第10回 走れ、ロボット
ここでちょっと時間をもどそう。同じころ、トマトたちは何をやっていただろうか。
「なんか村のほうがにぎやかだねえ」
例によって冷たい食事を食べながら、オニオンがのんびりとつぶやく。三人は村から少しはなれたジャングルの中に隠れ、知絵たちが動き出すのを待っていたのだ。知絵たちの後をつけて宇宙人の遺跡を見つけるのが目的なのだから、知絵たちが動かないことには話にならない。
村のほうからは、かすかに歌声らしいものが聞こえてきている。
「お祭りでもやってんのかなあ」
「ああ、きっと焼きたての熱い肉とか食って、熱いスープでも飲んでやがるんだろうよ。こんちくしょー」
レトルトのシチューを、温めずに袋からスプーンですくって食べながら、ピクルスがぼやいた。
あれから、ライターを持ってない三人は、まだ火を起こせないでいた。石をぶつけて火花を出そうとしてみたり、木をこすってみたり、こどものころに本で読んだ「原始人の火の起こし方」をいろいろ試したのだが、どれもうまくいかないのだ。
「あー、もう、熱いコーヒーが飲みたーい!」
トマトが髪をかきむしった。
「あたしゃ朝はコーヒーでないとダメなんだよ!」
「んなこと言ったって、ライターがないんじゃしょうがないじゃないか」
「そうだよ、がまんしなよ、姉き」
「うー……」
トマトはしばらく黙りこんでいたが、やがて何かを決意したらしく、すっくと力強く立ち上がった。
「よし、ライターを取りに行く!」
「どこへ?」
「知絵ちゃんたちが、キャンプに荷物を置いてる。その中にライターがあるかもしれない」
「でも、それ、コソ泥じゃ……」
「あたしたちは悪人だよ!」トマトは開き直って胸を張った。「悪人が人のものを盗んでどこが悪い!」
「いや、悪いよ」とピクルスがツッコむ。
「それにさあ、イメージが良くないよ」オニオンも乗り気ではない。「ものすごく高価な美術品とか、重要な機密書類とか、火星行きの宇宙船とかを盗むならかっこいいけど、ライター一個じゃねえ……」
「だよなあ」とピクルスもうなずく。
「いいの!」トマトはぴしゃりとたたきつけるように言った。「はした金のために盗むじゃない。あたしは熱いコーヒーが一杯飲みたい。これはあたしの美学だ。この美学をつらぬくために、ライターを盗む。つまり、この盗みは芸術だ!」
「いや、屁理屈だって」ピクルスはあきれる。「しょせん、ライター一個だし」
「たったライター一個でも、全力をかけて盗むんだ! これがあたしの悪人としてのプライドさ!」
「安いプライドだなあ」
ピクルスはぼやきながらも立ち上がった。
「まあいい、つき合うよ。おれも熱いシチュー、飲みたいし」
三人は知絵たちのキャンプにやってきた。ジャングルの中の小さな空き地に、首のない馬のような六台のロボットが、円を描くように座っている。どれも背中に大きな荷物を背負っていて、馬なら頭があるはずの部分には、細い棒が立っていて、小さな赤いランプが光っている。
「近寄ったら撃ってきたりしないかな?」
木のかげからようすをうかがい、ピクルスが心配そうにつぶやく。
「うーん、撃ちはしないだろうけど、野生動物に食料を荒らされたりしないように、動物が近づいたら追いはらうようにプログラムされてると思うよ――ほら、ロボットの頭に赤いランプがついてるでしょ? あれは警戒状態にあるっていうサインだよ」
オニオンが推理した。彼は見かけによらず、ロボットやコンピューターにくわしいのだ。
「たぶん、ぼくたちが近づいても、ロボットに追いはらわれるだろうね」
「銃でロボットをこわそうか?」ピクルスが銃を取り出す。
「バカ」トマトが小声でしかった。「銃声を聞かれちゃうじゃないか。あたしらはこっそり尾行してるんだよ」
