お菓子の宇宙船

でんたく

お菓子の宇宙船

 ここはお菓子の宇宙船。

 船体はチョコレート、両翼はクッキー。スポンジの椅子にキャンディーの操縦桿。モニターは金平糖でできていて、スイッチはカラフルなラムネ。エンジンはコーラと甘いオレンジジュース。もちろん、パイロットの宇宙服は綿菓子だ。

 この宇宙船にはかつて数十人の甘党が乗っていたのだけれど、今はたったの2人になってしまった。

 これにはいくつかの理由がある。

 1つ目、病。

 お菓子の宇宙船は誘惑だらけだ。なんてったって、日に3度食べることが許されている宇宙『菓子』以外にもたくさんのお菓子が文字通り目の前にあるのだから。甘党ばかり集められて作られたこのクルーにはあまりにも甘すぎた。

 誰もかれもが好き放題にお菓子を食べて優雅な宇宙旅行を続けていたが、悲劇が起こるのはそう遅くなかった。一人目の患者はわずか2か月で発症してしまった。このとき、船内の誰もが今まで見落としていたその重大な過失に気がついた。


 医者に甘党はいないってこと。


 その後しばらく、誰も甘いものを口にしようとしなかったおかげで、被害は一人に抑えられたかと思ったのだけれど、その一人が悲しくも亡くなってしまったときのみんなで執り行った『菓子葬』で、彼らはその悪魔の魅せられてしまった。

 No Candy, No life!  そうして彼らは三日三晩お菓子パーティーを続けた。

 あたりまえだけれどお菓子を食べ続ける毎日で体を壊さないわけもなく、一人、また一人と足を悪くし、血流がドロドロになり、虫歯で歯がボロボロになっていく。当初天国のようだった宇宙船内は、まさに地獄絵図だった。


 このお菓子の弊害によって数名のクルーが死に、ほぼ全クルーの小便が甘い匂いになってしまうころ、宇宙船は『マシュマロ銀河』に突入した。

 大小さまざまなマシュマロ惑星によって形成されたこの銀河は、もはやクルーにとどめをさしにきたようなものだった。

 欲望を抑えきれなくなった約8割のクルーは綿菓子に身を包み銀河を泳ぐ。

 そしてどこから持ってきたのか、それぞれが持っていたバーナーを使って、この銀河で一番大きな『恒星』を焼きマシュマロにしながら、彼らは幸せに死んでいった。


 彼らの最後の死因は、最もシンプルで、そして最も重大なこの宇宙船の欠陥だった。

 クルーの大半を失った宇宙船は、それでもかなりの間航空を続けた。残ったクルーは細々と太りながら生きながらえたが、ついに船内の食料は底をついてしまう。

 彼らはどうしたか?

 当然、宇宙船を食べる。これまで食べていたように。

 予定では全員が好きなだけ食べてもあと40年はゆうに持つ量だった。それに、そもそも旅を続けられないほど食べるわけがないだろうとみな高を括っていたのだ。そんな予定が通用しないことは、すでにクルーたちは知っていた。それでも食べることをやめられなかった。

 食べるものがなくなって、壁を食べ続けた結果どうなるか。誰の目にも明らかだった。でもみんな、お菓子でおかしくなってしまっていた。

 取りかえしのつかないことをしていたと後悔したのは壁が破れて船内が『暗黒菓子』でいっぱいになってしまったときだった。暗黒菓子は船内のあらゆる機器と窓を破壊して宇宙船をただのさまようお菓子箱にした。

 その衝撃で最後の2人をのぞいたクルーは宇宙空間に飛ばされてしまった。宇宙のあらゆるお菓子に囲まれて死ねるなんて幸せな最期だ。


 最後に生き残った2人はそれからもまだ航空を続けた。というよりは、そうする他なかった。目も見えなく耳も聞こえなくなって、お互いの名前も忘れてしまったようだ。でも2人にはそんなものはいらなかった。お菓子を食べるためには嗅覚と味覚、この二つで十分だったのだ。

 穴だらけの船内で行く当てもないまま、宇宙の果てのまだ見ぬお菓子に思いを馳せている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お菓子の宇宙船 でんたく @dentacushon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