第12回 ヨワルテポストリ
「ひいっ!」
バアン!
トマトがびっくりして銃を撃つ。彼女の銃の腕はへたくそだが、まぐれで当たった。自分の足に当たらなかったのはラッキーだ。
その小さな動物は、「ピー」と悲しげに鳴いて、どさっと倒れた。
「なんだ?」
「犬みたい。ああ、びっくりした」
胸をなでおろすトマト。ピクルスはその動物の死体に近づき、懐中電灯の光で照らした。
「あーあ、かわいそうに。こんな犬なんか撃たなくても……って、おい、これ犬じゃないぞ!」
ピクルスの驚いた声に、みんなが近寄ってきた。
それは柴犬ぐらいの大きさで、四本の細い足を持った動物だった。毛は薄く、黒っぽくてつやつやしている。体つきは猫のようでもあった。犬や猫と明らかにちがうのは、その頭だ。首がやけに長いし、犬のように耳が大きくもない。顔も犬というより、まるで……。
「何だ、これ?」ステラさんが首をかしげる。「こんなへんな動物、見たことないぞ」
「馬みたいだけど?」とオニオン。
「こんな小さな馬がいるか!」と、トマトはまたしてもオニオンの頭をたたく。
「ちょっと見せてください」
知絵が好奇心を刺激されて、前に進み出た。死んだ動物の足を調べる。前足の指は三本、後ろ足は四本。爪先で立つようにして歩いているようだ。
知絵の心におどろきが広がった。
「まさか……ヒラコテリウム!?」
「何それ?」と夕姫。
「エオヒップスとも呼ばれてるわ。新生代第三紀前期……今から五〇〇〇万年ぐらい前に、北アメリカやヨーロッパで栄えていた馬の先祖よ」
「馬? こんなに小さいのが?」
「ええ。まだ足はひづめに進化してなかったし、大きさも犬ほどしかなかったけど、まちがいなく馬の先祖なのよ。でも、とっくに絶滅したはずなのに……大発見よ、これ」
「この谷には、原始の生きものが生き残ってるってこと?」
「かもしれない。外から谷に入ってくる動物が少なかったから、ほかの地域では絶滅してる動物が、まだ生きてるのかも」
「だとしたら……?」
コーン!
コーン、コーン!
また音がした。
「ええ、そうね」知絵はごくりとつばを飲みこんだ。「五〇〇〇万年前のヒラコテリウムが生きていたなら、同じ時代のほかの古代生物が生き残ってる可能性は、十分にある……」
「大きなやつ?」
「たぶん。ふだんはこのヒラコテリウムなんかを食べて生きてるんだと思う……」
そう言ってから、知絵は自分の言葉にはっとなった。あのニワトリのような足あとの正体に、ようやく気がついたのだ。
「そんな、まさか……でも……ありうる」
「なんなの、お姉ちゃん? やっぱり恐竜?」
「いいえ」知絵のくちびるはふるえていた。「も、もしかしたら、恐竜より恐ろしいやつかもしれない……」
「ええ!?」
そのとき。
ざあああああ……!
