第九話 襲われる同級生

 サキが担任に襲われる事件から一夜明け、眞白はサキの家へと来ていた。

 時刻は早朝、まだサキが出かけているとは考えにくい時間だ。


「まだかな」


 眞白は少し冷えるな、と体を小さく震わせてからつぶやく。

 待ち伏せが見つかったら少々厄介なことになりそうなので屋根の上で待機中だ。


「僕って、サキさんのこと好きなのかな」


 眞白は一人静かに屋根の上で考える。

 昨日覚醒したんだから、多分初めて話したサキさんのことが好きなんだろう。

 あんなこともあったし、同情して好きになったとか?

 いやいや、そんなことありえない。

 でももし、自分がサキのこと好きなら、この間の様子といい可能性があるのではないか……。


 眞白がもんもんと考えていると、バッグの中からちょこんとワトソンが顔を出した。


「出てきちゃ駄目だよ、ワトソン」


 眞白が窘めるが、ワトソンはそんな眞白の言葉を無視する。


「遅くないか?」


 眞白は自分の時計を確認する。


「え!?」


 考え事をしすぎたのか、学校のSHRまで15分しかない時刻だった。

 今から電車に乗って学校まで行ったのでは、間に合わない。

 眞白は、慌てながらサキの部屋の様子をうかがうった。

 カーテンが閉まっていて、中の様子が見えない。


 眞白は舌打ちした。


「こんなことなら、サキさんにも監視システムつけておくべきだった」


 そして、自身の脚力を増大させるために、時計についた小さなダイヤルを回す。


「ワトソン、バッグに入ってて」


 眞白はワトソンの入ったバッグを抱きかかえると、増強された脚で加速し、学校へと急いだ。



  キーンコーンカーンコーン


 チャイムの音とともに、眞白は教室へと入る。

 やっぱり軽量化版は、疲労がすごいな。改善の余地ありだ。

 そんなことを考えながら、額の汗を拭き、自分の席へとつく。

 ほっと一息ついた瞬間、眞白の机の上に影が落ちた。


「まーしーろー?」


 眞白は、声の主に気付いてこわごわと視線をあげる。


「えっと、ユリアさん? どうしたの?」


「どうもこうもないでしょ!! あんた、昨日サキをちゃんと送り届けたんでしょうね!!」


 眞白は、ユリアの何も知らない様子に一瞬びくりとするが、すぐにアキのことを思い出して、納得した。


「そっか、アキさんの催眠術で昨日はなにもなかったことに……」


「なにぶつぶつ言ってんのよ。いいから早く答えなさいよ!」


 つぶやく眞白に、鬼のような形相のユリアが迫った。


「あんたが昨日ちゃんと送り届けなかったから、今日サキは来てないんじゃないの?」


「昨日はちゃんと家まで送り届けたよ」


 眞白は、申し訳なさそうな顔を作りながらユリアに言う。


「じゃあ、なんでサキ来てないのよ」


 ユリアは、サキの机を指さして言う。

 そこには、主のいないイスと机が一セット。


「ごめん、わからないよ」


 眞白が俯きながら言う。

 その時、教室に美しい声が響きわたる。


「眞白君、ユリアちゃん、どうしたの?」


 この声は……


「えっ、サキ?」


 話題の中心人物であるサキだった。


「うん、私だよ。ユリアちゃん」


 サキは、少し疲れた様子だったが笑顔を見せた。

 ユリアは、ほっと息をつき肩をなでおろす。


「よかった。無事だったのね」


「無事、ね。一応は」


 眞白はそんなサキの様子に引っ掛かりを覚えながらも、二人に席に座るよう促した。


「ほら、サキさんも無事だったし、二人とも席について。HR始まっちゃうよ」


 眞白の催促にユリアは、しぶしぶという様子で自分の席へと戻って行った。


「先生、来るのかな……」


 サキはそう小さくつぶやきながら、自分の席へと戻って行く。

 眞白は、自分の耳を疑ったが、確かに聞こえた。


