第3話「神が造った生命体(カグマ)」



 ‥人は神が造ったように、カグマもまた、神によって造られた。



 ――――――とんでもない欠陥品だよ、俺達カグマは…。




 夕闇に沈んだ地上世界。



 緋黒のラインが走る禍々しい剣を持った少年が、人気のない路地裏を歩いていた。


 学生なのか、涼しそうな半袖のネクタイと黒いズボンを穿いていた。


「………。」




 ‥生きるために、他の命を犠牲にしなきゃいけない。



 奪わなきゃいけない。



 それがたとえ、生きている人間だとしても…。




 少年の背後に、黒い影が迫る。


 影は灰色の包帯で巻かれた大きな手を持っていた。




 ‥生きるためには、仕方のない事だ。



 誰かの命を奪う度に、そう思っていた。





 あの頃までは…―――――。




 蒼い炎の花びらを持ったソンネンカに、幼き日の少年は触れた。



 その瞬間、カグマとして生きてきた少年の心に、“人の心”が宿った。



 それ以来、少年は人の魂(花)を喰らう妖魔“カグマ”として、当たり前の行為“食事”ができなくなってしまう。


 ―――――――――――少年に与えられた道は1つ。



 同胞であるカグマを狩り喰らう異端の存在“狩喰魔”として、この世界を生きることだった…。



 ‥俺は、心が生まれた時から既に、カグマに侵されていた。



 ―――――“人の心”を持ったカグマなど、カグマではない。



 当時の俺は、俺の中で“人であり続けようとする自分”を否定した。




 ググッ‥


 少年の背後に蠢く影は、拳を巨大な盾に変えた。




 ‥カグマとは、誰かに摘み取られる(殺される)べき哀れな種族だ。



 悲劇で始まり、悲劇で終わる。



 人の心を持つなど、以ての外。



 なぜなら、心を持つ事自体が――――――――。




“悲劇”なのだから…。




「………。」




 タッ‥



 フンッ‥ガキィイイイイーンッ!!



 少年は立ち止まり、剣で後ろで蠢く黒い影に向かって風を斬った。


 固い敵の装甲(盾)が、剣の攻撃を受け止めた。



 激しい衝撃が刃を持つ少年の右手を伝った。




 少年は姿勢を保ったまま、剣を持つ右手に目をやった。


 そのままゆっくりと、視線を襲い掛かって来た怪物へと向ける。



 それは彫刻のような灰白色のごつごつした体をしていた。


 頭部は馬と牛を足して2で割ったような外見をしていた。


 盛り上がる筋肉が、包帯の隙間から顔を覗かせる。



 怪物と少年は向かい合う形で応戦する。



 キィンッ!ファアン!!


 シュヒュン‥ッ!ガゴンッ!



 少年は素早い動きで敵を翻弄した。


「クソが‥。」


「ゴジャゴジャって生意気なんだよっ!!」


 少年に翻弄された怪物は激怒した。



「ほぅ。もうご立腹ですか。」


 少年もからかう様に、横目で怪物を見ながら不敵な笑みを浮かべた。


 ゾゴォン!!


 キィイインッ!!!



 音速で飛んできた巨大な盾を、少年は持っていた剣で受け止めた。


 剣の刃と盾の接点に波紋が広がった。



 グググッ‥


 剣を両手で構える少年の腕に、怪物の負荷が加わる。


 ズザザ…



 少年の足が、負荷に耐え切れず後ろに下がる。



「‥忠告する。」


「下手に暴れなければ、危害は加えない。」


 少年は一切姿勢を崩さなかった。


 落ち着いた口調で、少年は怪物に告げた。



「ヴァリアント如きが‥、そうやって騙されて、死んでいった仲間を、俺は何人も見て来たんだっ!」


「今更ヴァリアントの言葉は信用できんっ!!」



 カッ!


 怪物は目を見開いた。


 ズシン‥ッ!