ひときわ強い風が吹いたかと思うと、さっきとはべつのロボットが、「生命体が接近中」と警告を発した。
「距離、四メートル。方位、南南東」
「だからどっちだ!?」
いらだって、トマトがどなる。
次の瞬間、ピクルスの「うわっ!」という声とともに、銃声がした。みんながびっくりして振り返ると、ピクルスは銃を地面に落とし、右手を押さえていた。
「くそっ、やられた!」
トマトがあわてて駆け寄った。ピクルスは右手から血を流していた。トマトはハンカチを包帯がわりに手に巻いてやった。
「何があったの?」
「あの木のかげから、何か飛び出してきやがった。いてててて……」
ピクルスが左手で一本の木を指さす。しかし、木の周囲には暗いしげみしか見えない。
「どんなやつ?」
「わからん。横からいきなり襲ってきた。一瞬だからよく見えなかったけど、おれの頭めがけて、斧みたいなものを振り下ろしてきやがった」
「斧!?」
「ああ。とっさによけながら銃で撃ったが、手をやられた。痛みに気をとられたひょうしに、もう見えなくなってた」
「どういうこと……」
ステラさんがライフルをかまえながら周囲を見回して、ふるえる声で言った。
「なんで姿が見えないのよ……」
「まさか透明な怪物?」
「いいえ、ちがうわ」知絵が確信をこめて言った。「擬態してるのよ!」
「擬態?」と夕姫。
「そう。花そっくりに化けるカマキリとか、岩そっくりに化けるタコとか、木の表面そっくりに化けるガとか、いるでしょ? あれが擬態。こいつはジャングルの植物に擬態してるのよ。だから見えないの」
「じゃあ、今もボクたちの目の前に?」
「ええ、いるはずよ」
六人はぞっとして周囲を見回した。ジャングルはすっかり暗くなっているが、東から満月が昇ってきていて、その光が木の葉のすきまからさしこんでいる。立っている木やしげみは、かろうじて見えるのだ。だが、いくら目をこらしても、動物の姿は見えない。
しかし、知絵の推理が正しいなら、ロボットを一瞬で倒せるような恐ろしい怪物が、目の前にいるはずなのだ。
ざああああ……。
また風が吹いてきた。
「生命体が接近中」
ロボットたちがいっせいに警報を発しはじめた。
「接近中」
「接近中」
「接近中、接近中……」
ロボットたちは感情のこもっていない声で、同じ言葉をくり返した。ロボットの目は人間には見えない赤外線も見えから、植物そっくりに化けたヨワルテポストリが、風の音にまぎれて近づいてくるのが分かるのだ。
「どっち? どっちから来てるの?」
知絵がかすれた声で言うと、ロボットたちはばらばらの方向を向いて言った。
「南東の方向、西南西の方向」
「北の方向、北北西の方向」
「北東の方向、北北東の方向……」
「うわー、かこまれちまってるぞ……」
ピクルスが気味悪そうな声で言った。オニオンはがたがたふるえているし、トマトは真っ青な顔で、手にした銃をあちこちに向けていた。
「やっべえなあ、こりゃあ……」
ピクルスがそうつぶやいた時。
「ヤッベーナー、コリャー」
草むらで人の声がした。みんなはぎょっとした。
「い、今のだれ!?」
「お、おれじゃねえぞ!」とピクルス。
「オッオレジャネーゾ」
別の方向から声がした。みんなはふりむいたが、そっちにも草むらしか見えない。
「誰かいる!?」
夕姫がさけぶと、暗いジャングルのあちこちから声が返ってきた。
「ダレッカイル!」
「ダレ、カイル」
「ダレカーイル?」
声はするのだが、やはり姿は見えない。みんなはすっかりふるえあがってしまった。
「ボクらの声をまねしてる……」
「だれだ!? 出てきやがれ!」
トマトがどなると、また声が返ってきた。
「ダレダ、デテキャーガレ」
「ダレッダ、デテッキ、ヤガレ」
「ダレダー、デテキャッガレ?」
「いいかげんにしろ!」
バアン! バアン! すっかりおびえきったトマトが、声のしたほうを銃で撃つ。だが、当たったようすはない。それどころか、今度は「バアン!」「バアン!」と銃声をまねた声もする。トマトはますます混乱した。
「この! この! この!」
バアン! バアン! バアン! バアン!
恐怖にかられたトマトは、周囲の草むらに向かってでたらめに銃を撃ちまくった。その銃声に、「バアン! バアン!」という銃声のまねや、「コノ! コノ!」「デテキャーガレ」「ダレッカイル」といった声まねが重なる。
「やめろ! 弾をむだにするだけだぞ!」
ステラさんが止めた。ようやくトマトは落ちつきを取りもどしたが、銃に弾はあまり残っていなかった。
「知絵ちゃん、あんた天才だろ? 何か名案はないの?」
ピクルスの言葉に、知絵ははっとした。そうだ、おびえている場合じゃなかった。みんなが生き残るためには、この中でいちばん頭のいいわたしが頭を使わなくちゃ……。
「木の上!」
知絵はさけんだ。たちまち周囲から、「キノウエ!」「キノウェー」「キノエッ」といった声がもどってくる。
「私の考えが正しいなら、こいつらには前足がないから、木に登れないはずです!」
「なるほど!」
みんなはいっせいに一本の木に飛びつき、よじ登りはじめた。けがをしているピクルスは、オニオンの背中を台にして登り、それを先に登ったトマトが手伝ってひっぱり上げる。オニオンは太っているわりに木登りが上手だった。ステラさんもジャングルの暮らしが長いので、木登りなんてお手のものだ。だが、ひとりだけ、もたついている者がいた。
知絵である。
「お姉ちゃん、早く、登って!」
夕姫は知絵を一台のロボットの背中に押し上げた。そこに立って手を伸ばせば、低い枝に手がとどく。夕姫ぐらいの運動神経があれば、けんすいの要領で枝によじ登るのはたやすい。
しかし、知絵はけんすいなんか一回もできないのだ。ジャングルジムもこわくて登れないし、もちろん木登りなんかやったこともない。どうにか枝はつかめたものの、枝からぶら下がり、足をばたばたさせているだけだ。
しかたなく、夕姫は先に枝に登った。知絵の手をつかんで「うんしょ」とひっぱり上げる。どうにかふたりは枝の上に立てた。
と思ったとたん、知絵が足をすべらせた!
