第5話「VRMMO型通信制教育プログラム(VRMMOCEP)」
「なぁ、鎖渾。」
木庭はキッチンで、厚焼き玉子を作る鎖渾に声を掛けた。
薄桃色のエプロンがよく似合う。
「なに?」
「さっき言ってた“VRMMOCEP”について、詳しく教えてくれないか?」
ガスコンロの上にフライパンを置いた鎖渾は、一瞬だけ振り返る。
「VRMMOCEP。」
「バーチャル・リアリティー・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・コレスポンデンスコース・エデュケーション・プログラムの略で、多人数同時参加型の通信制教育プログラムのこと。」
鎖渾は慣れた手つきで、VRMMOCEPの説明をしながら玉子の生地を緑色の長方形のフライパンで焼き上げながら言う。
「数年前に政府が導入した教育プログラム及び政策の名称で、カグマの脅威によって全国の学生が安心して学校に通えない現状を打開するために、政府が考案したものよ。」
そして、右隣のまな板や包丁が置いてあるエリアの空いてるスペースに、ケチャップご飯が載った皿を一枚置いた。
その皿の上に、焼き上げた玉子の生地を載せた。
鎖渾特製オムライスの感性である。
照明の光のせいか、玉子が金色に輝いて‥とにかく美味しそうに見えた。
鎖渾はガスコンロの火を消し、フライパンをその上に置いた。
「有識者や学者の間でも、子供たちが学校に通えない=学力不振や学力の低下が懸念されていて、国の将来を担う子供たちに何とか授業の場を設けようと、この施策に踏み切ったと言われているわ。」
「なるほど。」
自分の知らない情報を事細かくわかりやすく説明する鎖渾。
木庭は尊敬の念を密かに抱く。
「‥そして、このシステムが世界で初めて導入されたのが、今話題の小中高一貫のオンラインスクール学園“パウス”。」
「パウス…。」
木庭は顎に手を当て、考え込んだ。
「気になる?」
「ま、まあな。」
「でも、今からだと“編入学”扱いになるかも。」
「時期も時期だし。」
「そか。」
たしかに。
カレンダーの日付を確認すると、今日は五月十四日(土)だ。
募集期間から一ヶ月は過ぎている。
だが、さっきの学園パウスのCMが流れた意味を考えると、もしかしたらまだ募集期間は終わっていないのかも知れない。
「…ところで、鎖渾は一人暮らしなのか?」
木庭は話題を鎖渾の話に変えた。
「うん。」
「母が病気で亡くなって、その後はしばらくお姉ちゃんと2人で暮らしてた。」
「けど、2週間ぐらい前にお姉ちゃんどっか行っちゃって…。」
「今はそれっきり。」
鎖渾は寂しそうに言った。
「生活費とか授業料は、ヴァリアント・ハンターの訓練生ってことで優遇されてるから、なんとかやってるけどね。」
鎖渾はそう言うと、先ほど完成したオムライスを、ソファーがあるリビングに運んだ。
そして、オムライスが載った皿をテーブルに置いた鎖渾はソファーに腰掛けた。
「ざっとこんなもんよ、私の人生なんて。」
「まだ16しか生きてないけど、色々経験し過ぎた…。」
鎖渾は思い詰めたような疲れた顔をしていた。
俺は鎖渾を励まそうと、言葉を探す。
そして、みつけた言葉は―――――。
「↑(意味深)」←木庭
「おいw」
せっかく頑張って選び抜いたのに、俺は鎖渾に怒られた。
「‥ねぇ、一回殴っていい?」
「すみません!(土下座)」
「じゃあ、罰ゲーム!」
そう言うと、鎖渾は立ち上がった。
「ここ、座って。」
鎖渾は木庭にソファーに座るよう指示を出す。
「は、はい。」
鎖渾の指示通り、ソファーに座った木庭。
(一体、何が始まるんだ…。)
木庭は鎖渾を見る。
鎖渾はキッチンから金属製の何かを片手に挟んで持ってきた。
鎖渾が手に持っていたのは、ナイフ、フォーク、スプーン…。
普段使う食事の道具を“セット”で持ってきた。
しかも、それを指と指の間に挟んでいた。
「ごくり…。」
木庭は溜め込んだ唾を飲み込んだ。
緊張が走る。
「さぁ。」
「覚悟は良いかしら…?」
「何されるか知らないけど一応覚悟はしてます。」
木庭は正直に答える。
「えっ、知らないの?」
「し、知らない。」
「この状況で?」
エプロン姿の鎖渾は木庭に訊く。
右手にはナイフとフォークとスプーンを指の間で挟んでキープしていた。
左手にはあのオムライスが載った皿を持っている。
「ご、拷問か何かですか?」
「‥あんた、バカ?」
「なっ!」
木庭は鎖渾の言葉にカチンと来た。
思わず口を開ける。
「隙ありっ!」
鎖渾は手首を回すと同時に、ナイフとフォークを一瞬でしまった。
そしてスプーンを回転させ、オムライスの表面を掬い、それを木庭少年の口へ運ぶ。
「おわっと!」
木庭は鎖渾の攻撃?をかわした。
ペチャっ‥
その衝撃でスプーンに載ったオムライスの欠片がミルク色の絨毯の上に落ちた。
玉子の黄色やら、中のケチャップご飯やらが狭い範囲で散乱する。
「あーっ!」
