる、眞白君。好きにしていいよ」


 サキが、うるんだ目でこちらを見ている。

 眞白はごくりと唾を飲み込んだ。

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