オタクの俺がモブおじさんに転生した件

不二本キヨナリ

オタクの俺がモブおじさんに転生した件

 俺は死んだ。そして、モブおじさんに転生した。


 何故、死んだのか?


 最後の記憶は、JR秋葉原駅のホームを、買ったばかりのエロ同人を読みながら歩いていた時に線路に落ちたことだから、きっと電車に轢かれたのだろう。

 その時に読んでいたエロ同人のヒロインはマグロだったが、まさか俺がマグロになるとは思わなかったぜ。


 とにかく、俺は死に、モブおじさんに転生した。何故それがわかったかというと、目の前のノートPCの黒い画面に、自分の顔が映ったからだ。高級そうなスーツを着た、年配の男性の顔――鼻から上が、のっぺらぼうのようになっている顔が。俺はすぐに、自分の腹と、股間に触れた――どちらもでかい! モブおじさんの証だ!


 俺は驚いた。喜びのあまりに。驚喜というやつだ。


 モブおじさんといえば、エロ同人に唐突に登場しては、金と権力と社会的地位にものをいわせて、借金のカタに美少女を調教したり、アイドルの枕営業を受けたり、いかがわしい夜のパーティーに列席したり、性奴隷のオークションに参加したり、美少女に高価な藥物を打ってトロトロにしたりと、ヤりたい放題しながらも、決して警察沙汰にされることのない性技のヒーロー! オタクの憧れではないか!


 俺はそのモブおじさんに転生したのだ! どうして喜ばずにいられようか! 混乱している暇などない!


 モブおじさんになったからには、夜ごと、借金に苦しむ男が娘を連れてきたり、アイドル事務所のプロデューサーが売りだしたいアイドルを連れてきたり、モブおじさん仲間が乱交パーティーに誘ってきたりするにちがいない……


 ああ、夜が待ち遠しい! ところで、今は何時だ? というか、ここはどこだ?


 俺は辺りを見回した。目の前には、ノートPC。ノートPCが乗っているのは、広々とした艶やかな机。その向こうには、清潔で広い部屋――重厚そうな木製のドアが1つある他、隅には観葉植物まである。後ろを見れば、いかにも分厚そうな窓ガラスの向こうに、朝日が昇っていた。俺の新たな門出を祝うかのようだ。


 俺はある種の予感を抱きながら、机の引き出しを引いた。無数の名刺が目に入った。どれも、誰でも知っている企業の社長や重役の名刺だった。


 なるほど、ここは俺の会社の執務室らしい。すると、今は仕事中か?


 正直、仕事なんかやっていられない。経営者は時間に縛られないというし、今から秋葉原に行ってエロ同人を買い、夜までモブおじさんの振る舞いを復習しよう。今の俺の財力なら、レアな同人誌も買えるはず……


 そう思った時、ノックの音がした。


「入って……オホン、入りたまえ」


 生前の口調で答えそうになった俺は、咳払いを挟んで、モブおじさんらしい言葉遣いで応じた。すると、勢いよくドアが開いて、スーツ姿の老若男女が雪崩れこんできた。


「社長!」

「モブ田社長!」

「モブ田さん!」

「代表取締役!」


 モブ田というのは俺のことか?


 さておき、みんな、手に手にノートPCや紙の束を抱えて、机に齧りつかんばかりの勢いだ。俺はのけぞった。椅子の背もたれが思いのほか柔軟に曲がったが、面食らっている暇もなければ、「どうしたんだね」と言う暇もなかった。社員と思しき者たちが、順番になにか言いはじめたからだ。


「モブ田社長! 今期のP/Lですが、前期と比較して……」


 P/L? 野球で有名だった高校のことか? それとも、プッシー・レディ?


「B/Sにも問題が……」


 B/S? バックスタイル? 後背位か?


「資材のリードタイムに遅れが……」


 リードタイム? 美少女に首輪とリードを付けて、「待て!」と言うことか?


 みんな、仕事中に何を言っているんだ?


「どうしましょう、モブ田社長! 我々としては、ここで不良在庫を処分しておいたほうがよいかと……」

「……あ、ああ、それでいいんじゃない」


 俺は言った。彼らの熱意は凄かったし、俺にはよくわからなかったから。


「モブ田さん! サプライチェーンのボトルネック解消のために、設備投資を……」

「い、いいんじゃないかね?」

「モブ田社長!」

「いいんじゃないかな……」

「モブ田代表取締役! 決裁を!」

「クレジットカードのことかね? ……あ、違う? サインだけでいい?」

「代表取締役!」

「いいと思います」

「社長!」

「はい」

「モブ田さん!」

「はい……」


 ………………

 …………

 ……


 俺は、何もわかっちゃいなかった。

 モブおじさんが、何故モブおじさんたりえるのか。

 あの金と権力と社会的地位が、どこから来たものなのか。


 モブおじさんたちは、仕事がデキる男たちだったのだ。きわめて有能な政治家、あるいは経営者だったのだ。だからこそ、政財界の大物――モブおじさんたりえたのだ。


 ただのオタクにすぎない俺に、モブおじさんの代わりなど務まるはずがなかった。俺の会社は、1週間も経たないうちに倒産した。


 そして……


 俺は今、全裸で土下座している。クラブめいた、極彩色の光の踊る、薄暗い地下室で。大勢の男たちに見おろされながら。


「これで、モブ田さんの債権者は我々になりました。あとは、わかりますね?」

「モブ田くん、きみのことは前から気になっていたのだよ」

「会長、気になっていたのは前ではなく後ろでは?」

「ア、ナルホド!」

「うまいことをおっしゃいますな、先生!」

「わっはっはっはっはっ!」

「さて、座もあたたまったところで……」

「そうですな、借金のカタ――じゃなかった、モブ田さんもお待ちかねでしょうから……」

「ごらんなさい、藥物でドロドロですよ……」


 俺は今から、モブおじさんたちの性奴隷になる――



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