第4話「よろしくな、鎖渾。」



 翌朝。


 都市部の雑踏がいつものように繰り返される中、大型ビルの最上階に設置された巨大モニターの中で、水色のツインテールがマイクを手に宣伝していた。


『‥仮想現実空間で構築された全く新しい環境!』


『家に居ながら色んな仲間たちと学園生活を充実できる“学園パウス”が、いよいよこの春、開校致します!』


TVでは水色のツインテールをしたリポーターが、VR技術を駆使した仮想現実空間=学園パウスについて宣伝していた。


『それに伴い、第一期生を募集します!』


『部活動やサークル活動、イベントも盛り沢山!アバターメイキングも自由に行えます!』


『応募資格は現在7~18歳のあなた!』


『政府公認のVRMMO型通信制教育プログラムを搭載した、小中高一貫の“多人数同時参加型オンラインスクール”!』


『さぁ、みんなで学園パウスへGO!』



 楽しそうに振舞いながら、ツインテールは画面を見ているであろう視聴者にウィンクをした。



「ん‥?」


 つけっ放しのテレビから聞こえて来た声で、ソファーで眠っていた少年は目を覚ました。


 視界に入ってきたのは、薄明かりに照らされた鼠色の天井だった。


 複数のLEDライトで構築されたシャンデリアが、天井のすぐ脇に吊るされていた。


 掛けられていた茶色い毛布を両手で抑えながら、まるで幽体離脱でもするかのように、少年はゆっくりと上半身を起こした。


 もちろん、本人は幽体離脱などしていない。


 少年の正面にはリビングがあった。


 右側には絨毯の敷かれていない僅かな空間があり、その奥は薄い透明な白いカーテンで締め括られている。


 背後には木製のクローゼットが置いてある。


 そして、左側のすぐそばには、ガラス製の長方形のテーブルが置いてあった。


 それを横に囲むようにして、少年が眠っていたソファーと同じソファーが二台、各一つずつ配置されている。


 ソファーの無い少年の身体と向かい合った奥の空間には、50V型の大きな薄型テレビが設置されていた。


 さっきの声は、そのテレビから聞こえて来たものであることを、少年は知る。


 ふと、一方的に流れるCMを聞き流しながら周囲を見渡すと、ガラステーブルの上にデジタル時計が置いてあることに気付く。


 時刻は7:24.


 そう。


 少年は朝を迎えていた。



「VR‥MMO…?」


 少年は寝ぼけたように、印象に残った言葉を繰り返す。



「――――――VRMMOCEP。」



「バーチャル・リアリティー・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・コレスポンデンスコース・エデュケーション・プログラムの略。」


 聞き覚えのある声がどこからか聞こえてきた。


「な‥っ。」


 少年は驚いた表情で振り向く。


「もう起きたんだ?早いわね。」


 癒花だった。


 黒いロングの髪をタオルでポンポンと拭きながら、意外そうな顔で少年を見つめる。


 どうやら、さっきまで朝風呂に入っていたらしい。


 今は白い下着と丈の短いジーパンを穿いている。


 一方少年は、いつの間にか部屋に居た癒花に、腰を抜かしていた。



「‥い、いつもより遅めだっ!」


 少年は癒花から視線を逸らす。


「あ、拗ねた。」


「拗ねてない。」←拗ねてる。


「ぷっ‥、君ってもしかして“ツンデレ”なの?」


 ツンツン♪


 癒花は楽しそうに少年の頬を指先で突いた。


「き、気安く触るなっ!」


 少年は顔を赤くして嫌がる素振りを見せる。


 ツンツン♪


 尚も癒花は少年の頬を突く。


「‥や、やめてくださいコロシマスヨ?」


「ふふっ、かぁわいい~♡」


 プニプニ♪


 ツンツン、プニプニ…♪


 その後もしばらく癒花の攻撃?は続く。


「‥って、やめぇええええいっ!!」


 ゴツン!


「いたっ!」


 少年は癒花の額に頭突きをした。


「もぅ、別にいいでしょぉ?」


 スリスリ‥


 癒花は赤くなった額を撫でながら拗ねる。



「‥それより、ここはどこだ?」


 少年は溜息を吐いたのち、癒花に尋ねた。


「私の家よ?」


 癒花は答える。


「はぁ、おまえの家か。」


 少年は俯き、昨夜の儚い表情で呟く。


「家‥。」


 再び同じ単語を呟いてみる。


「家っ!?」


 そして、少年はなぜか声のトーンを上げて癒花を見た。


「だって、話の途中で寝ちゃうんだもん、ほっとけないじゃん?」


 癒花は床に座り込みながら、ソファーに座る少年に言った。



「やはり、眠ってしまっていたのか…。」


 度重なる戦いで疲労が重なり、眠った自分を保護してくれた癒花。


 冷静に考えた少年は、彼女に対して申し訳ない気持ちになった。



『‥殺れよ。』


『どうせ俺はカグマだ…。』


『‥どうせ、誰かに殺されるためだけに造られた“哀れな種族”…。』



 自分が癒花に言った言葉が頭を過り、少年の中の罪悪感を更に掻き立てる。



「ごめん、昨日のことは反省してる…。」


 少年は俯きながら癒花に言った


 一瞬、癒花は昨日の少年とのギャップに戸惑ったが、今の素直な少年を受け入れることにした。


 癒花は静かに微笑む。


「だから、その…。」


 少年は言葉を探そうとした。


 が、中々みつからない。



 その時だった―――――。


「…あ。」


 ギュっ‥



 ‥癒花は、少年を抱きしめた。


 優しい匂いがした。


 さらさらとした髪が、顔の前で靡く度に、少年は優し匂いで包まれる。


 身体の温度が‥。


 いや、“心”の温度が、少年の身体全体に浸透していく。



 少年の目に涙が浮かんだ。


 生まれて初めて、“生きていてよかった”と思えた瞬間だった。



「…落ち着いた?」


 しばらくして、癒花は少年に尋ねた。


「うん‥。」


 少年は素直に返事をした。


 自分の感情にも、人の感情にも、今の少年は素直に感じることができた。


 そして、癒花に告げる。


「ありがとう。」


 その言葉を聞いた癒花は、嬉しそうな顔で少年の耳元で囁く。


「私の名前は鎖渾癒花さこんゆか。」


「よろしくね。」


癒花は自分の名を少年に伝えた。


心を開いた少年もまた、穏やかな表情で告げる。


「俺の名は木庭零斗こばれいと。」


「カグマだが、一応は人間の血を分けてる。」


木庭少年は少し恥ずかしそうに言った。


「‥よろしくな、鎖渾。」



 5分後。



 ギュゥ~


「かぁわいいぃっ♡」


 癒花はさっきよりも木庭を激しく抱きしめた。


「ちょっ、いつまで抱いてんのっ?!暑苦しいんですけどっ!!」


「えー、いいじゃぁん!もうちょっとだけ♡」


 ギュゥ~


 ボキボキボキッ♪


「うっ、不吉な音が‥。」


 木庭少年のあばら骨が何本か‥逝った。



(俺、カグマなのにコロサレソウ…。)


「(∀`*ゞ)テヘッ♡」



 番外編(おまけ)


 第一回[教えてー!鎖渾先生ッ!]


「ねぇねぇ。」←木庭


「抱き締められて死ぬって、幸せなのかな?」←木庭


「うーん。」←鎖渾


「‥いっぺん死んでみる?」←鎖渾


「いや、結構ですw」←木庭


[おまけ完]

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