第五話 ヴァンパイアの能力

 眞白は夕日に沈む街を駆ける。


 自分の能力を信じて。


 自分の才能を信じて。



 と言っても、彼の信じるはヴァンパイアの力ではない。


 彼の全身に付けられた機械たちが静かにうねる。


『……先生、どこへ行くんですか』


 彼の耳から聞こえるのは、サキの声。

 眞白は路地を走りながら、腕時計型の機械をいじり、地図を作動させた。


「この方向、自宅じゃない。……ホテルか」


 担任は、自身の自宅とは逆方向に進んでいる。

 向かう先にあるのは、さびれたホテル街。

 多少お金のある人間なら絶対に立ち入らないほど汚いラブホ達が並ぶ一角だった。


『くっくっく、お楽しみだよ』


 担任教師がおかしそうに笑った。

 眞白はその声で吐き気を催すのを懸命に阻止しながら、思考を巡らす。


「人には見つかりにくい、か」


 そうつぶやいて、天を仰ぐ。

 左右のビルは高かったが、かろうじて飛びあがれそうな高さだった。そう距離はざっと15階分。


「助けてやるよ、相棒」


 そう言って、ワトソンがにやりと笑う。


「行くよ、ワトソン」


 眞白の掛け声とともに、ワトソンの羽が大きく膨れ上がり、空を力強く打つ。

 ビルの欄干に手がかかり、眞白は曲芸師のような動きで屋上へと着地した。

 瞬時に羽がしまわれる。


 間髪入れずに眞白は地図の方向へと走り出した。

 脚力を増強している今の状態では、地図の場所まで30秒……


「間に合えよ」


 眞白はつぶやきながら駆ける。

 耳の中では、まだ声が聞こえている。


『先生、ここって……』


『ああ、君の考えている通りだよ。くっくっく』


 再び聞こえる気味の悪い声に眞白は顔をしかめた。


『さあ、入るんだ』


「まずい」


 音声を聞いた眞白が地図をちらりと見る。

 サキたちを示す点とは別の一つの点が地図内へと入る。

 眞白の点だ。


 それを確認した眞白が、正面を向くと、そこにはホテル街が広がっている。

 眞白の右目にレンズが展開され、視力が増強される。


「あっ」


 眞白の目は、二人がホテルへと入っていく所を捉える。

 入ってしまえば、手が出せない。


「待って……」


 眞白は手を伸ばすが、二人は遥か遠く、届かない。

 眞白の加速は止まり、彼はビルの上ににへなへなと座り込んでしまった。


 頭の中で、嫌がるサキの姿が繰り返し映し出される。


「また、守れなかった」


 眞白は、涙を流しながらぽつりとつぶやく。


「眞白、諦めるのはまだ早いぜ」


 ワトソンが、背中から飛び、眞白の頭の上へ着地した。

 その瞬間、レンズはワトソンの超音波によって構成された視覚と同期され、中の様子が手に取るようにわかった。


「俺があそこから侵入する」


 そう言ったワトソンの視線は、ホテルの一角に設けられた通気口へと注がれる。

 サキと担任は、ちょうど通気口近くの部屋にいた。


「ありがとうワトソン。行こう」


 眞白は、涙を拭いて立ち上がる。

 相棒の機転に助けられたと感謝しながら。


「おうよ」


 ワトソンは眞白からとび立ち、通気口へと向かっていった。


 眞白も彼の後を追いかけ、屋根伝いにホテルへと向かう。


 中の会話は依然、聞こえている。


『先生、やめてください。私、誰にもいいませんから』


『そうやってお利口ぶって。優しくしてヤッても、お前らはチクんだろうよ。俺は徹底的にヤる』


 焦るな、と自分を律し、眞白はワトソンが部屋へ侵入するのを待つ。

 深呼吸をすると、突然担任教師とよく似た男のことを思い出した。

 そして、瞬間、彼の胸にトウマの手によってナイフが突き刺されている様子が浮かんでくる。