 直後、少年の体に激しい衝撃が襲った。


「っ…。」


 しかし少年は怯まなかった。


 普通の人間なら、とっくに背後の壁に叩き潰されて終わる。


 それくらいの激しい負荷を、少年は耐えているのだ。



「ふっ‥。」


 少年は苦しいはずなのに、なぜか余裕の笑みを見せた。


「‥安心しろ、俺もおまえと同じ“カグマ”だ。」



 少年は少し苦しそうに片目を瞑りながら、怪物=カグマに言った。


「お互い、無駄な血を流す必要はない。」


 少年は顔を上げ、カグマを見た。



「な、なんだとっ?!」


 カグマは少年の言葉に愕然とした。


 少年はカグマを見つめる。



 ――同じ頃、少し離れた地点



 ブロォオオオオオオ‥‥


 バイク音が静かな夜の街に響き渡る。


 黒い頑丈な鎧スーツを纏った少女・癒花が、黒い大型バイクに跨り、住宅地周辺の道路を走行していた。


「‥ヒノ山峠-八十三番-中央区・東通り付近、討伐目標を確認!」


「大至急、現地に急行せよ!!」


 二十代くらいの青年の声が、ヘルメットに装着されていた無線機から響いた。


「了解。」


 癒花は返事をすると、すぐさま現地へと向かった。



 ――その頃、現地。



 そこには、さっきの少年とカグマが居た。



「ちっ、どいつもこいつも、俺達カグマをバカにしやがって‥。」


 カグマは溜め込んでいた怒りを少年に向ける。


「………。」


 少年は観念したような、失望したような表情でカグマを見つめる。



「俺を騙そうったってな、てめえらの考えてることなんざぁ、見え見えなんだよぉおおっ!!」



「そうか、なら仕方ない…。」



 フッ‥



 少年は一瞬にしてカグマの視界から消えた。


 ズガガン!


 負荷を掛けていた存在が消えたことで、少年に負荷を掛けていたカグマの姿勢が崩れた。


 カグマは前のめりになった。

 

「なっ!?」



 その隙を狙うかのように、少年はカグマの懐に入った。


 そして、呟く。


「―――――死ね。」



 ザンッ!


 夕闇に沈んだ景色の中。


 分厚い蔓状の膜が、横にラインを描くように切断された。


 その切断された膜の下には、ダイヤモンドのような結晶をした何かが、月明かりに照らされ輝いていた。


 それは花のような形をしていた。


 シュゥウ!


 直後、蔓状の膜が修復されていく。


 ザクッ!


 ピキィーン!!


 その瞬間を狙う様に、歪な剣が怪物の心臓部にある結晶のようなコアを破壊した。


「グゥアアア…。」


 ドサッ‥


 不気味な断末魔と共に、怪物は倒された。


 黒のショートヘア―をした少年は、死んだ怪物の胸の中で割れた結晶の欠片に、手を触れた。


 まるで手から結晶の光(生命力)を吸収しているかのように見えた。



「哀れな…。」



 少年は自分に倒されて散ったカグマを皮肉る様に呟いた。




 しばらくして、前方方向から知らない少女(癒花)が駆け寄ってきた。


 癒花はライフル型の狙撃用の銃器を抱えていた。




「――――異形狩りか…。」



 禍々しい緋黒の剣を右手に持つ少年は、近づいてくる癒花を警戒する。


 頑丈な黒い鎧スーツを身に纏った癒花は、倒された怪物の横に立つ少年と向かい合う形で立ち止まった。


 少年と癒花の間の距離はおよそ30メートルくらい離れていた。



 すると、癒花が身に着けていた鎧スーツから、トーン高めの警告音と共に機械音声(女声)が流れる。




 ブゥンブゥン…


「前方方向30メートル先、カグマの生体反応を確認。」


 トゥルルルル


「暫定CA係数782‥。」



「討伐対象です――――――。」



「通報の内容とは違うけど、CA判定機がそう言っている以上、やるしかない。」


 癒花はそう言うと、持っていた銃を斜めに構えた。


 ガチャッ


 弾を装填した癒花は、銃口を少年に向ける。



「―――ヴァリアント・ハンターとして、あなたを討伐します。」




 CA判定機…Chaos・Antiの頭文字を取った略称。


 これはヴァリアント・ハンターが、対象のカグマが秩序を乱す存在か否かを査定するための装置。


 その数値には特に決まった基準はないが、数値が高ければ高いほど、その存在は討伐対象であり、危険であることを意味する…。



 しばらく沈黙が流れた。


 その沈黙を断ち切る様に、少年は口を開く。


「‥殺れよ。」


 少年は癒花に言った。



「え?」



 少年の意外な反応に、癒花は戸惑った。



「殺りてぇんだろ?だったら殺れよ。」



「!?」



(何なの、この子。)



(さっきから攻撃性を感じない。)



(むしろ、私に殺されたがってる…。)