「それに、ロボットから警報の信号が出て、知絵ちゃんたちに気づかれるかもしれないし」とオニオン。
「じゃあ、どうやって近づくんだよ?」
「まかして」
オニオンは小型のノートパソコンを取り出し、キーをたたきはじめた。
「何やってんだ?」
「ロボットに取りつけた盗聴器がひろった音は、みんなこれに録音してあるんだ。その中から知絵ちゃんたちの声を探し出す」
「で?」
「自分たちがロボットに追いはらわれないよう、パスワードを決めてるはずだよ。それを聞かせれば、ロボットは警戒状態を解くはずだ」
「そのパスワードを見つけて再生するわけか!」
「そういうこと」
まもなく、パソコンから夕姫の声が流れ出した。ついさっき、ステラさんといっしょに、予備の食料を取りに来たときの声だ。
「カオール!」
夕姫はそうさけんでいた。バローズの小説『火星のプリンセス』の中に出てくる、火星のあいさつだ。
「これがパスワードだね」
オニオンはうなずくと、パソコンをロボットたちの方に向け、もう一度、夕姫の声をボリュームを大きくして再生した。
「カオール!」
ロボットの頭のランプが消えた。
「よっしゃ! よくやった、オニオン」
トマトはよろこんで、オニオンの肩をたたいた。オニオンは「てへへ」と照れて、頭をぽりぽりかく。
「あたしらの頭脳の勝利だ」トマトはじまんげに言う。「やっぱ、犯罪はこう、スマートじゃなくちゃね」
「盗むのはライター一個だけどな」とピクルス。
トマトたちが近づいても、ロボットたちはまったく身動きしなかった。警戒状態が解かれているのだ。
三人は荷物をあさりはじめた。しかし、荷物はたくさんあって、ライターがどこにあるかわからない。
「うーん、この中かな?」
トマトは一台のロボットの上にまたがり、背負っている大きなリュックサックをのぞきこんだ。人間が一人、すっぽり入ってしまうぐらいの大きさだ。底のほうに何かありそうなので、トマトは上半身をリュックにつっこんで手をのばした。
ちょうどそのとき、知絵の発信した電波がとどいた。
「うわあ!」
ピクルスとオニオンはびっくりした。六台のロボットがいきなり立ち上がったのだ。そのひょうしに、トマトは頭からすっぽりとリュックの中に落ちてしまった
ロボットたちは村のほうに向かってどしんどしんと走りはじめた。
「ど、どうなってんのよ、これ!?」
トマトはリュックから足だけを出して、じたばたしている。
「トマトー!」
「トマトの姉きーっ!」
ピクルスとオニオンはあわててロボットたちを追いかけた。
村では結婚式がクライマックスをむかえていた。
大きな木の実をくりぬいて作られたさかずきに、白い液体がそそがれた。イモから作られたお酒だ。新郎と新婦がこれを飲めば、結婚したことになる。日本の「三々九度のさかずき」と同じ風習だ。
まず、ムララがぐいっと半分ほどお酒を飲み、うれしそうな顔で、さかずきを知絵に渡した。知絵は笑顔で受け取ったものの、すっかり困ってしまった。
(ロボットたち、まだなの……)
さかずきを手にしたまま、知絵は動けなかった。ロボットが駆けつけてくるまで、時間かせぎをしたいのだが、村人たちはムララと知絵を取りかこみ「フブッヴォビレ!(飲め)」「ビッリ! ビッリ!(飲め、飲め!)」と、はやしたてている。夕姫やステラさんに目で助けを求めたが、二人ともどうしていいかわからず、突っ立っているだけだ。
「ジャゾ・テムラビ」ムララが笑ってせかす。「ニムパ・ナッヴェスフェ」
知絵は「いやだ」と言いたかった。あなたと結婚なんかしたくないんだと。ムララが悪人だったなら、はっきりそう言っていただろう。
だが、ちがう。ムララは純粋で、心やさしい少年だ。たぶん、ママと同じように――だから知絵は、「いやだ」とは言い出せないのだ。そう言ったら、ムララを傷つけてしまいそうで。
(ああ、どうすればいいの!?)
