第3回 UFO出現
このままでは、オートジャイロは山をこえられても、その先にあるタワーにぶつかってしまうかもしれない。夕姫はまだそれに気づいていない。
「気をつけて! 山の向こうにタワーがあるわよ!」
知絵は声をかぎりにさけんだ。だが、距離があるせいか、夕姫には聞こえていないようだ。
「近づいてください!」
振り返ってどなる知絵。ピクルスはあわてて「お、おう」と言うと、オートジャイロの高度を下げた。トマトのジャイロと並んで飛ぶ。
「夕姫! 山の向こうにタワーよ!」
「はあ? 何?」問い返す夕姫。
「タワー! アレシボ天文台のプラットホームをささえる……」
知絵が言い終わるよりも早く、二機のオートジャイロは山を飛びこえていた。
「うわあ!」
いきなり目の前に真っ白いタワーがそびえ立っていたので、夕姫は驚きの声をあげた。しかもその向こうには、四方を山にかこまれた盆地に、白くてばかでかいお皿のようなものが横たわっている。
お皿の直径は三百メートル、深さは五十メートル。自然の地形をくり抜いて作られたもので、東京ドームがすっぽり入ってしまう大きさだ。お皿の内側にはアルミの板が四万枚もはりめぐらされ、太陽の光を浴びてかがやいている。周囲の山には三本のタワーが立っていて、そこからお皿の中央に向かってのびた三本の太いケーブルが、九百トンもあるこれまた巨大な鉄骨のプラットホームを、お皿の底から百四十メートルの高さの空中にささえている。
アレシボ天文台――宇宙からの電波をキャッチするパラボラアンテナで、かつては世界一の大きさを誇っていた。宇宙から来た電波はお皿で反射して、空中のプラットホームに集まり、そこにあるべつの小さなアンテナでキャッチされる。東京ドームよりも大きいアンテナが電波を集めるのだから、何万光年ものかなたから来たすごく弱い電波でもキャッチできるのだ。
一九六三年に完成した施設で、老朽化や予算不足のために、一時は廃止しようという案も上がっていた。しかし、重要性が見直されて新しく改装され、完成から百年以上たった今も活動している。
今、トマトと夕姫のオートジャイロは、タワーのひとつに向かって、まっしぐらに飛んでいた。その先端にぶつかりそうだ。
「うわー、よけてよけてよけて!」
「どっち!?」
「どっちでもいい!」
トマトがレバーを左に倒す。オートジャイロは左にカーブした。一瞬、衝突は避けられたように見えた。
だが、タワーにはぶつからなかったものの、タワーとプラットホームをむすぶ太いケーブルの一本に、ジャイロの車輪がひっかかった。同時に、回転するプロペラがケーブルにぶつかり、はじけ飛ぶ。
「うわーっ!」
ジャイロは長さ百五十メートルもあるケーブルの上を、きききーっと黒板とチョークがこすれ合うようないやな音を立て、火花をちらしながらすべっていった。しばらくはローターが回っていたが、やがていきおいが落ち、プラットホームまであと十数メートルというところでストップした。
浮き上がる力を失ったジャイロは、そこでぐるんと半回転した。車輪がひっかかって、まるでロープウェイのように、ケーブルからさかさまにぶら下がる。
「く……くそ……いったいどうなってんだ」
トマトは上下あべこべになった操縦席の中でもがいていた。安全ベルトをしめていたので、落ちることはない。非常用のナイフを使って、どうにかパラシュートの一部を切り開き、頭を外に突き出す。
「いったいここは……うわあ!?」
下を見たトマトは真っ青になった。電波天文台のお皿は、はるか下にある。落ちたら一巻の終わりだ。
ふと横を見ると、夕姫がサルのようにするするとロープをよじのぼってくるではないか。
「おい、ちょっと待て……うわあ!」
トマトがもがいた拍子に、ジャイロが大きく揺れた。
「だめだよ、あばれちゃ」ケーブルの上にはい上がると、夕姫はジャイロを見下ろして言った。「かろうじてひっかかってるだけだから、バランスくずしたら落ちちゃうよ」
「そ、そうか……」
トマトは身をすくめた。これでは動くに動けない。
「うー、頭に血がのぼる……」
夕姫はパラシュートをはずすと、ロープをケーブルに巻きつけ、さらにオートジャイロの車輪に結んだ。これで落ちるのをくいとめられるはずだ。
「どう? 自力で上がってこれそう?」
「いや、ちょっと、無理かも……」トマトはさすがに弱音をはいた。「血がのぼって、気が遠くなってきた……」
「じゃあ、そこでじっとしてて。助けを呼んでくるから」
「す、すまん……」