「きゃっ!?」
知絵はロボットの背中の上に落ちた。そのまま地面にずり落ちそうになるが、必死にロボットの首にしがみつく。そのひょうしにロボットはよろけた。倒れはしなかったが、バランスがくずれて、何歩か後ずさる。
「お姉ちゃん!」
夕姫は地面に飛び降り、ロボットに駆け寄って姉を助けようとした。
ざあーっ! 葉をかき分ける音とともに、草むらの間から大きな影が飛び出して、夕姫と知絵の間に立ちはだかった。夕姫はびっくりして立ち止まる。
「な……」
「なんだありゃあ!?」
枝の上から見下ろしていたトマトたちも仰天した。ようやく敵の姿がちゃんと見えたのだ。
それは身長二メートルぐらいもある大きな鳥だった。全身が緑と黄色の羽毛におおわれていて、まるで草むらが動いているように見える。長くて太く、がんじょうそうな足。翼はとても小さく、ダチョウと同じで飛べないようだ。ダチョウと違うのはその頭だ。首が太く、頭も大きくて、オウムのような大きなくちばしを持っている。そいつはタカのように恐ろしげな大きな目で、ぎょろりと知絵たちを見下ろした。
「ナンダアリャアアアーッ!」
鳥はカラスをさらにやかましくしたような声をあげた。オウムのように人の声をまねられるのだ。知絵はふるえ上がった。
「やっぱり! ディアトリマ!」
ディアトリマというのは、およそ五〇〇〇万年前、ヒラコテリウムと同じ時代に、北アメリカ大陸に住んでいた肉食の鳥だ。ダチョウよりもはるかに凶暴で、二本足で平原を駆け回り、獲物に襲いかかって、足でふみつけたり、くちばしで突き殺したと言われている。とっくに絶滅したと思われていたのだが、この谷には生き残っていたらしい。
しかし、五〇〇〇万年のあいだ、進化しなかったわけではない。平原を捨ててジャングルで暮らすようになってから、羽根の色が緑や黄色になり、草にまぎれられるようになっていた。さすがに明るい昼間はごまかせないだろうが、暗いジャングルでは、頭を下げて小さな翼で隠すと、ただのしげみのようにしか見えなくなるのだ。風の音にまぎれて獲物に近づき、しげみに化けて、じっと攻撃のチャンスをうかがう。相手の声をまねるのは、仲間だと思わせて油断させようとしているのだろう。
ディアトリマは夕姫に襲いかかってきた。頭を勢いよく振り下ろし、斧のような形のくちばしで夕姫の頭をかち割ろうとする。夕姫は転がって逃げた。
コーン! かたいくちばしが樹の幹に当たって、大きな音を立てた。さっきから聞こえていた音は、これだったのだ。
ディアトリマはさらに夕姫を攻撃してきた。体の大きさににあわず、ものすごいスピードだ。足の爪でひっかこうとしたり、ジャンプして飛びげりしてきたり、くちばしが突いてきたり、いろんな技をめまぐるしくくり出してくる。夕姫は転がったりバク転したり側転したりして、それをぎりぎりでよけた。
「夕姫、銃を!」
知絵がさけんだ。夕姫はP光線銃を腰のベルトにはさんでいる。
「わかってるんだけど……!」
夕姫は逃げつづけながら答えた。ディアトリマがつづけざまに攻撃をかけてくるので、よけるのに精いっぱいで、銃をぬくひまがないのだ。
ステラさんは枝の上に腹ばいになり、ライフルを撃とうとしていた。しかし、ディアトリマと夕姫の位置がしょっちゅう入れかわるもので、なかなかねらいがつけられない。へたに撃ったら夕姫に当たってしまう。トマトも同じだ。
そのとき、木の真下のしげみの中から、別のディアトリマがジャンプしてきて、ライフルの銃身にかみついた。あっという間もなく、ライフルはディアトリマにうばい取られてしまった。
それをきっかけに、あちこちからディアトリマがわらわらとわいて出た。十匹以上はいるだろうか。みんなしげみに化けていたのだ。ほかの三台のロボットたちが、夕姫たちに近づけまいと、進路をふさごうとする。