知絵は顔は笑っていたが、泣き出したい気分だった。
「ビッリ! ビッリ!」
「ビッリ! ビッリ!」
村人たちはいっそう強くはやしたてる。しかたなく知絵は、さかずきをそろそろと口に近づけていった。知絵の手がふるえているので、白い水面もゆれていた。
さかずきがくちびるにふれた。ぷんとお酒のにおいが鼻をつく。
なおも知絵がためらっていると、ムララがやさしく肩に手をかけ、耳元で「リミテムヴォ、フッヴォ・ビレザ」とささやいた。「心配しないでいいから、飲んで」と言っているのだろう。
お酒のにおいのせいだろうか、それともムララの声がやさしかったからだろうか、ほんの一瞬、知絵はふらっと変な気分になってしまった。(このまま結婚しちゃってもいいかも)と思ってしまったのだ。あわてて打ち消そうとする。でも、心がゆれたその瞬間、さかずきがわずかにかたむき、お酒がほんのわずか、口に流れこんできた。
そのとき、村人たちの後ろのほうで、「わあっ」という悲鳴があがった。知絵はびっくりしてお酒をはき出し、むせた。村人たちは驚いて振り返った。彼らが目にしたのは、ジャングルから六台のロボットが飛び出し、こちらに走ってくるところだった。
知絵たちもびっくりした。先頭のロボットの背中のリュックサックから、足が突き出ていて、ばたばた動いているではないか。その後ろからは「姉きー!」「トマトー!」とさけびながら、オニオンとピクルスが追いかけてくる。
「あいつら、何やってんだ!?」と夕姫は目を丸くする。
ロボットたちは、結婚式のために広場に集まっている人たちに、ぐんぐん近づいてくる。人間を傷つけないようにプログラムされているから、ぶつかったり踏んづけたりすることは決してないのだが、村人たちはそんなことは知らない。大あわてで逃げ回り、ロボットたちの進路から退避する。
逃げなかったのはただ一人、ムララだけだ。「チエ、ミヘーザ!(知絵、逃げろ)」と言うと、怪物から花嫁を守るつもりなのか、立ち上がって棒きれを手に取り、ロボットに向かってゆく。
ロボットは衝突をさけるために立ち止まった。ムララは棒でがんがんとなぐりつけるが、ロボットのボディはそんなものでは傷つかない。
他の五台のロボットは、知絵をかこむようにして立ち止まった。オニオンとピクルスもようやく追いつくことができた。力を合わせて、リュックサックの中からトマトを助け出す。
「おまえら、いったい何を……?」
ステラさんが問い詰めようとするが、知絵がさえぎった。
「話はあとよ! 今は脱出!」
そう言って、一台のロボットのボディにしがみついた。夕姫たちもまねをして、それぞれ近くのロボットにしがみつく。
「北北西に、全速前進!」
知絵が指示すると、ロボットは知絵をかかえたまま走り出した。ほかの五台もついてくる。ロボットたちはたちまちアロロ族の村を飛び出した。
「チエーッ!」
ムララの悲痛なさけび声に、知絵は振り返った。ムララはロボットたちの後を追おうとして、村の入口のところでおとなたちに止められていた。
ロボットが走り続けるうちに、その姿はしだいに小さくなり、木にさえぎられて見えなくなった。
「チエーッ! チエーッ!」
見えなくなってもしばらく、ムララの悲しげな声が聞こえていた。きっと花嫁が怪物にさらわれたと思っているのだろう。
(ごめんなさい……)
知絵の胸は痛んだ。ムララを傷つけたくなくて「いや」と言えなかったのに、結果的にムララを悲しませてしまった。それがつらかった。
(何が天才よ!)知絵は心の中で、自分をののしった。(わたしなんて、大バカじゃない!)
