第三話 コウモリと秘密基地
サキと別れた眞白は一人、路地裏を進んでいた。
サキとの用事で先送りにした、もともとの用事を済ませるためだ。
路地を決まった順序で通り抜け、眞白は一つの黒い扉の前へとたどり着く。
コンコンコンッ
ガチャリ
眞白の三度のノックで、扉の鍵はすぐに開いた。
眞白はその少し重い鉄製の扉を押し開けて中へと入る。
扉を開けた先には、バーのような少し大人びた空間が広がっていた。
眞白はそんな雰囲気に臆することなく、微笑を浮かべながら中へと入っていき、カウンターでグラスを拭く男性に挨拶をする。
「ただいまです、マスター」
「おかえりなさい、眞白さん」
眞白の挨拶に答える紳士然とした男性は、微笑みながら言った。そして、眞白にカウンターに座るよう促す。
「やっぱりここは落ち着きますね」
席に座った眞白がこぼす。
いつの間にか彼の顔からはポーカーフェイスの鎧が消え、自然な笑みが浮かんでいた。
「それはなによりです」
マスターは静かに言い、すっとワイングラスを一つ眞白の前へと差し出した。
その中に満たされた赤い液体が、眞白の鼻孔をくすぐる。
あまりの美しさと甘美な匂いに、眞白は思わず恍惚とした表情を浮かべた。
「おい、眞白。基地についたんだろ? 出してくれよ!」
そんな眞白の甘美なる時間を邪魔するものが一つ。
声は眞白の鞄から聞こえてきていて、しかもそれはもぞもぞと動いていた。
「もう出てもいいだろ、な?」
必死で動きわめくそれに、泣く泣く眞白は液体を飲むことを中断して、鞄を開けにかかった。
眞白が鞄を開けると、声の主が空中へと飛び出す。
「ぷはー、疲れた!」
バサバサと風を周囲に起こしながら鞄から飛び出したのは一羽のコウモリ。
眞白の相棒であるワトソン2号だった。
「相棒を忘れるとは何事だ、眞白」
コウモリは不満そうに言いながら、眞白の頭の上へと着地する。
「ごめんごめん」
眞白が笑いながら謝ると、ワトソンはころっと態度を変えて機嫌を直した。
「まあ、相棒だからな。これくらいいってことよ」
「あら、眞白坊ちゃん帰ってきてたの?」
一人の女性の声が眞白の後ろから聞こえる。
「あ、アキさん。ラボでの仕事終わったんですか?」
彼女の登場に眞白は何とも言えない渋い顔をする。
「アキー!」
ワトソンがアキの方へと飛んでいき、その豊満な胸へと着地した。
「あら、しょうがない子ね」
アキはコウモリを抱き留めると、その頭をよしよしと人差し指で軽くなでる。
そんな様子を少しぼーっとして眺めていた眞白だったが、自分がアキの胸を知らず知らずのうちに見てしまっていることに気付くと、顔を赤くして下を向いた。
そんな眞白の様子に気付いたアキがいじり始める。
「あらー。眞白君、お姉さんの胸見て興奮しちゃった?」
「そんなわけないじゃないですか」
眞白は必死に首を振って否定する。
「童貞ちゃんが、そんな意地を張らないの」
「今は、童貞は関係ないでしょ?」
「ヴァンパイア組織きっての発明家が童貞とはねー」
「発明と童貞を関連付けないで下さい!」
「童貞だから、魔法のようなインスピレーションがわいてくるのかしら! ワトソンちゃんの言葉をわかるようにする機械とか、監視システムとか、他にも背景に同化しやすいマントとか!」
アキはその後も眞白の発明品を列挙して、やっぱり童貞だからかしらと何度も繰り返す。
「アキさん、うるさい」
アキの演説の間、眞白はそう言ってさらに下を向く。
そういえば、童貞云々の下りは今日二度目だったなとか妙に冷静な思考さえ顔を出す。
「眞白はすごい奴で俺の相棒だから、あんまりいじめないでやってくれよ。アキ」
ワトソンが眞白を守るかのように二人の間に立ちふさがる。
「そうですよ、そこらへんにしておいてあげてください」
「あら、ワトソンちゃんとマスターがそう言うなら、仕方ないわね」
アキは二人に止められてようやく、小さなため息とともに眞白いびりをやめた。
眞白は、基地にやっと平穏が戻ったことにほっとしながら顔をあげてアキの方を向いた。
「そう言えば監視の方はどうなってるんですか?」
アキは、いつの間にか手元に置かれていたワイングラスを手にしながら答えた。
「ん? 監視ならトウマが戻ってきたから交代したわよ」
「そう言えば、トウマさん。さっきいませんでした」
眞白は駅前の集団を思い出しながら言った。
あのレッドリボンのことだ。
「あら、駅前に行ったの?」
「そりゃ、ここに来るのに嫌でも通りますよ」
眞白はそう言いながら、自分の前に戻ってきたワトソンをなでた。童貞といびられたせいか、なんだか食欲がわかず、目の前の液体には手を出さない。
「それなりに人、集まってました。やってた人達も熱心でしたし、トウマさんはいい仲間集めましたよ、ほんと」
眞白は小さくため息をつきながら言う。そしてそれとともに、ユウマの顔を思い出す。いつも笑顔のユウマは、みんなのムードメーカーだった。
「ユウマが死ぬ前からやっていれば……いえ、何でもないわ」
アキがつぶやき、すぐにそれを否定する。
眞白はふと、ユウマの死に様を思い出した。
苦しみのあまり、何度もかきむしられた喉、体中いたるところに出ていた斑点……。
「やめましょう。僕らが暗くなっててもしょうがないですよ」
沈み込んだ雰囲気のみんなに眞白が言う。
持ち前のポーカーフェイスの笑顔を張り付けて。
その時だった。
「みんな、緊急事態だ。来てくれ!!」
地下に続く階段から、声が聞こえてきた。
その場にいる全員の顔に緊張が走る——
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