第八話 決断せねば

 楽しそうなアキを必死に止めようとする眞白。


「僕の初恋の相手がわかったとして、クラスメートの血を飲む気はありませんよ!」


 そんな眞白に、マスターから衝撃の事実が告げられる。


「眞白さん、血を飲まないと特殊能力が使えなくなりますよ」


「えっ。それ、ほんとですか?」


「眞白さんは、私が特殊能力を使っているのをご覧になったことがありますか?」


 そういえば、と思い、眞白は首を振った。


「私はつい100年ほど前に、最愛の妻をなくし、それ以来血を飲んでおりません。もともとは、人の心を読む能力を持っていたのですが。今は、もう使えません」


「それは……なんか、ごめんなさい」


 マスターの悲しげな表情に眞白は思わず謝る。

 すると、マスターはゆっくりと首を振った。


「いえ。血を飲んでいないのは、私の決断です。眞白さんが気にすることじゃありません」


「でもー。眞白ちゃんはそーはいかないよね?」


 アキが眞白へ詰め寄ってくる。


「僕の発明する力がないと困るって言いたいんですか?」


「そうそう」


「眞白君の力がないと、この近隣のHIV患者を監視することが出来なくなるからね」


 アキの相槌にかぶせて、トウマが申し訳なさそうに言う。


「でも、一応監視システムは完成してますし、これ以上新しい発明はいらないのでは……?」


 能力目的でアキにもてあそばれるのが嫌で、眞白は必死に食い下がった。


「そうねー、新しい患者が増えなければ、の話だけど」


 アキはそう言って悲しげに笑う。


「患者のうち、気づかずに感染を広めようとする人多いですもんね」


 ウイルスのせいで家族を失ったトウマの言葉が重くみんなにのしかかった。

 そんな中で、ヴァンパイアたちの空気を無駄に読んだワトソンが元気よく言う。


「そう言えば、トウマ。あの担任教師に気付かせれたかー?」


 ワトソンの言葉にトウマはどうだろうと首を傾げる。


「一応、彼の家にレッドリボンのパンフレッド一式置いてきたけど」


 眞白含むその場の全員の視線は担任の部屋の映るモニターへと注がれた。

 担任教師はたった今起きて、自分の部屋の郵便受けを探りに行くところだった。


「私の催眠で記憶をちょーっといじって、今日は学校から早く帰って寝てたことにしてるわ」


 アキの言葉に、眞白はなるほどとうなずく。

 緊張して見つめる一同。


「あっ」 


 そして全員の声が重なる。

 担任は、レッドリボンのパンフレッドを一瞥すると、ゴミ箱にぽいと捨てた。

 全員からため息が漏れる。


「やっぱり、パンフレッドだけじゃ、当の本人たちは気づいてくれないんですよね。この人以外もそうでした」


「私たちヴァンパイアがした血液検査なんて信じてもらえないしね」


「本人たちが気付かないんじゃ俺のレッドリボンも無駄ですね……」


 トウマがうなだれる。

 眞白は慌てて彼を慰めにかかった。


「トウマさんの運動は決して無駄じゃないですよ。だって、それを知った感染者のパートナーが、予防をしたり検査を受けたりするかもしれないじゃないですか! それに俺だって、アイツのいる学校にわざわざ入学したのにまだ何も出来てないですよ」


「眞白君は、今回あの子を守ったろ?」


 眞白の言葉に、トウマは悲しげな目で言う。君は役に立っているだろう、と。


「あ、それはたしかに……でも、トウマさんがユリアの怪我をなおしてくれたんでしょ? 無事に事件が終わったのはトウマさんのおかげですよ」


「そう……かな? そうか、よかった」


 眞白の言葉にトウマは嬉しそうに言った。


「おい、トウマ。お前はユウマに比べてネガティブすぎるんだよ。もっと自信を持てよ!」


 ワトソンがトウマの頭でピョンピョンと跳ねる。


「こら、ワトソン。やめなさい」


「眞白、怖いー!」


「きゃあ、ワトソンちゃん。もう、かわいい子ね」


 眞白の叱責とともに、ワトソンはトウマの頭を離れてアキの胸へとダイブした。


「それにしても、兄弟そろって感染者ってどういうことなんだろーな」


 そして、暗黙の了解の上にみんなの間で話されていなかったと思われる話題を眞白たちの中に投下する。

 眞白も考えなくはなかったことだ。なぜ、二人して感染してるんだろうと。

 兄弟で……? いや、考えたくない。


 眞白は、自分の頭をぶんぶんと振ってその思考を振り払う。

 そして眞白は、こわごわ周りを見つめる。

 みんなどんな表情をしているのだろうと。

 しかし、見てみると全員とも特に気にした様子もないようだった。


「まあ、母子感染とか、輸血とか……いろいろあるでしょうよ」


「え!? 兄弟でしたとかじゃ……」


 眞白がアキの言葉に思わず反応すると、マスターから窘める声が飛んだ。


「眞白さん、感染経路をたどるのは大事ですが。妙な邪推は厳禁です」


「はい……」


 自らの不用意な発言に眞白は落ち込む。


「まあ、確かにその可能性もあるけどね」


 不謹慎にもにやにやと笑うアキ。


「アキさんもマスターの言葉に従ってください。邪推よりも、本人たちの自覚が大事なんでしょ。だって、HIVはヴァンパイアじゃなくても死に至らしめるウイルスですからね? 発病してからでは遅いんですよ。早く病院に行けば、それだけ長く発病を抑えて、普通の生活を送ることが出来るんです。そのこと、ちゃんとわかってますか? 感染者に変な偏見もっちゃ駄目なんですからね!」


 トウマが怒涛の勢いでアキへと詰め寄る。


「そ、そうね、ごめんなさい」


 アキはしどろもどろになりながら、同意した。

 しかし、次の瞬間にはさっきの表情はどこへやら一転して笑顔を浮かべて眞白に言った。


「と、言うわけで眞白坊ちゃん。明日までに自分の好きな人確認してくること、これ宿題!」


 トウマの熱意にあてられた眞白は、癪に障ったがアキの言葉に小さくはい、と同意してその日家へと帰った。

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