ディアトリマたちの動きはすばやかった。ロボットたちに襲いかかって蹴り倒し、さらに首に噛みついて、一瞬でひきちぎる。首をねらうのは、どんな動物でもそこが急所だからだろう。知絵の乗っている一台をのぞけば、ロボットはみんなやられてしまった。
ディアトリマたちは知絵と夕姫を取りかこむ。
「お姉ちゃん、逃げて!」
夕姫がさけんだ。知絵はロボットに「走って!」と命令した。ロボットは知絵を背負ったまま走り出す。
真正面には夕姫を攻撃しているディアトリマがいる。
「そのまままっすぐ!」
ロボットは命令通りに直進した。ディアトリマを後ろから突き飛ばす。ディアトリマは前につんのめって倒れた。ロボットはその体を飛びこえる。
「夕姫! 乗って!」
夕姫はとっさにロボットに飛びつき、知絵の後ろにまたがった。ロボットは二人の少女を乗せて走る。ディアトリマたちの包囲を突破、そのままジャングルの中に駆けこんだ。
「クァァァァーっ!」
リーダーらしいディアトリマが、けたたましく鳴いた。群れの半分は知絵たちを追って走り出し、残り半分はとどまって、木の上にいるトマトたちをねらう。
ディアトリマたちは四人が登っている木の下にむらがった。二本足で幹を駆け上がろうとしたり、ジャンプしたりするものの、どうしてもとどかない。
「このお!」
トマトは下に向けて銃を撃ちまくった。もともと銃がへたくそなうえに、無理な姿勢で撃っているから、ディアトリマのような大きなまとにぜんぜん当たらない。ステラさんが「こっちに貸せ!」とどなるが、興奮していて耳に入らない。
ようやく一匹のディアトリマを倒したものの、弾が切れた。
「予備の! 予備のカートリッジは!」
オニオンが首をすくめる。「キャンプに置いてきた……」
「うわー、最悪!」
トマトは頭を抱えた。それを見て、ピクルスが顔をしかめる。
「いや、おまえがパニクって撃ちまくったから、弾がなくなったんだろうが」
「あたしのせいだって言うの!?」
「うん」
「そう」
「同感」
ピクルス、オニオン、ステラさんにそう言われ、トマトはがっくりきた。
「でもまあ、いいんじゃない?」オニオンがなぐさめる。「ほら、あいつら、登ってこれないらしいし」
その通り、ディアトリマには手も前足もないので、木に登れない。さっきから登ろうとしたりジャンプしたり苦戦していた連中も、どうやらあきらめたらしく、木を取りかこんでうらめしそうに見上げている。
「このまましばらくじっとしてればいいんだよ。こいつらがどっかに行くまで」
「おまえ、楽天的だね」とステラさん。
「いやー、それほどでも」
「しかし、おれたちが日干しになるよりも先に、こいつらが行っちまってくれればいいんだがな」ピクルスはうたがわしげだった。
「だいじょうぶだよ。こいつらだってそのうち、お腹が空いてくるから。そうしたらべつの獲物を探しに行っちゃうはずだよ」
「そうだといいんだけどねえ」ステラさんは首をかしげた。「こいつら、けっこう知恵がありそうなんだが……」
ステラさんの不安は的中した。
例のリーダー格のディアトリマが、また「クァァァァーっ!」と鳴いたかと思うと、四人が登っている木の幹を、くちばしでこつこつとたたきはじめたのだ。他のディアトリマはそれをきょとんとして見守っている。
リーダーはたたくのをやめ、また「クァァァァーっ!」と鳴いた。他のディアトリマたちも、その意味を理解した。
六匹のディアトリマが木を取りかこみ、くちばしでかつんかつんと幹をたたきはじめた。少しずつ木の皮が削られてゆく。
「まさか、こいつら!?」
「木を切ってる!」
そうディアトリマたちは四人の登った木を切り倒そうとしているのだった。
同じころ、夕姫と知絵はロボットにつかまって、夜のジャングルを駆けていた。後ろからは五匹のディアトリマが追いかけてくるのが、月明かりでちらちら見える。
「よおし!」