「あんた、本当は死にたくないんでしょ…?」



 癒花は少年に確認する。



「死にたい。」


 少年は即答する。


「どうして、死にたいの?」


 癒花は少年の主張の核心を突く。



 この時、癒花は感じていた。


 この少年が、自分に助けを求めていることを。



 少年は固く閉じていた口を開く。


「どうせ俺はカグマだ…。」


「人間じゃない――――。」


 少年はどこか切ないような、悲しい声で癒花に言った。


 癒花は構えてる銃を静かに下ろした。



 ―――――彼を救えるのは、自分しかいない。


 そう思ったから。


「たしかに、あなたは人間じゃない。CA判定機も、あなたをカグマだと認識している。」



「でも、私はあなたをそうは思わない。」


 癒花は自分の言葉をかみしめるように、瞼を閉じた。


 そして、ゆっくりと目を開け、視界に映る儚げな顔をした少年に言う。


「――――あなたは人間よ?私にはわかる。」



 癒花はペンダントと同じ色(紺碧)の瞳で、少年を見つめた。



「俺の何がわかる―――――?」



 少年は癒花の肯定的な主張の根拠を疑った。



「‥心。」


 癒花は呟くように言う。


「心‥。」


 少年も無意識に、癒花と同じ言葉を繰り返した。



 少年はしばらく黙り込んだ。



「…じゃあ、教えてくれ。」


「おまえが言う“心”とは、具体的に言えばなんだ?」


 少年は癒花の答えを求めた。


 癒花は少年を真っ直ぐ捉え、落ち着いた表情と声で説明する。


「今の私にもあなたにも、動物にも、花にも、ほとんどの生き物が持つ―――。」


「目に見えない“大切なもの”。」


「―――――――それが心よ。」



 癒花は胸に手を当てながら、少年に言った。



「‥つまり?」


「え?」


 少年は癒花の言葉の先を求めて来た。


「つまりなんだ?何が言いたい…?」



「―――――――俺は‥、なんだ?」


 少年は、少年自身の存在について、癒花にその答えを求めた。


 癒花は戸惑いつつも、少年に真剣に向き合う。


 そして、癒花は告げる。


「心が人間なら、あなたはカグマじゃない。」



「周りが何と言おうとも、私はあなたの味方よ?」


 直後、癒花の目から自然と涙が零れた。


「だからお願い、信じて…。」


 癒花は、固く閉ざされた少年の“心の扉”を叩いた。


 カグマを狩る“ヴァリアント・ハンター”としてではなく、一人の“人間”として、少年に寄り添おうとした。


「信じる‥か。」


 癒花の言葉に動かされたのか、少年は自分の中で蠢く声に、耳を傾ける。



 ふと、少年は自分が殺したカグマの死体に視線を移した。


 少年は何かを感じ取る。


 やがて、少年は癒花に視線を戻す。


「‥俺に殺されたこいつも言っていたよ。」


「『ヴァリアント・ハンターの言葉を信じたカグマは、みんな殺された』って。」



「違う…。」


 癒花は血の気が引いた顔で、少年の言葉を否定した。


「何が違う?」


「‥どうせ、誰かに殺されるためだけに造られた“哀れな種族”。」


「―――――それが“カグマ”だ。」



「…………。」


 少年の主張に、癒花は返す言葉を失った。



「どうしたら、信じてもらえるの…?」


 癒花は力を失った声で、少年に訊いた。


「逆に、俺は何を信じればいい…?」


 少年は癒花に訊き返した。


「俺は‥、何を…?」


 少年は周りも、自分さえも、信じることができなかった。


 疑いの心が、彼の心を支配しているようにも見えた。



 ふらっ‥



 すると突然、少年はふらついた。


 同時に、持っていた禍々しい剣が結晶のように砕け散る。


 少年の足音に横たわっていた死体も塵となり、やがて消えた。


「‥あ。」


 バサッ


 タッタッタッタッ!


 癒花は持っていた銃をその場に離し、迷わず少年に駆け寄った。


 駆け寄りながら、癒花は身に纏っていた鎧スーツを解除した。


 ばふっ‥



 そして、前に倒れ掛かってきた少年を、癒花は受け止める。


「あの、君っ‥て。」


 少年は、まるで眠っているようにも見えた。


(か、かわいい‥。)



 癒花は少年の優しそうな穏やかな寝顔に、まるで吸い込まれるように見入ってしまった。


(あ、ダメダメ!私ったら…っ。)


 ハッと、我に返った癒花は目をギュッと閉じ、首を横に振る。


 そして、ゆっくりと眠っている少年に視線を戻す。



「‥きっと、疲れてるのね。」


 癒花は微笑み、少年を優しく抱き締めた。


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