 サキが、自分の席に座ったタイミングで、担任教師が教室へと入ってきた。


「ほらー、みんな席につけー」


 いつもと変わらない様子の担任教師。


「なんで……?」


 その様子を見てつぶやくサキの言葉を眞白は聞き逃さない。


   キーン


 耳鳴りがして通信を知らせ、眞白の頭の中でトウマの声が聞こえる。


『眞白君、聞こえるかい?』


『聞こえます』


 眞白は口や表情に出さずにトウマと会話する。


『さっきさ、また君の同級生がアイツに襲われてたから、助けといたよ』


 眞白はそのトウマの一言でサキの様子に納得する。

 襲われたのならしょうがない。

 しかし、トウマの次の言葉が眞白に疑問を抱かせた。


『アキさんの催眠かけといたから、二人とも覚えてないと思うけどね』


『え? それ本当ですか?』


 眞白はトウマに尋ねる。


『本当だよ。僕が正義の味方みたいに止めに入って、一緒にいたアキさんが二人に催眠をかけたんだから』


 鼻高々というように、トウマは言う。

 眞白は、クラスの正面でいつも通りにSHRを進行する、担任を見てから、自分の席で唇を噛んでいるサキを見つめた。

 そして判断する。


『同級生に催眠がかかってないようなんですが』


 眞白の言葉にトウマが息を飲む。


『そんなのありえないわよ』


 そして通信にアキの音声が加わる。

 ずっと聞いていたのだろう内容を理解していて声が荒れていた。


『でも、そうとしか見えないんです』


『私の催眠は、人間相手なら百発百中よ? 吸血鬼の特殊能力は、人間にしか効かない代わりに絶対なんだから!』


 まあまあ、とトウマが慰める。


『急いでいたのもありましたし、うまくかからないってこともありますよ。河童の川流れ、猿も木から落ちる、です』


 急いでいた、という部分が引っ掛かり眞白は尋ねる。


『何かあったんですか?』


『いや、昨日の件で何とかアイツを捕まえられないか、警察の古い知り合いに聞こうと思ってその約束の時間ぎりぎりだったんだ』


 眞白はその言葉に通信だけでなく、小さくため息をついた。


『それなら、今回助けたときにそのまま警察に突き出せばよかったじゃないですか。この前の時と違って、密室とかじゃなかったんでしょ?』


『あ』


 二人の声が重なって聞こえる。

 眞白は小さくやれやれと首を振った。


『眞白君、ごめん。僕ら気付かなかった』


「それじゃあ、SHRを終わるぞー」


 担任教師がそう言って教室を後にする。


『まあ、しょうがありません。次の機会を狙いましょう。それじゃあ、もう少しで授業なので失礼します』


 眞白は、二人を慰めてから通信を切り、ふぅと再び小さくため息をつく。

 そして、自分の前方斜めの方向にあるサキの席を見つめる。

 それにしても、なんでこうも彼女ばかり襲われるのか。


 サキの席にはユリアがいて、今朝はどうしたのか、と問い詰めているようだった。

 眞白は、強化された耳でそれを聞き取る。


「サキ、本当に大丈夫なの?」


「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう、ユリア」


 サキは先ほどの少し疲れた様子とは異なる、華やかな笑顔を浮かべて言った。

 その笑顔を見て、眞白は一瞬さっきのは自分の考え違いだったのではないかと疑うが、すぐに気づく。

 あれは、自分と同じ類の笑顔だ。

 ポーカーフェイスの笑顔だ、と。


「ごめん、トイレ行ってくるね」


 サキはそう言うと、席を後にした。

 ユリアがついて行こうとするが、彼女がそれを手で制する。


 教室を出て行く彼女を見て、眞白は筆箱から小さな小さな機械を空中に放つ。


『……行け』


 ハエ型の監視システム、ホームズ1号だ。

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