そう言いながらも、トマトはなさけない気持ちでいっぱいだった。
「ちくしょう、これじゃ二勝三敗じゃないか……」
夕姫は太いケーブルの上を、つなわたりの要領で歩きはじめた。地上百四十メートル。びゅうびゅうと風が吹いている。ふつうの人なら足がすくんで一歩も歩けないところだが、夕姫はこんなぐらいの冒険はなれっこなので、すたすたと歩いてゆく。
プラットホームにたどりついた。鉄骨が組み合わさってできた三角形のジャングルジムのようなもので、下には大きな金属のおわんのようなアンテナがぶら下がっている。ここから地上までは、長いつり橋がかかっていて、歩いて下りることができる。
「ふう……」
夕姫はプラットホームに腰かけてひと休みすると、百四十メートル下のパラボラアンテナを見下ろした。月のクレーターを思わせる直径三百メートルのお皿は、今こうしているあいだも、宇宙からの電波を反射して、このプラットホームに集めているはずだ。この場所に、今まさに星からの信号が集まってきているのだと思うと、ふしぎな気持ちになる。耳をすませば、宇宙人の声が聞こえる気がした……。
「夕姫!」
知絵の声で、われにかえった。ピクルスとオニオンのジャイロが、心配してさっきから天文台の周囲を旋回していたのだ。
「お姉ちゃ~ん」
夕姫が手を振る。
妹が無事そうなので、知絵はほっとした。後ろのピクルスのほうを振り返って、
「さて、どうするんですか? トマトさんをおきざりにして逃げますか?」
「う、うーむ」
ピクルスは悩んだ。おそらく天文台の人もとっくに事故に気がついていて、警察や救急隊を呼んでいるにちがいない。このままトマトをおいて逃げるのも、ひとつの手だ。こっちには知絵という人質がいるんだし、〈百年暗号〉も手に入った。たとえトマトが警察に捕まっても、あとで助け出せる可能性だってあるだろう。だが……。
どうしてもピクルスは逃げる気になれなかった。もしジャイロがケーブルからはずれて落ちたら、トマトは本物のトマトを落としたみたいぺしゃんこだ。そんなことになったら、「どうして助けにもどらなったのか」と、一生くやむことになるだろう。
「おい、オニオン!」彼は横を飛んでいるオニオンに呼びかけた。
「何?」
「お前、警察に捕まる危険をおかす気があるか?」
「そんなの、いつものことじゃない!」
「はは、そう言えばそうか! ようし、ついてこい!」
ピクルスは高度を下げた。タワーのひとつに通じる細い山道に、ジャイロをうまく着陸させる。そのまま、つり橋のたもとまでジャイロを走らせていった。オニオンのジャイロもそれに続く。
エンジンを止めると、ピクルスは飛び降りた。すぐに知絵の下半身からみついていたテープをナイフで切る。知絵はようやく地上に降りることができた。
「おい、竜崎知絵!」
ピクルスが急に乱暴な口調になったので、知絵はどきっとした。
「な、なんですか?」
「〈百年暗号〉をよこせ。さすがに、それなしで逃げるわけにいかないんでな」
あの紙きれのことだな、と知絵はピンときた。
「ほしいのなら……」
「手をつっこんで取れっていうのか? 本気でそうするぞ? 緊急事態だからな。チカン呼ばわりされる不名誉ぐらい、がまんしてやる」
ピクルスはこわい顔で、知絵にせまった。
「さあどうだ? おれが取ろうか。それとも自分で出すか?」
ピクルスは本気のようだ。そのいきおいに押され、知絵はしぶしぶワンピースの水着の股のところからおなかのほうに手をつっこみ、紙きれを取り出した。汗でぐっしょりぬれている。ピクルスは「ありがとよ」と言ってそれをひったくった。
「行くぞ、オニオン!」
ピクルスとオニオンは、プラットホームに続くつり橋をかけ上がっていった。
オートジャイロがアレシボ天文台に不時着したというしらせを聞いて、次郎さんと七絵さんが車でかけつけてきた。ステラさんもいっしょだ。
「パパ! ママ!」
「父さん! 母さん!」
「おお、おまえたち、無事だったか」
駆け寄ってきた夕姫と知絵を、次郎さんはがっしりと受け止め、ひょいと両腕でかかえ上げた。
「けがはなかったか?」
「うん」
「まあまあ、なんですか、ふたりとも。はしたないかっこう」
七絵さんがしかる。無理もない。ふたりとも海岸からここまで飛んできたので、水着姿のまんまなのだ。服なんか持ってきてないし、天文台に子供用の服なんかないので、着がえることができなかったのだ。
「はい、これを着なさい」