鎖渾はその光景を見てショックを受け、思わず声を漏らした。
「ひどぃっ!どうしてかわすのよっ?!」
鎖渾はキレた。
「い、いきなりなにすんだよっ?!w」
木庭も突然の出来事に頭が空回りする。
「何って、“味見”よっ?!」
「味見かよ!w」
「‥鎖渾、おまえはやることが一々強引過ぎるんだよ!」
木庭は鎖渾を叱る。
「ご、ごめんなさい。」
シュン‥
床に座り込んだ鎖渾は落ち込む。
「ったく、おまえは俺達カグマのことをちっともわかってない。」
「え‥?」
「カグマは人じゃないんだ。」
「人間が普通に食べてるものなど、カグマが受け付けるとでも思ったのか?」
「そ、それは…。」
鎖渾は言葉に詰まった。
ヴァリアント・ハンターの訓練生である鎖渾は、カグマの弱点を狙う戦闘方法や基本的なところしか学んでいない。
カグマの食事が魂(花)だけだったなんて…。
今更少年の前で『知らなかった』など、言えるはずがなかった。
しばらく重苦しい空気が流れた。
「…俺はカグマだ。」
「しかも、人の心に目覚めた“どうしようもない欠陥品”だ。」
「カグマなのに、俺はカグマとしての生き方を否定され続けた。」
「ソンネンカに触れた、あの日から…。」
「ソンネンカ…。」
命を燃やす花。
触れた存在の“あるもの”を代価に、何らかの能力や使命を与える謎の蒼い花。
木庭少年の場合、人の魂を喰らう“カグマとしての行為”そのものを代価に、人の心を付与された特殊なカグマだった。
「生き残るためには同じ仲間、“同胞”を狩る必要がある。」
「だから俺は、狩らなければならない。」
「命を燃やす目的と、存在の理由をみつけるために…。」
―
その頃、カグマの出現率が低いとされる街≪
サラリーマンやら家族連れが通る道に立ち並ぶ、大きなビルの屋上で、黒い墨のようなヌメっとした巨大な怪物が蠢いていた。
「メケケケ…」
四つの足が歪な卵型の胴体から生えていた。
長さ25メートルはある大型パネル(看板)にへばりつく。
「な、なんだあれ‥。」
緑色のスーツを着たメガネのサラリーマンは、怪物を見て立ち尽くした。
「か、カグマだっ!」
「ひぃいいっ!」
ズムムムムムムッ‥
カグマの顔に赤い光が点滅し、エネルギーを集める。
エネルギーが一気に凝縮され、光の直径が小さくなる。
そして…。
ピシュギューン!
怪物は屋上から赤い光を、まるでレーザーのように発射した。
ズゴオオオオオンッ!!!!
路肩に停まっていた車にレーザーが命中し、大爆発を起こした。
地上から悲鳴が上がった。
ピシュギューン!ピシュギューン!
尚も怪物は赤い光を街中に発射した。
街はあっという間に火の海に変わる。
逃げ惑う人々は爆風に次々と呑まれていった。
―鎖渾の家・リビング―
「…………。」
鎖渾は黙って聞いていた。
―――――同時に確信する。
彼は無害なカグマであることを…。
“人の心に目覚めた欠陥品”。
その言葉が、今の木庭を縛り付ける、自分に対する“否定的”な価値観。
鎖渾は思った。
その偏った価値観から、彼を解放する必要があると。
「…人の心に目覚めたからこそ、今こうやってぶつかったり、泣いたり、笑ったり、怒ったり‥。」
「人として当たり前の感情を体験している。」
「…………。」
木庭もまた、鎖渾の話に耳を傾ける。
「今の木庭がいるのも、人の心に目覚めたから…。」
「今の私と出会えたのも、人の心があるからよ!」
「じゃなきゃ、今頃あなたはここに居ない。」
「鎖渾…。」
鎖渾の言葉に、木庭は反応した。
彼女の言っていることはすべて、正しかったから。
ピリリリリリッ!!
「あっ。」
鎖渾のスマホに着信が入った。
「ちょっとごめんね。」
鎖渾はそう言うと、電話に出た。
「もしもし。」
―ヴァリアント事務局―
防犯カメラの映像が無数に映し出される空間。
さっきの怪物が街を火の海に変える瞬間が流れる中、ベージュの作業着を着た若い男性が、無線機を通して鎖渾に連絡してきた。
「鎖渾か?たった今、葉祇音街がカグマに襲撃されたと、現地のヴァリアントから連絡があった!」
「人手が足りないらしい。直ちに急行願う!」
―鎖渾の家・リビング―
「了解。」
ピッ‥
鎖渾は通話ボタンを切った。
「‥木庭、行くよ。」
鎖渾は玄関に向かった。
「何があった?」
木庭は鎖渾に訊いた。
「葉祇音街がカグマに襲われた。」
「葉祇音‥すぐ近くじゃないか!?」
「そう。」
「しかも人手が足りないらしい。」
「この場合だと多分、近くに住むヴァリアント・ハンターに私を含めて何人か招集命令が出されてる。」
鎖渾は靴を履いた。
「あなたの能力が必要よ。」
「カグマを狩り喰らう使命を持つ妖魔。」
「“
鎖渾は木庭を見つめた。
木庭はフッと口元を緩めた。
「‥面白い。」
「それが、俺が存在する理由だというのなら…。」
「それを今から、証明してやるっ!」
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