  キーン


『準備完了だぜ?』


 眞白は、耳鳴りとともに聞こえてきたワトソンからの通信ではっと我に返る。

 今は、目の前の救うべき人に集中しなくては。

 ホテルの屋根までくれば、ホテル内での会話は通信を挟まなくても聞こえるようになっていた。これも、集音機によって強化された耳のおかげだ。


「ほんとに、誰にも言いませんから。お願いです」


 泣きながら言うサキ。


「お前らみたいに、人を馬鹿にした勝ち組の女たちが一番気にくわないんだよ。俺は、兄さんほど、甘くねぇんだよ!!」


「に、兄さん?」


 その言葉を聞いた瞬間、眞白は通信で指示を出す。


『……行け』



「な、なんだ!? うわっ」


 静かなぷしゅーという音とともに、催涙ガスがふりまかれる。

 部屋の中で、ばたんと倒れる音が二つ聞こえた。


『いっちょあがりだぜ、眞白!』


 ワトソンの声も成功を報告してくる。

 眞白は、ほっと一息ついた。


「救えた、んだよね」


 彼の顔に、にへらーという心からのほっとした笑いが浮かぶ。


『眞白ー。窓開けるから入って来いよ』


 気が抜けてへたり込んでいた眞白に、ワトソンが声をかける。


『あ、ごめん。わかった』


 眞白は壁をつたい、ワトソンが開けた窓から侵入した。


「よっ、いらっしゃい眞白」


 眞白が部屋の中に入ると、ワトソンが気を失ったサキの胸の間に顔をうずめながら言った。

 眞白はワトソンをつまみ上げる。


「お前は、なにをやってるんだ」


 そして、ワトソンをベッドへと放り投げる。


「いてっ、頑張ったご褒美だろ!?」


 ワトソンは、ベッドから不満げに飛び立つと眞白の頭の上に着地した。

 そんなワトソンの様子に眞白は呆れながらも、その平穏さにほっと息をつく。



   キーン



 そして、通信が入る。


『眞白君、大丈夫? 応援は必要?』


 心配げにこちらに話しかけて来る声はトウマだった。

 眞白は心配かけちゃったな、と考えつつ、その通信へと答えた。


『僕は大丈夫です。応援は……』


 眞白は目の前に倒れる二人を一瞥して続ける。


『僕だけで二人運ぶと目立つんでお願……』


 お願いします。

 そう言うはずだった眞白の体に、いきなり衝撃が襲った。


 ただひたすらの苦しさが眞白の体を突き抜ける。

 心臓が苦しい。

 頭が熱くて苦しい。

 果てしない乾きが、彼を襲う。


 苦しい。


 苦しい。


 苦しい!


 彼の視線が、宙を彷徨う。


「血……」


 そして彼が見つけたのは、目の前にいる一人の同級生だった。

 眞白は、目の前にいるサキの体を、血管全てを視線でなでる。


 その行為だけで快感だった。

 ただ、乾きはまだまだ癒されない。


「眞白、おい、眞白。どうしちゃったんだよ」


 頭の上でわめくワトソンの声も、眞白の耳には入らない。

 眞白は、彼女の方へと一歩近づく。

 もう、抑えられそうになかった。


「喉が、乾いたんだ」


 眞白は自分の唇をちろりとなめる。

 そして、彼女の首へと顔を近づける。


「サキ、大丈夫? えっ、眞白!?」



「まずい」


 突然、部屋の中に声が響く声。

 それに応じてぷしゅーという間抜けな音が響いた。


 眞白は体からぬけていく力を振り絞って、声の主を確認する。


 ……そこにいたのは、眞白の幼馴染、ユリアの姿だった。


「おいおい、マジかよ」


 眞白は、自分の気持ちを代弁してくれたかのようなワトソンの嘆きを聞きながら、眠りについた。

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