用意のいい七絵さんは、ふたりのビーチウェアを持ってきていた。Tシャツとショートパンツ、それにサンダルだ。夕姫たちは水着の上からそれを着る。
「帰ったらシャワー浴びて、ちゃんと着がえるのよ」
「はあい」
「ところで、悪者どもはどこだ?」
「あそこ」
夕姫は天文台のプラットホームの方を指さした。すでに日が暮れ、あたりは暗くなりはじめているが、トマトはまだケーブルからぶら下がったままだ。ピクルスとオニオンと、それにレスキュー隊の人たちが、助けようと悪戦苦闘している。警察やテレビ局も来ていて、クレーターのふちからライトで彼らを照らしていた。
「もうじき助かると思うんだけど」
「〈百年暗号〉は?」ステラさんは心配していた。「どうなりました?」
「すみません。取られました」と知絵。「ピクルスが──あの緑色の髪の男が持ってます」
「うーむ、ものを盗んだうえに、こどもを危険な目にあわせるとは、けしからんやつらだ。一発、ぶっとばしてくる」
腕まくりして歩き出そうとする次郎さんを、七絵さんはやさしく止めた。
「あなた、暴力はいけませんよ」
「ああ、うむ。ぶっとばすのはなしだ。しかりつけてくる」
そう言ってつり橋に向かって歩いていった。
そのころ――
近くのジャングルの中から、救助活動のようすを双眼鏡でながめながら、どこかに携帯電話をかけている男がいた。
「わたしです。ええ、あの連中、〈百年暗号〉をうばったのはいいが、とんだところにひっかかっちまいまして……こまったもんです。もう警察も来てますし、このままだとつかまってしまいますね。
そうなったら〈百年暗号〉もうばい返されます。警戒が厳重になるだろうから、もう一度手に入れるのはむずかしくなりそうですね。それに、つかまったあいつらの口から、われわれの秘密がもれるかもしれませんし……。
ええ、そうです。助けるしかないでしょうね。あれの出動を要請します。はい、そうです。お手数をおかけしてもうしわけありません……」
「おけがはありませんでしたか?」
天文台の職員らしい青年が近寄ってきて、知絵たちに声をかけた。
「大切な設備に傷をつけてしまってすみません」
知絵はていねいにおじぎをする。
「いやいや、事故だからしかたないですよ。さいわい、アンテナは無事だったから、観測には支障はないと思いますが」
「ねえねえ、お兄さん、この天文台の人?」夕姫が好奇心で目をくりくりさせてたずねた。
「え? うん、そうだけど」
「ここって宇宙人からの信号を探してるってほんと?」
青年は笑った。
「ああ、そういうこともやってるけどね。SETI計画って言って、宇宙から来るいろんな電波の中に、知的生物の出しているものがないか調べてるんだ。宇宙のどこかに文明があるなら、きっと電波を出してるはずだからね」
「へえ、すごいなあ」
「ただ、残念ながら、もう一世紀もやってるけど、それらしい信号は何も見つかってないんだよ」
「つまり、電波がとどく範囲に宇宙人はいないってことですか?」と知絵。
「かもしれない。あるいは宇宙人は電波なんかじゃなく、別の方法で通信を送ってるのかもしれないね。ただ、宇宙はものすごく広いから、どこかに宇宙人はいると思うよ。この銀河系だけで何千億個もの星があるんだからね。地球に似た惑星も何億もあるにちがいない。どこかに知的生物がいたっておかしくないだろう?」
「じゃあ、やっぱりUFOに乗って地球に来てるの?」
夕姫のこどもっぽい発言に、知絵はちょっと恥ずかしい思いをした。青年はやさしく笑った。
「いやあ、宇宙人がいるかどうかと、UFOがあるかどうかは別問題だよ。遠い星に宇宙人がいたとしても、地球まで来られないかもしれない。光の速さでも何百年、何千年とかかる距離だからね。それに、宇宙人が地球に来てるなら、それこそ電波で呼びかけてきてもいいはずじゃないか。『地球のみなさん、こんにちは』って」
夕姫は首をかしげた。「それは……何か事情があって、地球人に存在を知られたくないんじゃないかなあ」
「だったらもっとこっそり活動すべきだよ。街の上をライトをつけて飛んだりしたら、目立つじゃないか」
「ああ、そうか……」
「ぼくはUFOなんか存在しないと思うね。ああいうのはウソか、さもなきゃ、飛行機や星の見まちがいだよ」
「ふうん……」
夕姫は南の空をながめて、また首をひねった。
「じゃあ、あれも飛行機か星なの?」
「え?」
「ほら、あれ」
夕姫が指さす方向を見て、青年と知絵はぎょっとなった。明るいオレンジ色の点が三つ、山の上に浮かんでいる。こっちに近づいてくるようだ。