知絵たちを乗せたロボットは、走りに走って、村から何キロも離れた谷の入り口にたどりついた。両側にけわしい山がそそり立っていて、その間をぬうように、細い小川がうねうねと流れている。川の両側は傾斜した深いジャングルだ。ロボットたちは浅い小川の中を、ばしゃばしゃと水をはねちらかして進んだ。
谷の奥に百メートルほど入ったところで、知絵はようやくロボットたちに停止するよう命じた。ロボットから降りると、知絵はふうっとため息をついた。
「ここまで来れば、もう村の人は追ってこないわ」
「なんでそんなことが言えるのさ?」トマトがつっかかる。
「だって、ここはヨワルテポストリの谷ですもの」
「はあ?」
「アロロ族の人たちはここを恐れてるの。この谷に住んでいるという伝説の怪物を。だから入りこんでこないわ」
「ふーん……」
「それはそうと!」
ステラさんが腰に手を当ててすっくと立ち、トマトたちをうたがわしげににらみつけた。
「おまえら、さては財宝を横取りしようと、あたしらをつけてたんだな!?」
「横取りとは人聞きが悪い!」トマトが怒って言い返した。「あんたらに途中まで道案内してもらって、先に財宝をいただこうとしてただけさ」
「それは横取りとどうちがうんだ!?」
「でも、どうしてロボットといっしょに村になだれこんできたの?」と夕姫。
「それはライターが……」
と言いかけたオニオンを、トマトが「うるさい」と鼻をなぐってだまらせた。
「と、とにかく、ここまで道案内してもらったら、もう十分だよ。財宝はこの谷の先にあるんだろ? これから先に行って、いただかせてもらうよ」
「ひきょうだぞ!」とステラさん。
「へへん、なんとでも言え。先に見つけたもの勝ちだもんね」
「そんなこと言って」知絵が疑わしげな目をトマトに向けた。「先に行ったふりをして、また、こっそりわたしたちの後をつけるつもりなんじゃないですか?」
トマトはどきっとした。
「そ、そんなことあるもんか!」
「じゃあ、暗号の最後の謎は解けたんですか? わたしにもまだ解けてないっていうのに」
「う……」
トマトは返事に詰まった。まさに知絵の言った通りだ。今、わかっていることと言えば、この谷をぬけたところに何かがあるらしいということだけ。あまりにもばくぜんとしすぎている。このまま何の手がかりもなしに進んだって、財宝のありかにたどりつけるとは思えない。
「それにさ、ばらばらになるのはまずいと思うよ」と夕姫。
「どうして?」
「だって、ヨワルテポストリにおそわれるかもしれないもの。なるべく大勢でかたまってたほうがいいと思うんだ」
「そんな伝説、信じてんのか?」とピクルス。
「だって、村の人たちがあんなに恐れてるんだよ。何かあるよ、きっと」
「何かって、何が?」
「わかんない。でも、この谷をぬけるまでは用心したほうがいいよ」
「うーん……」
トマトとステラさんは同じようにうなって考えこみ、横目でにらみあった。
「こんなやつら、信用できないがなあ……」
「あたしらだって、いっしょにいたくはないけど……」
「夕姫ちゃんの言い分ももっともだし……」
「とりあえず、谷をぬけるまでは休戦にするか……」
「その代わり!」ステラさんはトマトの顔に、びしっと指を突きつけた。「谷をぬけたら、敵同士だからな!」
「こっちこそ!」トマトは胸を張った。「お宝は先にいただくからね!」
ふたりは、顔を近づけ、歯をむきだして、「イーッ」とにらめっこした。
「ねえ、あのふたり、キャラがかぶってると思わない?」
オニオンがピクルスにささやく。
「ああ、まったく」ピクルスがうなずく。「リーダーが二人になったみたいで、なんかやだな……」
それを耳にしたトマトとステラさんは、ピクルスたちのほうを向き、同時にどなった。
「「こんなやつといっしょにすんな!」」
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