夕姫は腰のP光線銃をぬいた。ゆれるロボットの上で体をひねり、近づいてくるディアトリマにねらいをさだめる。
「気をつけて! 六発撃ったら、電池はなくなっちゃうわよ!」
「わかってる!」
敵は五匹。一回しか撃ちそんじはゆるされない。先頭のディアトリマをねらって、夕姫は引き金を引いた。
緑色の光がひらめいたかと思うと、先頭のディアトリマが固くなって、ばたっと倒れた。死んだのではない。P光線は生きものを固めることができるのだ。
他のディアトリマは気にせずに追ってくる。夕姫はさらに撃った。二匹目、三匹目も倒れる。
「あと二匹!」
夕姫は撃った。四匹目にも命中。五匹目も命中。
「よっしゃあ! 全滅させた!」
夕姫が走るロボットの上でガッツポーズをとった。ちょうどその瞬間、ロボットはジャングルを抜け、少し開けた場所に飛び出していた。
横からいきなり六匹目のディアトリマが飛び出してきて、ロボットに体当たりした!
「きゃあ!」
「うわあ!」
夕姫と知絵はロボットから振り落とされた。ロボットは地面にぶつかって倒れ、石に頭をぶつけて動かなくなった。
幸い、夕姫たちが放り出されたのは、コケにおおわれたふかふかした土の上だったので、けがはしなかった。しかし、ディアトリマが大きな口を開け、ふたりに襲いかかってくる。
夕姫は地面に転がったまま、とっさに光線銃の引き金を引いた。今まさに飛びかかろうとしていたディアトリマは、ぴたっと動かなくなった。
「ふう……」夕姫は汗をぬぐった。「だいじょうぶ、お姉ちゃん?」
「え、ええ」
知絵は痛みをこらえながら体を起こした。
「ここは……?」
ふたりは周囲を見回した。月明かりに照らされたその場所は、ただのジャングルではないことがわかった。あちこちに石を積み上げた壁が立っている。かなり古いものらしく、壁にはびっしりツタがからみつき、かなりくずれていた。よく見れば、地面も変だ。土の間から、ところどころ、石畳が顔を出している。
「お姉ちゃん、ここって……?」
「遺跡……」
ふたりはしばらく、あっけに取られていた。このあたりのジャングルにはマヤ文明の遺跡がたくさんあることは知っていたが、こんなところにもまだ発見されていない遺跡があったとは。
これまで発見されなかったのも無理はない。何百年もたつうちに、遺跡のあちこちから、石畳や建物を突き破って大きな木が生えているのだ。木の葉がアーケードのようなびっしりと生いしげっている。空から飛行機や人工衛星で写真を撮ったって、これでは木しか写るまい。
建物はすっかりくずれ、形がわかりにくくなっているが、かつては家だったようだ。ということは、ここは昔、町だったのだろうか。
「マヤの遺跡……ということは、ここがゴールってこと?」
「わからない。まだ乙女の墓を見つけてないもの……」
知絵がそう言ったとき、
「クァァァァァァ!」
しげみからまた別のディアトリマが飛び出してきた。
「もう一匹いたのか!」
夕姫はとっさに銃をかまえた。しかし、銃の横についた赤いランプが点滅している。電池が切れたというサインだ。
「電池! かわりの電池!」
あわてて腰のポシェットを探り、電池を取り出す夕姫。しかし、電池を交換するのを、ディアトリマはおとなしく待っててはくれない。頭を低くして突進してきた。
「夕姫!」
知絵はさけんだ。
最初の攻撃を、夕姫はかろうじてよけた。しかし、ディアトリマは夕姫の横を特急列車のように通り過ぎたあと、すぐに反転して、また襲ってきた。
夕姫はよけそこねた。暗かったので、木の根に足をひっかけて、よろめいてしまったのだ。次の瞬間、ディアトリマの頭が夕姫のおなかにもろにぶつかった、
夕姫は何メートルもはねとばされてしまった。壁にたたきつけられ、動かなくなる。
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