「星じゃないな」青年がつぶやいた。「流星でもない。飛行機か? でも、この時刻にこんな高度を……」
「こっちに来る」と知絵。
三つの点はぐんぐん大きくなってくる。ジェット機やヘリコプターのような音がしない。すうっとすべるように飛んでくるのだ。
それは天文台のすぐ近くにまでやって来た。今や円盤の形をしているのがはっきりわかる。
「UFOだ!」夕姫がはしゃぐ。
「そんな……」
青年がぽかんと口を開けた。知絵もおどろきのあまり、声が出ない。
三つの円盤は、天文台のパラボラアンテナの真上まで来て、ぴたりと空中に止まった。どれも直径十メートルほど。底に大きなライトがついていて、そのまわりを小さなライトが六つ、とりかこんでいる。ジェットを噴射していないし、プロペラがついてるようすもないのに、宙に浮いている。
「すごい、本物だ!」夕姫は興奮して知絵の肩をゆすった。「どうしよう、お姉ちゃん! 本物のUFO見ちゃったよ、本物!」
「これは……」
青年はあわてて、手にした携帯電話で写真を撮ろうとした。ところが、なぜか画面がノイズだらけで何も写らない。
「故障だ!」
「電磁効果だよ!」オカルトにくわしい夕姫が解説する。「UFOが近づくと、電灯がちらついたり、車のエンジンがかからなくなったりするって言われてるんだ!」
アンテナのふちから救助作業を撮影していたテレビ局のスタッフも、ビデオカメラが急に何も写らなくなったのであわてていた。
「あらまあ、きれいなものねえ」
みんながあわてたり興奮したりしている中、七絵さんだけはのんびりとしていた。なぜか持ってきていた双眼鏡で、UFOを観察している。
「あら、だれか出てきたわ」
「ええっ?」
見ると、三機のUFOの底から、ライトに照らされて、人間のような形をした白いものが降りてきたではないか。宙に浮かんでいるが、つるしているロープは見えない。
「ママ、貸して!」
知絵は母親から双眼鏡をひったくった。UFOのほうを見る。人間のように見えたものは、手足が細長く、頭がやけに大きかった。大きな黒い目をしている。
「宇宙人だ!」と夕姫がさけぶ。
三体の宇宙人はプラットホームに向かってふわふわと降りていった。救助活動をしていたレスキュー隊の人たちも、こわくなってあわてて逃げ出す。残ったのはピクルスとオニオン、それにトマトだけだ。トマトはようやくオートジャイロの操縦席から助け出されたものの、長いことさかだちしていたので気を失い、ピクルスに抱きかかえられていた。
宇宙人は三人をとりかこむように降りてきた。こどもぐらいの身長しかない。
「うわあ、なんだこいつら!?」
「ひえー、こわいよう!」
ピクルスとオニオンがおおげさな悲鳴をあげる。
宇宙人の一体が、後ろからピクルスに抱きついた。
「うわあ、は、放せ!」
「兄きぃ!」
駆け寄ろうとするオニオン。しかし、別の一体が背後から飛びかかり、がっしりとつかまえてしまった。宇宙人は体は小さくても、すごい力があるようだ。三体目は、気を失っているトマトを抱き上げる。
三人は宇宙人につかまり、空中に持ち上げられはじめた。
「うわあ!」
「助けてえ!」
と、そこへ次郎さんが駆けつけてきた。
「うおおおお!」
さけびながらプラットホームの鉄骨の上を走る次郎さん。これまでずいぶん危険なことをやってきた探検家だから、今さら宇宙人なんてこわくない。それどころか、本物の宇宙人に会えて興奮していた。
「いくら宇宙人でも、誘拐は許さんぞお!」
そう言いながらジャンプし、トマトをかかえて浮き上がろうとしていた宇宙人の背中に飛びついた。しかし宇宙人はびくともしない。体重百キロ以上もある次郎さんを背負ったまま、どんどん空に上がってゆくではないか。
「父さ~ん!」夕姫がさけぶ。
「こら、降りろ! 降りないか!」
次郎さんは宇宙人の頭をぽかぽかなぐりはじめた。ところが――
「いたい!」
突然、右手に強いいたみを感じた。そのひょうしに、宇宙人に抱きついていた左腕がゆるみ、体がすべり落ちた。
「うわあ!」
次郎さんは何メートルも落下し、プラットホームにたたきつけられた。そのあいだに、三人の宇宙人はトマトたちをかかえたまま上昇してゆき、UFOに吸いこまれてしまった。
UFOはすぐに水平に移動しはじめ、おおぜいの人がびっくりして見守る中、ぐんぐんスピードを上げ、山の向こうへ消えていった。
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